休息
今は、休んでいい。
騎士候補生たちはそう言ってくれたが、ワープの心は安らぐどころではなかった。
このまま学園に隠れるようなことを続けていてはならない。けれど、リフィルに御座所でのことを話す勇気がどうしても湧かない。愛し、尊敬する師匠を傷つけてしまう……ワープはそれが恐ろしかった。
セイルが温室に戻ってきた。ラインの姿はない。
「おかえりセイル。ラインはどうしたの?」
「さあな」
セイルはどうでもいいと言わんばかりだった。
ワープは何となく、あぁそうかと思った。
ラインはワープの騎士になると言ってくれた。しかしきっと、騎士としてワープを守る気はあっても、セイルたちのように友人として付き合ってくれる気はないのだろう。
寂しいような、でもそれでもいいと思えるような、不思議な気持ちだ。ワープとラインは何事もこれからだから。自らの成長も、お互いに絆を築くことも。
セイルはむっとした顔をワープに向ける。
「ワープ。何つまらない顔してんだ」
「えっ」
「セイル、怒らないの」
アナがやんわりと口をはさむ。
「ワープ、今は休憩って言ったでしょ?あんまり悩まないで」
「はい……あの、でも……どうしても、考えてしまって」
ワープはため息をついた。
アナが、ワープの目の前にしゃがんだ。いつもは見下ろしてくる緑の瞳が、今は見上げてくる。
「それなら、ひとりで悩むのはやめて。ワープは僕たちを頼ってくれていないの?」
「そんな!! 」
ワープはとんでもないと言わんばかりに目を見開き、アナを見つめる。アナは穏やかに微笑んで、
「よかった。それなら、相談してごらん。不安なことも、嫌なことも、受け止めてあげる。友だちでしょ?」
「アナ……」
ワープははにかんで頷く。それと同時に、恥ずかしくなった。彼らと共に歩んでいきたいと言いながら、ひとりで抱え込んでいたのはワープの方だ。
「ありがとうございます。……あの、皆さんは、巫女の真実を、リフィル様に伝えるべきだと思いますか?」
アナはテーブルに戻り、三人の騎士候補生は顔を見合わせる。ケットが口を開いた。
「知らない方が、気は楽だろうな。だが、俺はそれが正しい姿だとは思わん」
「私もです。できれば、リフィル様にも真実を知ってもらいたい……けれど、それは私の自己満足のためなのかもしれません。そのために、リフィル様を傷つけるのは嫌なのです」
ワープの心を軽くするために、リフィルとその騎士たちを付き合わせる結果になってしまうのではないか。ワープはそう思っていた。
「ワープは充分悩み考えたのだろう?その結果よりも最善の道があるとは思えんな」
「……ありがとうございます」
ワープは薄く微笑む。ケットの言葉は嬉しいけれど、それをすんなりと受け入れる勇気がなかった。
「けれど……私は怖いのです」
セイルが勢いよく立ち上がった。青い瞳が苛立ったように光っている。
「お前は神に喧嘩を売ったんだろうが。何をいじいじ怖がってんだ」
「ううっ……わ、私は……」
ワープは顔を真っ赤にして、口ごもる。
確かに、いつまでもこんなに意気地のない態度を見せていてはだめだ。こんなことでは、自らの目指す巫女になどなれない。それはわかっている。けれど。
「私は……神様の祟りより、呪いより、リフィル様を傷つけてしまうことの方が、怖いのです!! 」
一息に叫んでしまって、ワープは泣きそうになる。セイルの顔が見れない。こんな子どもっぽいことを言ってしまった自分が恥ずかしい。けれど、訂正はできなかった。
ふわ、と頭に手が置かれる。アナが優しくこちらを見つめていた。
「うん。ワープは本当にリフィル様が大切なんだね」
底抜けに優しいその声と笑顔に、またじわりと涙がにじむ。それをぐっと堪えて、ワープはこくんと頷いた。
「考えてみて。リフィル様には、巫女として真実を受け入れる力がないと思う?」
その問いに、ワープははっとする。
「ワープが信じてきたリフィル様は、真実を隠されることを望むかな?」
ワープは首を横にふる。そうだ。リフィルはそんな弱いひとではない。答えはわかりきっていたではないか。
「私、私……」
どうして、リフィルのことを信じられなかったのだろう。ワープが真実を隠すことなど、彼女が望むはずもないのに。例え真実を知って傷つくことになろうとも、リフィルならば新たに前に進めるはずだ。
アナはにっこり笑う。
「ふふ。でも、今日はゆっくりしよう。ワープにも、お休みは必要なんだからね」
「……はい」
心の中にこびりついていたしこりが、すっと溶けるようだった。
「そうだ。せっかく授業をさぼったんだから、街に出てみようよ」
そう言って、アナは手を叩き合わせる。
「……アナ、何を呑気なことを……」
ケットがげんなりとした顔を向けるが、アナは笑顔を崩さない。
「ほんの一時間だけ。ワープの気分転換にさ」
「しかし、校長にも言わずにか?」
「そうだよ。ワープが帰ってきたのは内緒なんだから」
ワープは心がふわっと沸き立つのを感じた。
街に出掛ける。お店を見て回って、綺麗なものをたくさん見つけて、美味しい食べ物をお行儀悪く買い食いしたりして……。
でも。
華やかな繁華街から一歩外れれば、不衛生なスラム街がある。あの光景を、ワープは忘れてはいない。
例え本来の巫女がどんなものであったとしても、この国に巫女を頼りとするひとがいることは変わらない。だから、ワープは次期巫女としてふさわしい振る舞いをしなくてはならない。
それが、リフィルにさえまだ会っていないのに、遊びに出掛けるなんて……。
「どうしてまたそんな顔に戻るんだよ!! 」
いきなり両頬をつねられ、ワープは危うく椅子から転げかける。
セイルは心底呆れた顔をしていた。
「いいじゃねえか。ここにいたってやることもなし。行きたいか行きたくないかだけはっきりしろ」
「あの、えっと、い、行きたいですっ!! 」
咄嗟に返事をしてしまってから、ワープはあわてて付け足す。
「でも、行きません。まだやるべきこともやっていないのに、そんなことはできません」
セイルは大げさにため息をつく。
「だから、一時間だ」
「え……?」
「一時間だけ息抜きだ。その間、全部忘れろ。お前はただ楽しんで、あれこれ悩むのは一時間後にしろ」
ケットが仕方なさそうに苦笑し、アナが満足そうににっこりした。
ワープはそれでも拭いきれない思いがあった。しかし、やがてまっすぐにセイルを見つめ、こくんと頷いた。




