伝える真実3
夜になっても、リフィルと騎士たちは礼拝堂から出てこなかった。ワープは不安を抱えながら何度も中の様子を伺いかけ、その都度今は待つしかないと思い直して引っ込んだ。
ため息をつきながらぼんやりと手すりに寄りかかり、夜空を眺める。昼間の白い太陽を隠してくれる夜は落ち着く。月は煌々と輝くが、心を乱して不安にさせたりはしない。
ワープにとって、神殿は我が家だ。けれど、今日は全然知らない場所のように思えた。ここに祭られる神を、今までとは違った存在として見ているからだろうか。
ほぅほぅと、山の奥で梟が鳴いている。りりりり、と、虫のさざめく音もする。それらの優しい賑やかさが、夜を一層深めていた。
「ワープ」
固い声がワープを読んだ。
リフィルとふたりの騎士が、礼拝堂から出てきていた。リフィルは顔を強ばらせ、今にも泣き出してしまいそうだった。気丈な彼女がこんな表情をするなんて。ワープは胸をきゅうと縛られるような思いで、リフィルを見つめた。
「明日の朝、再び集まりなさい。あたしの答えを聞かせるわ」
そう言うと、返事も待たずに騎士たちを引き連れて歩き去る。すれ違いざまに、リーンハルトが気遣わしげにワープに向かって眉を下げてみせた。
取り残されたワープは、自分の胸に手を置いて、ぎゅっと服を握りしめる。リフィルはどんな答えを出したのだろう。神に従わないと言ったワープを、どう思ったのだろう。
「今は待つしかない」
涼やかな声がかかり、ワープは驚いて振り向いた。いつの間にか、ラインがそばに立っていた。夜の闇よりも深い黒の瞳が、静かにワープを見据える。
ラインはワープと並んで夜空を見上げた。心のうちを、打ち明けてもいいのだろうか。
「ラインさまは、リフィル様にすべてを話すことが、本当は嫌だったのではないですか?」
「…………」
ラインは意外そうに、ワープを見た。
「なぜ?」
「ラインさまにとって、リフィル様こそが最高の祈りの巫女ですもの。私にとってそうだったように。真実を話すことで、リフィル様を変えてしまう結果になるんじゃないかって、それが嫌だったのではないですか?」
ワープはまっすぐにラインを見つめ返す。本当は、それだけではない。ラインにとってリフィルは、本当はきっと……。
しかし、ラインは呆れたように息をついた。
「リフィルはそんなやわな精神はしていない。それはお前がよく知っているだろう?……それに」
「それに……?」
「俺の巫女はお前だ。お前が真実を伝えると言ったんだ。嫌がる必要がどこにある?」
思いがけない言葉に、ワープは全身を稲妻で貫かれたかのような衝撃を覚える。驚くとともに、嬉しかった。ラインは本当に、心からワープの騎士になろうとしてくれている。それだけで、どんな困難も乗り越えられそうな気がした。
「ありがとうございます……」
ワープは頭を下げる。再び顔を上げ、ラインの顔を見返すが、ラインはじっとワープに視線を置いたまま、何やら考えているようだった。
「ラインさま……?」
「ひとつ、お前に言っていなかったことがある。それを思い出した」
ラインはふいと顔を背け、また夜空に目を向ける。何となくワープも夜空に視線を戻して、それから尋ねた。
「なんでしょう?」
「俺はリフィルとエルミタージュに拾われたときから、学園で暮らすようになるまでの間、僅かだか、この神殿で暮らしたことがある。お前と同じ、この空間で」
ワープは目を瞬いた。
「一瞬だが、お前と会ったこともある。なぜだか、今それを思い出した」
その言葉を聞いた瞬間、ワープの頭の中で、ずっと霧がかっていた記憶が一気に晴れた。
9年前。神落としが神殿を狙ったあの事件。幼かったワープは事の大変さがわかっていなかった。ただ、確かに聞いた。巫女の身の危険を知らせる、ラインの叫び声を。
しばらくして、リフィルとともに神殿へやって来た、ぼろぼろの少年。身体は弱々しいのに、瞳は鋭く、悲しくなるほど敵意に満ちていた。
( この男の子を安心させてあげたい。優しさだけをあげて、大丈夫だよ、と言ってあげたい )
幼いワープはそう願った。
そしてそれが、ワープに巫女の証である紅色の瞳が宿るきっかけとなったのだ。
どうしてこんなに大切なことを忘れていたのだろう。ワープとラインはとっくに出会っていた。そして、ワープに次期巫女姫となる運命を与えてくれたのは、ライン・クロラットそのひとなのだ。
ふふっと笑みを漏らすワープに、ラインが首をかしげる。
「嬉しいです。私、ずっと思い出せなかったけど……。小さかった私も、今の私と同じように、ライン様のことを大切に思ったんだって……それが、この紅色の瞳をくれたんだって……その事実が、とっても嬉しいんです」
ワープはにっこり笑ってラインを見つめ……夜空の輝きを映した黒い瞳と目が合い、少し照れ臭くなってまた空に目を戻した。
「……俺はお前が思うほど、大した存在じゃない。俺と出会わずとも、お前は次期巫女姫になっていただろう」
「そんなこと……」
ワープは咄嗟にラインを振り向いて、驚いた。微かに、ほんの微かにだが、その顔が微笑みを浮かべていたから。小夜風に揺れる黒髪が、月の輝きに照らされて、とても美しかった。ワープはしばらく言葉を忘れて、ラインの笑顔に見とれた。
「だが、こうして俺はお前の騎士になろうとしている。不思議な縁だな」
「……きっと、運命です」
御座所でも、こうして月明かりに照らされたラインと語らった。精霊に見守られる御座所と、神に一番近い場であるこの神殿、ふたつの神聖な場を共にしたのだ。ワープとラインは、確かになにかに導かれている。それが神なのか、精霊たちなのかはわからないけれど。




