語る真実
リフィルはふたりの騎士に挟まれる形で馬車に揺られながら、厳しい目付きで床を睨んでいた。そんな師の姿を、ワープは寂しい思いで見つめる。傍らのアナが、そっとワープに囁いた。
「気を張ってると疲れちゃうよ。お城に着くまで、ワープは休んでて」
優しく笑い、周囲に気を配るのは自分の仕事、とばかりに馬車の外に視線を移す。ワープは感謝して微笑み、椅子に背をもたれた。
国王アータウルは、実は祈りの巫女を快く思っていない。国を統べ政治を行うのは王であるが、国の象徴として民が慕うのは巫女だからだ。それが長い間続いてきた。前国王はいち国民として巫女を受け入れてくれていたらしいが、アータウルは何かにつけて巫女と自分の待遇の差を気にする国王であった。
そんな王に、リフィルはどのように真実を話すのだろう。
そっと視線を上げれば、影のように向かい合わせに座るラインの目と目が合う。
ワープは何も言わず、少しの間その深い黒の瞳を見つめていた。その奥に、ワープの心を慰めてくれる懐かしい色を見つけられるような気がした。
王城に着くと、リフィルはすぐに国王との謁見を求めた。アータウルからの返事は、今は他の客人が来ている。夕方まで待て、というものだった。
通された客間で、ケットがワープに囁いた。
「こんないきなりの訪問は、いくら巫女でも困ると言いたいのだろうな。あくまで自分の立場が上だと示すためにこうやって待たせている」
ワープは驚いた。そして、思わずリフィルを見る。こうやって、大人たちの様々な思惑の飛び交う世界で、彼女はしたたかに生き続けてきたのだ。ワープは何も知らなかった。まるで赤ん坊に戻ったかのような気分だ。
リフィルはふたりの騎士を連れて、部屋を出た。扉の奥に消えていく金色の髪と黒いドレスの裾を見送って、泣きたくなる。リフィルは一度も、ワープのことを見ようとしなかった。
「ワープ」
穏やかなアナの声に名前を呼ばれる。
「そんな顔しないの。僕らはここにいるよ」
その言葉と、お日さまのような笑顔が優しく冷えた心を撫でてくれる。
「うん……」
強ばった顔にじんわりと笑みが広がる。
そっと、手に手を重ねられる。視線を上げると、セイルがじっと前を見据えていた。ワープは微笑み、同じように前を向く。
ぎゅっと、重ねられた手に力が込められた。
「あなたたちは、どう思った?」
リフィルは騎士たちに、そう尋ねた。
「あたしはただ神に仕えていると思い込んでただけ。あなたたち、ワープの話を聞いて、何を思った?正直に、教えて……」
うなだれ、長い髪を透かしてふたりの騎士たちを自信なさげに見るリフィル。ツルハはたまらず顔を背ける。巫女の騎士となったその瞬間から、こんな弱々しい彼女の姿など見ることはなかった。
眉をひそめ、唇を噛んでなんとか言葉を探そうとするツルハの肩に、リーンハルトがぽんと手を置く。
「驚きましたよ。いつから祈りの巫女が国民の象徴となったのか、今となっては確かめようもありませんが。民も、我々も、上手に騙されていたわけですからね」
「……ワープが騎士に呪いを受けさせないことで神に逆らうのなら、あたしはせめてあなたたちにもう剣を振るってほしくない。あたしのために、せめて傷つくのだけでも……」
リフィルの紅色の瞳に、辛そうな色が滲む。
リーンハルトはいつものように笑みを浮かべたまま、明るく続ける。
「俺も、ツルハちゃんも、祈りの巫女の騎士と呼ばれてますから、リフィル様、勘違いなさっているのではありませんか?……我々は、『貴女』の騎士です」
リフィルが、稲妻に貫かれたかのように顔を上げた。ツルハも思わず、リーンハルトの顔を見る。普段と何ら変わらない、呑気そうなその顔を。
「誰がなんと言おうと、俺は貴女を主と認め、お護りするために剣を取りますよ」
リフィルの顔が、くしゃりと歪む。
肩に置かれていた手が背中に回り、ツルハをしっかりと支えてくれる。そのおかげで、ようやくツルハも言葉を発する勇気を持てた。
「……私は」
情けないことに、今にも泣き出しそうな声が出た。隣でリーンハルトがくすりと笑うのを恨めしく思いながら、ツルハは軽く咳払いをした。
「私は、貴女が祈りの巫女だから仕えているわけではありません。私には騎士となるためにやってきたすべて……誇りがあります。その誇りに恥じない主しか認めない覚悟がありました。巫女の騎士に選ばれた時もそうです。貴女が私に相応しい主でなければ、武人としての最高の名誉も蹴るつもりでした」
そう言っているうちに、いつもの調子が戻ってきた。そうだ。何を弱気になっていたのだ。自分はこの国で最高の力を持つ巫女の騎士だ。その私が、これでいいと言うのならばそれでいいのだ。
「リフィル様。貴女の騎士になることを決めた私を……私とリーンハルトを、甘く見ないでいただきたい。私たちは最高の騎士だ。そして貴女は、その最高の騎士に認められた主なのですよ」
リフィルの目が、大きく見開かれる。瞳が震え、涙がこぼれた。どんなときも、決して、何があろうと泣くことなどなかったリフィル・ハートレットが、己の騎士たちに初めて見せた涙だった。
一筋頬を伝ったそれを素早く指で拭い、リフィルは長らく黙っていた。やがて、髪をかきあげ、背筋を伸ばし、リフィルは微笑んだ。
「……ありがとう。あなたたちは最高だわ。神様よりもね……」
リーンハルトがにっこり笑う。
「ついていきますよ。どこへでも」
リフィルはひとつ大きなため息をついて、ドレスを翻しワープたちの待つ客間へと戻っていく。
ツルハも後に続こうとし、不意にリーンハルトの手がまだ放されていないことに気づいた。
「……リーンハルト?」
「ツルハちゃん。僕らはいつでもリフィル様のお側に、3人一緒が鉄則だ。こうしてふたりきりになるのは珍しいことじゃないか。まあ扉一枚の距離にリフィル様はいるんだ。1分くらい時間を頂こうよ」
真意を図りかね、ツルハは眉をひそめる。リーンハルトは笑顔のまま、
「いや、ね。あまりに俺の言いたいことと同じことを、ツルハちゃんが言ってくれるものだから嬉しくなっちゃって」
瞬間、抱き寄せられる。抵抗できず、ツルハはリーンハルトの腕の中に包まれた。
「何を……」
「頑張ろうね、ツルハちゃん」
穏やかな声で囁かれ、なんだかとても気が抜けてしまった。
「……ああ、そうだな」




