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神の吹かせる風  作者: わた
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紅茶と相談

ワープの足は温室へ向かっていた。エルミタージュに帰還の挨拶をするより前に、いや、まず報告すべきはリフィルだというのに、ワープは学園に帰り温室へ向かっているのだ。まず会うべきは騎士候補生たち。その心は揺るぎなかった。


けれど、歩を進めるうちに、恐怖が沸いてくるのをワープは感じていた。彼らになんと言おう?真実を伝えたい気持ちに変わりはない。しかしいざとなると、怖いのだ。彼らを傷つけてしまったら?

ぴたりと立ち止まってしまうワープに、ラインがさらりと言う。


「騎士を信じろ」


一滴の水が乾いた地に染み込むように、その言葉はワープの心に勇気を与えた。


温室に近づくにつれ、感じる花の香りと心地のよい水音。

アナは、もう温室で花たちの世話をしていた。そして、入り口に立つワープに気づくと、いつもとおんなじ微笑みを浮かべて出迎える。


「おかえり」


懐かしそうに笑みを深め、アナはワープを引き寄せる。ぽふりと優しく腕に包まれ、ワープは目を丸くして頬を赤らめた。


「よかった。すっごく心配だったんだから」


その言葉に込められたアナの真心を感じ、ワープも微笑んだ。久しぶりに降り注ぐその穏やかな口調と、彼から伝わる紅茶の香りにひどく安心する。


アナはそっとワープを解放する。そしてにこにこしながら、入り口から少し離れた場所にいたラインに声をかけた。


「ラインもおいでよ。紅茶とクッキーで一息ついて」


いつの間に用意してあったのか、テーブルの上にはポットとカップ、クッキー入りの小箱まで、すっかり揃っていた。


「僕はセイルとケットを呼んでくる。ね、ワープ。ふたりともずっと君の心配をしていたんだよ」

「……アナ、私……」

「なあに?」


ワープは俯き、視線を泳がせる。変わらない笑顔を向けてくれるアナに、何も言葉が出てこない。困り果て、ただ彼の緑の瞳を見つめた。アナは目を細めると、ワープの頭にぽんぽんと手を置く。


「そんな顔しないで。熱い紅茶で元気をつけて」

「……はい」




温室にやって来たセイルとケットは、ワープの姿を見るとどっと安堵の表情を浮かべた。


「ワープ、よく帰った」

「……ただいま、です」


優しい、けれど強い瞳を向けてくるケットに、微笑みを返す。内心に抱える重大な話によって、声に元気がなくなってしまった。それに気がついたケットは一瞬怪訝な顔をしたが、何も問うてはこなかった。


セイルは何も言わなかった。難しい顔でワープを見つめる。

皆、何かあったのだろうということくらい、容易に想像できるのだ。勇気の出ないワープを、待ってくれているのだ。


ワープはカップをテーブルに置く。


「皆さん。私は御座所へ行き、精霊の王とお話ししました。そこで聞いたのです……古代において、初めて祈りの巫女となった少女のことを」


そこで喉がつまる。まっすぐにこちらを見つめる騎士たちの目が辛い。

けれど、話さなければ。そう決めたのだから。


ワープは、村娘であったファラと、彼女の騎士となるシエの話を語った。巫女と騎士とは本来、神の怒りの捌け口とされた悲しい存在であるということを、拙い言葉ながらも、自らの騎士となるひとたちに伝えたのだ。途中ラインは一言も言葉を挟まなかった。セイルやケット、アナと共に、彼も黙ってワープの話に耳を傾けていた。


話を終えたワープは、おそるおそる騎士候補生たちの顔を伺う。彼らは表情を変えない。温室には、水路に水の流れる音だけが響いていた。


「ワープは、その真実を知ったとき、どう思った?」


問いかけてきたのはケットだった。


「私は……納得できません。ファラに罪があったとは思いませんし、皆さんに呪いを受けさせるのも嫌です」

「俺も、ワープの祈りを、償いの道具にはしたくない」


ワープははっとする。ケットはいつもの厳しい顔つきのまま、大きく頷いてみせる。

セイルが立ち上がり、大声を張り上げた。


「神に従う必要なんかねえだろ」


ワープは驚いてセイルを見る。


「よかったな、ワープ。神が完璧な存在じゃないことに気づけたじゃねえか」


なんともセイルらしい物言いに、ワープの心は軽くなる。思わず笑みさえこぼれかけたが、一番伝えたい問題がまだある。


「あの、皆さん。騎士とは、巫女の償いを続けさせるために、老いを失う存在だったのです。それでも……私の騎士に、なろうと思ってくださいますか……?」

「ワープはそれを変えたいんでしょ?」


アナがにこやかに問うてくる。ワープはしっかり頷いた。


「私は、騎士に呪いなど受けさせたくありません。巫女を償いのために祈る存在ではなくしたい。今まで信じていた、私たちの望んでいたあり方に、変えたいのです」

「なら僕たちの心は決まってる」


騎士候補生たちは視線を交わし、強く頷いた。


「君と一緒に行くよ。言ったでしょ、君の騎士になりたい気持ちは、変わらない」


アナの言葉に、セイルとケットも同調するように微笑む。一番欲しかった、大いなる肯定の言葉。それがこんなにも嬉しいなんて。ワープは、彼らの反応を恐れていた自分を恥じた。彼らはこうして、自分を信じてくれているのに。


「ありがとうございます……!! 」


涙が出そうになるが、ぐっとそれをこらえる。神にも従わない決断をしたというのに、涙から始めてはいけない。


セイルがどっかりと椅子に座り、ふてぶてしく足を組む。


「でもさ、具体的に何をするんだよ?神に啖呵切ったところで、何が変わったかなんてわかんねえだろ」


ワープはしゃきっと背筋を伸ばす。


「祈りの巫女の代替わりのとき、新たな騎士には呪いがかけられるのでしょう。それを、私は拒否します」

「呪いを受けず、勝手に騎士業を行うわけか。神は怒るだろうな」


ケットがどこか楽しそうに言う。


「しかし、古代にあったように、神の怒りによって災いでも起きたらどうする?」

「……怒りなら私に降り注ぐでしょう。本来巫女はそのための存在なのですから」

「ワープにひどいことが起きたら嫌だよ?」


アナは心配そうだが、ワープはにっこりした。


「大丈夫です。私、神様とケンカをする心構えです」

「……そりゃいい」


セイルがにやりと笑う。


「心配すんな。神サマからだって、守ってやる」


心にずしりと響く、力ある言葉だった。ワープは頷く。本当に、何からだって守ってくれる気がした。騎士たちがいるのだ、何も恐れる必要はない。


アナがおかわりの紅茶をついでくれる。


「ねえ、ワープ。君がまず温室にやって来てくれて嬉しかったよ」


ワープは、心の隅の方に冷たい風が吹くのを感じた。


「真っ先に会うべきはリフィル様なのに、君はここへ来た。彼女と彼女の騎士さんたちには、まだ話す決心がつかない?」


まるで見透かされている。ワープは諦め、すべて本音を言ってしまうことにした。


「……リフィル様は、自分が神に捧げ続けてきた祈りが、古代の少女の償いの延長線だとは知りません。神を信じているのです。……リフィル様が知ってしまったら、リフィル様の信じてきた世界が崩れてしまう……そんな気がして、怖いのです」


リフィルを弱いひとだと思っているわけではない。しかし、次期巫女であるワープがあれだけ辛かった事実を、現巫女のリフィルに伝えるのは、酷だ。けれど、知ってもらいたい。リフィルにも、神の手の内で踊ってほしくはないのだ。


アナは微笑む。


「じゃあもう少し、ワープの中で勇気を育てる時間をとろうね。まだワープは帰ってきていないことにしよう」


優しい言葉が、ワープに甘えてもよいのだと思わせてくれる。思いやりに満ちたその勧めに、ワープはこくりと頷いた。



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