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神の吹かせる風  作者: わた
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協力者たち

学園は、驚くほど静かだった。校舎にも中庭にも生徒たちの影はまばらで、授業が行われている気配もない。

神殿で起こったことは学園にも伝わっているはずだ。けれど、すれ違ったひとたちは皆、気まずそうにワープから目を逸らすだけで誰も何も言ってこない。

皆、困惑しているのだ。神と巫女、どちらに忠実でいるべきか。巫女の騎士を育てる学園の生徒であるから、特に。


向こうから、ナイゼルが歩いて来るのが見えた。眼鏡を忘れてしまったのか、いつも寄せている眉間の皺を更に深めて世界を睨み付けている。

ナイゼルはワープたちに気がつくと、仏頂面のままじっとこちらを眺めた。こんなに目付き悪く見てくるのは視力が悪いせいとわかっていても、ワープは竦み上がった。


「…………ワープ・セベリア?」

「ナイゼル先生……」


ナイゼルも知っているはずだ。神殿で何が起こったか。そして、なぜワープが学園に戻ったのかも、彼はわかっているはずだ。頼れるのはエルミタージュ校長だけなのだということも。

そんなワープに、彼は何を思うだろう。何を言うだろう。怖かった。


「ふむ。学園に戻ったのはいい判断だ。少なくとも今ここに君の敵はいないはずだからな」

「え……?」

「君を見放す者はとっくにこんな学園からは出ていっているさ。今残っているのは迷っている者か君を信用している者のみ。わかりやすい敵はいないぞ。よかったな」


ナイゼルは軽い世間話をするような口調でそんなことを言う。ワープは勇気を出して、ナイゼルの顔をまっすぐに見つめた。いつでも怖い顔をして怒るから、恐ろしかったけれど。ワープのことをひとりの生徒として平等に扱ってくれた。大切に思ってくれていたことがわかるから。


「私、とても愚かなことをしました。覚悟が足りないまま、民を不安にさせたし、リフィルに申し開きできないことを……」


胸が震え、言葉が詰まる。ナイゼル先生はどう思いましたか?私を叱りますか……そんな問いも、出てこなくなってしまった。


そのとき、ぱたぱたと足音が聞こえた。おさげをぴょこぴょこ揺らしながら、フィリアが走ってくる。


「ナイゼル先生、眼鏡をお忘れですよー」


ナイゼルの眼鏡をかけたフィリアが、ワープたちに気づいてあらっと声をあげた。


「ワープちゃん!帰ってたのね!あらあら、皆お揃いで」


ナイゼルが渋い顔をしてフィリアを見るが、何も言わずに彼女が外したばかりの眼鏡を受け取った。

フィリアはそんなナイゼルにかまわず、


「心配していたのよ。ナイゼル先生もね、神殿の騒ぎを知ってからずーっとそわそわそわそわしてて……精霊を飛ばして貴女を探そうとしてたんだけど、よかったわ、ここへ来てくれて」

「フィリア先生」


ナイゼルがうんざりしたようにフィリアを遮る。それからワープに向き直り、


「……俺は僅かな期間だが、君の教師として過ごしてきて、多少なりとも君のことを理解しているつもりです」


眼鏡をかけたからか、少しだけ目付きが和らいでいた。


「君は勉強も運動も料理も裁縫も落第点です」

「う……はい」

「遅刻はするし、補習中に腹の虫がしょっちゅう鳴きます」

「……ごめんなさい」


改めてしっかり言葉にされると、あまりに良いところがなくて泣きたくなる。


ナイゼルは落ち込むワープを見て、ふ、と呆れたように息を吐いた。


「……でも、君は友人を大事に思い、自らの身を投げ出してでも彼らのために動ける人間です。そんな人間は稀有だ。君が誰かを傷つける未来が俺には想像できない」


ワープは驚いてナイゼルを見る。相変わらず仏頂面だったけれど、もう怖い顔だとは思わなかった。


「……ま、教師の欲目かもしれないがな。せいぜい君が取りこぼした授業の補講はしてやるから、今は次期巫女としてやるべきことをしてきなさい」

「ナイゼル先生……!! 」


ワープは感激のあまり言葉が出ず、ただ深く頭を下げた。ナイゼルはばつが悪そうに目をそらし、咳払いなどする。


ワープはもう一度頭を下げ、騎士候補生たちとともに校長室へ向かう。



その姿を見送ってから、フィリアがいたずらっぽくナイゼルを覗き込む。


「良いこと言うじゃない。なんだかんだ、お気に入りよね、ワープちゃんのこと」

「……手のかかる子ほどかわいい、というやつですよ。君だって同じです」

「まあ!私がいつナイゼル先生のお手を煩わせたかしら?」


フィリアはくすくす笑いながら、ナイゼルの手を引っ張り、上機嫌に腕を組んだ。




校長室に足を踏み入れる。いつもはふわりと香る紅茶の匂いが、今日はしなかった。エルミタージュは静かにソファに腰かけていて、その膝に頭を預けてルルが横たわっていた。彼女がこんな風に校長に甘えたことはない。エルミタージュは孫を優しく見つめるような、穏やかな表情をしていたけれど、何か様子がおかしいことはすぐにわかった。


「校長先生……」


エルミタージュはしぃっと口元に人差し指を当てる。ルルは人形のように動かない。陶器のような肌にうっすらと透けた血の色と、微かに上下する胸だけが、彼女が確かに生きていることを教えてくれる。


しばらくルルを優しく見守ってから、エルミタージュはさて、とワープに目を向けた。


「君がここへ来てくれてよかった。神殿での出来事は耳に入っています。さあ、ソファーに掛けなさい」


そう勧められたが、ワープは拳を握りしめながら、その場に立ち尽くし続けた。


「校長先生。私……」

「民に真実を話す決断は正しかったと私も思います。そして、リフィルは悔いていない。何も。君が思いを民にぶつけたことも。それを許したことも」


エルミタージュは優しく微笑む。以前と何も変わらない笑顔だ。


「だからリフィルに気を遣うのはおやめなさい。今は、前に進むときです」

「でも……でも、何をすればいいのでしょう?今の私に、何ができるのでしょう?今の私は、逃げ出した咎人同然です……こんな私の話を、もう皆さんが聞いてくれるとは……」


ワープはうつむき、ぐっと涙をこらえる。今また泣き出すのは、あまりに惨めだ。


「逃げ出した咎人が何もできないわけではない」


そう言ってエルミタージュは少し可笑しそうにラインを見る。ラインは眉をひそめ、ふいと顔を背けた。


「民は何を求めているのか考えなさい。彼らに必要なものは……?」

「…………答え、です。皆混乱しています。神が何をお考えなのか、人々はどうすればいいのか、その答えを、欲しがっています」

「ならばそれを探しに行きなさい」


ワープははっとして顔を上げ、それから騎士たちを振り返った。


「御座所だな」


ラインが涼しい声で言う。何てことないかのように、本当にさらりと。


「神と対等に渡り合えるのは精霊王だけだ」

「………」


ワープは御座所までのあの過酷な道のりを思い出していた。そして、しっかりとうなずく。


「はい。行きましょう」


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