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遅筆
「……。」
重苦しい空気を肺に取り込むのは躊躇われたが、それでも息を吸い、そして言葉を紡がなくてはならなかった。
「……よかったのかよ、まじで。」
「まぁな。ローディアスとシディ、2人を救えるなら悪い取引内容ではなかった。悪い取引ではあったがな。」
ナイアルラトホテップに対し、即答。それがヒバナの答えであった。
「俺ぁ、お前たちを騙してたんだぜ?それにこの先裏切るだろうぜ。」
「では裏切られるその時までは仲間だな。もっとも、裏切れるとは思わないほうがいい。この旅は捨てるには些か居心地が良すぎる。」
「……詭弁だな。」
「詭弁とて弁であろう。」
そんな即答につづいて、取引内容をローディアス達に話すことはしない。付け加えられたそんな口約束を鬼は守り通すつもりなのだ。
「始めにも述べたが、誰とて語りたくない物はある。妾の異名に秘められた真意とて、そうやすやすと語ってやるつもりもない。」
「あー……紅火徒花ってやつか?」
「ふっ、よもや貴公にその名を呼ばれようとはな。どれ、一つ早いが祭としよう。」
腰掛けた椅子から立ち上がり、ヒバナは紅色の手を掲げた。
「うっぷす。すげぇ嫌な予感がするんだが……レアルタリア祭だよな?」
「決まっておろう、血祭りだ。」
「洒落にもなってねぇぞ!」
「……なんか物騒な話してた感じ?」
そんな騒々しい会話に眉をひそめながら、チヨコは扉をくぐって入室する。ドアノブを引っ張っていたローディアスはチヨコが入室したのを確認するとその後ろに続く。
「ルーシフェル、なんかあったの?」
「ん?いや、ちょっとな。」
「詳しい話は皆揃ってからだ、構わないな?ルーシフェル。」
「……おう。」
ルーシフェルは心なしか元気がなさそうに見える。もしかしたら留守番を任されてスネてしまったのかもしれない。
「あ、皆さんお揃いでしたか?」
「ただいま戻ったであります。」
まだ席に腰を掛けるよりも早く、続けざまにシディとヘカーテが扉を空けた。皆が揃ってから、は瞬きの間に条件を揃えたようだ。
「丁度いい、先程フレスタットから伝令が入った。」
「え?フレスタットから?」
腰元にぶら下げたホルダーを自慢するのは、少し先になる気配がした。
「妾達は試練を乗り越え認められたらしい。」
「試練って、何がですか?」
「さてな。ただ合格だと伝えられただけだ。そうであろう、ルーシフェル?」
「……あぁ、違いねぇよ。」
頷きあう2人の目にはただひたすらに釈然としない濁りが渦を巻いていた。
「伝令に際して3つ。」
指が一つ立てられた。
「一つ、シディの正式な所有権とやらを賜った。心当たりはあるか?」
「はい。是はフレスタットが所持する一級危険魔術内包品でありますので、判定としては人ではなく物にあたります。ですので、所持権が譲渡されたという言葉はそのままの意味でありますね。」
無機質な頷きに伴って、2本の指が立てられる。
「二つ、通行証が廃止された。コレに伴い暴利もだ。」
「え、マ!?じゃあウチら魔王偵察できなくね?」
「まぁ落ち着けって、キーマンは3つ目だ。」
宥める声のあと、3本目が立てられた。
「妾達の部隊は今後、ヘンドリクス公によって直々に指揮が取られることになった。顔合わせは本日より3日後の晩。それまではレアルタリアに身を預ける。」
「3日後?レアルタリアで3日後って、じゃあ。」
「あぁ、レアルタリア祭当初日。ヘンドリクス公は来賓としてここ、レアルタリア古城へ足を運ぶ。」
鬼の口から語られる事実は余りにも散らかりすぎている気がした。
「ヘンドリクス公って任命式の人でしたよね?」
「あぁ、なんなら通行証を発行した張本人だな。」
「なんで自分でやったことを自分で取り下げてるんでしょうか?」
「それな!」
同じく首をかしげるヘカーテに同調すれば、鬼も天使も納得のいっていない様子で口元を歪めた。
「察するに、合格と絡みがあるのだろうな。」
「ふむ。暴利の返金、魔物の討伐、レアルタリアとの人脈。魔王偵察にどれほど本気で挑んでいたか試されていたと考えるのが一番丸いでありますね。」
「でも魔物の討伐と人脈は超偶然じゃね?」
「返金能力も怪しいよね。一月丸々用意されてたならともかく、更新日間近だったわけだし。」
余りにも整然としない言い分に部屋を漂う空気が歪む。
「……絶対なにか隠されてるよね。」
「だが、何がわかるにも結局は3日後であろう。それまではどうしょうもない。」
「……それしかないね。ところでルーシフェル、お腹の調子でも悪い?」
「あん?別に快便だけど、どうした?」
いや、別になんとなくだけどさ。そんなふうに軽く口を開いたつもりだった。
「なんか顔色悪くない?それにヒバナさんより口数が少ないなんて珍しいと思って。」
「はははっ、常に口うるせーのだけが俺の見せ場じゃねぇんだぜ。」
帰ってきたのは貼り付けたような薄い言葉。どうしてかその返事を聞いたとき腹の奥が真っ赤に染まったような気がした。
「……以上が調査報告になります。」
「ありがとう、ジェネリア。」
レアルタリア古城最上階城主の間、その間で黙する玉座は並ぶものを許さない。神の域を侵そうと伸ばされた段差は連続していき、ついぞその長い背もたれで止まる。しかし、そこに諦めはなくまるで神の不在を物語るかのように適当な高さで止まる。
「カージェスも、ありがとうね。」
「勿体ないお言葉でございます。」
そんな席に腰を据えるのは初老の男。厳格で元老な雰囲気をもつ古城の主を務めるには、その顔つきは優しすぎるように思える。
「城主様、お言葉ですが」
「お言葉だとわかってるなら、控えてはいかがかしら?ジェネリアレディ。」
「……リンバス様。」
「マダム・リンバスとお呼びなさい、貴方みたいなエセとは違うの。間違えないでくださる?」
玉座を囲うように置かれた5席。その中で最も絢爛な金席から高飛車な声が響く。
「まぁ落ち着いて、マダム。そんなに誇示しなくとも君の活躍はよく分かってるよ。それに、ジェネリアも若輩とはいえ十分に活躍してくれてる。そうそう無粋な事はいわないさ。」
「ふん、城主様に感謝することね。」
コレだから城主様は人が良すぎる。思わずそう毒づかずにいられない。
「ありがたいお言葉です。」
「あぁ、それでジェネリアは何を聞きたいんだい?」
流石にありがたくない言葉があるのか、と突っかかられる事はなかった。
「本日、研究会の方々とお会いしたとお聞きいたしました。差し支えなければどのようなお話があったのかお聞きしたいと。」
「あぁそうだね。レアルタリア祭にもかかわる事だし、警備を一任してるジェネリア達には話を通して置くべきか。今日の晩には報告書を送らせるよ。」
「ありがとう御座います。」
丁重に頭を下げ感謝の意を述べる。顔を上げる最中で面白くなさそうに顔を歪めるマダムの姿があったが、一瞥したことを悟られぬように腰を戻す。
「他になければ下がっていいよ。友達が来ているんだろう?」
「はい、失礼いたします。」
大仰な扉と向かい合ってその部屋をあとにする。
「お待ちなさい、ジェネリア。」
「まだ何か?マダム・リンバス。」
大廊下へ足を踏み出したとき、やけに豪勢なフリルを揺らしながら薄紫が声を張る。
「余り調子に乗らないことね。所詮レディはレディ、魔王がいなければ貴方みたいな没落は用無し。金の稼ぎ方どころか動かし方さえも知らない貴方は戦火の時代を過ぎれば獰猛な獣。とことん運がないわね、貴方は。よりにもよって私にバレてしまうなんて。」
「……ふふふっ、あはははは!」
「はぁ?なにかしら?」
そうだ、あんな操り城主が国を治めてるなんてちゃんちゃらおかしい。いるかも分からない吸血鬼を信仰して、総括を自称するだけで発案、思考は人任せ。そんな奴より、こっちのほうがよっぽど《《良く馴染む》》。
「不用意ですわね、檻は所詮檻。そんなに近づいてしまっては……ホラ、噛みつかれてしまいますわよ。」
「出来もしないことをいうんじゃありません。レディで留まれなくなりますわよ。」
黒く穢れた手を眼前に伸ばされて尚、マダムは聞き分けのない子供を確かめるように、デコを扇子で弾かれた。
「……やっぱり、良いですわね。」
「時折気持ち悪くてよ、ジェネリア。」




