ふたりの対峙
騎士候補生たちはワープに付き合って、温室に留まると言ってくれた。今日のところは、校長先生にも帰還の連絡はしない。ひっそりと、ワープの心の整理がつくのを待ってくれるつもりなのだ。
授業をさぼっては、またナイゼル先生が怒ってしまうのではないか。そんな心配はあったが、彼らの心遣いは嬉しかった。
でも、ひやりとしたことには……。
セイルがラインをきっと睨み付け、ついて来いと言わんばかりに温室を出ていったのだ。ラインは表情を変えず、後に続いた。
ワープは呆然としたあと、あわててアナに尋ねた。
「あの、セイルはどうなさったのですか?」
怒っているのかと不安になる。アナは笑って、
「なんでもないよ。ただ、何日もラインがワープをひとりじめしていたから、つまらないんだ」
「…………へ」
ワープは視線をケットに移し、助けを求める。その言葉を、どのように受け取ればよいのか。
ケットは肩をすくめて、仕方なさそうに苦笑した。
「要するに……やきもちねこさんだ」
「…………」
何と言ったらいいのかわからない。ワープは顔を赤らめ、はにかんで首をかしげた。
「あの……これからは、皆一緒……ですから、その……」
言葉を探しながら、ケットとアナの顔を伺う。ふたりは可笑しそうに顔を見合わせ、それからしっかりと頷いてくれた。
「セイルのことは気にするな。お前はまず心を休めるべきだ」
いつも通りの固い口調だったが、その中にケットなりの優しさが込められていることを、ワープはよく知っていた。
アナが穏やかに、
「ひとつ大変なことを乗り越えたんだから、ちょっと休憩だよ。悩むことがワープの仕事じゃないでしょ?」
そう言って、新しい紅茶を淹れてくれる。
ワープは微笑んだ。こうして温室で友人と過ごす時間がどれほど恋しかっただろう。
今は、この穏やかな空間を堪能したい。ワープは紅茶に口をつけ、ひとまずはそのあたたかさを楽しむことにした。
時計塔の入り口で、セイルはラインと対峙していた。
そういえば、こいつとふたりで向かい合うのは初めてだ。頭の片隅でそんなことを考えながら、セイルは目の前の深い黒の瞳を睨み付ける。
「お前は、どうするつもりだ?」
ラインは静かにセイルを見つめ返す。
「おれはずっとお前が読めなかった。本当にワープの騎士になる気があるのか、何のために騎士候補生になったのか」
ワープを守る気があるのか否か、はっきり言え。そんな思いを込めた言葉だった。
ラインはセイルとまっすぐに目をあわせ、やがて口を開いた。
「お前たちは真に、ワープ・セベリアの騎士だと思う。巫女と騎士に関する秘密を聞いても、少しも決意が揺らがなかった」
セイルはぐっと目を細める。お前はどうなんだと怒鳴りかけ、けれどラインの次の言葉を待った。
「俺は、自分に巫女の騎士になる資格がないと思っていた。それと同時に、騎士になる道しか歩めないとも思っていた。それを望まれていたから」
変な話だ。資格がないのに、それしかない?セイルには理解できなかったが、追及するのはやめておいた。
「騎士の呪いは、俺にとっては好都合だった。望まれた道を歩みつつ、自らに枷をはめることもできる」
「何だと?」
セイルは声を荒げる。
「お前の事情は知らねえけどな、そんなことをワープが望むと思うか?」
ワープは騎士に呪いを課すことを何より嫌がっている。神にも逆らう覚悟なのだ。それを、自分の自己満足のために利用するというのか。
ラインは首をふり、
「一瞬はそう思ったというだけだ。今までの俺ならそうだった……けれど、変わろうと、変わりたいと思ったんだ」
そう言ったときのラインの目は、驚くほど強くセイルを射すくめた。ラインは、大きな、本当に大きな決意をしたのだ。それがひしひしと伝わるほど、力のこもったまなざしだった。
「ワープ・セベリアの騎士として、あの次期巫女の望みのために力を尽くす。お前がどう思おうとかまわないが、それが俺の本心だ」
セイルはじっとラインを見つめる。
正直この男は気にくわない。お互いに、決して心の内を晒け出すことはないのだろう。多分この先も、ずっと。
けれど、今こちらに向けられている目と彼の言葉に偽りがあるとは思えなかった。
ワープはラインを信じた。なら、それを信じよう。
「……わかった」
セイルはため息をつく。そして最高に苦々しい表情を浮かべ、ラインに向かって手を伸ばした。
「お前とわかり合える気は微塵も起きない。けど目的もやることも一緒だ。ま……よろしくな」
ラインは差し出された手をちらりと見て、ほんの少しだけ、口元に笑みを浮かべた。
黒い革手袋をはめた手と、一瞬だけの握手を交わす。
ラインの身に何があって、彼に行動を取らせているのか、セイルは知らない。
ただ、ワープを守りたいという思いさえ一致していれば充分だと、今はそう思うのだった。




