私の望むこと
まばゆい星が、透き通るような藍色の空いっぱいに広がっている。地上で何が起ころうが、空の上は変わらず美しい。その事実は、ワープの心をそっと落ち着かせてくれるのだった。
御座所の庭は、しんと静まっている。まるで時が止まったかのように。
隣にラインが立ったのを感じ、ワープははっとした。振り向けば、深い黒の瞳と目が合う。
「……ごめんなさい。気を失ったりして……」
かすれた声で謝ると、ラインはゆっくり首をふった。
「無理もない」
「でも、受け止めなければならなかったのです」
ワープはラインと向かい合い、まっすぐに目を合わせた。どこまでも静かなラインの瞳に、心の奥底まで見透かされているような気分になる。次期巫女ととして、何かしなければならない、そんな気を起こせなくなったことも、ラインには気づかれているように思えた。
ワープは俯き、白状した。
「古代の少女に理不尽に降りかかった神の怒りが、私は許せません。リフィル様も、その騎士たちも、この真実を知りません。……彼らがやってきたことは、国民の幸せを神に祈ることが務めだと信じてきた今までは、嘘だったのでしょうか?」
古代の少女・ファラの償いを、祈りの巫女は肩代わりしてきただけなのだ。祈りは祈りではなく、償いなのだ。
「こんなの、ひどいです。真心から祈りを捧げてきたリフィル様が、まるで古代の少女の代用品ではないですか」
ワープの心には、ふつふつと怒りが沸き起こっていた。決して疑わなかった「神」という存在へ、初めて向ける怒りだ。
「神様はひどいです。私、ファラは何も悪くないと思うのです。そして、今、祈りの巫女や巫女の騎士にも、何も罪はないと思うのです」
こんなに遠慮なく不満を口にするのは、もしかしたら初めてかもしれない。聞いてくれるのがラインだから、嘘をついても無駄だということがわかっているから、こんなに素直に話してしまうのかもしれない。
「俺は……」
ゆっくりと、ラインは口を開いた。
「俺は、理不尽に罪を被ってもかまわないから、騎士になろうと思った。初めて、自分からそう思った」
ワープは驚いてラインを見つめる。ラインの目には、どこかすっきりとした、清々しい輝きが浮かんでいた。
「まだ、俺は過去を捨てられず罪に囚われたままだけれど……罪を償うということが、どういうことかはわからないけれど……道を決めてみようと思った。騎士として、お前に協力したい」
「 ライン、さま……」
ワープは複雑な思いで俯く。
ラインは、自らを苦しい立場に置きたいから、騎士になろうと思ったのだろうか。ワープのためとか、自分のためではなく、また幸せから遠ざかりたいがために。
ラインはそんなワープの内心に気づいてか気づかずか、言葉を続ける。
「精霊王と話して……俺も、前に進む時なのかと思った。過去に囚われ、自らを戒め続けることは、恥ずべき償いだと言われた。世のための事を成さねばならないと」
ワープがもう一度ラインの顔を見たとき、その顔は今までの彼よりも、少しだけやわらかい表情をしていたような気がした。
「今までの俺を、完全に忘れることはできない。だが、変わってみたいと、そう思った」
「…………!! 」
月明かりに照らされ、艶やかな黒髪を銀に染めたラインの姿は、美しかった。
「お前のためになることが、世のためになるのではないかと、俺はそう思うんだ」
ワープは心震え、ぎゅっと服の胸元を握りしめた。
ラインは、一歩を踏み出そうとしている。自分と共に、新たな道を歩もうとしてくれている。それが、たまらなく嬉しい。
「私、ですか?神様ではなく?」
「俺の守るべき巫女はお前だ。俺はお前と共に行く」
途端に安心感が押し寄せ、ワープは崩れ落ちかけた。その言葉だけで、何も不安に思う必要はないように思えた。
「巫女が……今までの巫女がやってきたことは、嘘でも無駄でもないよ。巫女によって救われた人々は、間違いなくいたんだ」
いつものように淡々とした口調でラインは言う。けれど確かにあたたかい声だった。
「でも……巫女は神に騙されたままです。騎士は理不尽に呪いを受け続けなければならない。そんなこと、嫌です」
「お前はそれを変えたいか?」
「変えたいです。巫女の祈りが償いでなくなるように。騎士との繋がりが、呪いではなく絆であるように」
今までだって、巫女と騎士は強い絆で結ばれてきただろう。巫女は祈り、騎士は守る。その関係に、なんの問題もなかっただろう。
けれど、いくら歴代の巫女と騎士がなんの文句も言わなくとも。彼らが不幸せではなかったと口を揃えても。真実を知ったワープは、自らの騎士たちに呪いを背負わせるような真似は決してできない。
祈りの巫女とは一体何なのか。
ワープが信じてきた巫女とは、国民の平和と幸せを願い、神に思いを届ける存在だ。身勝手な人間の願いのための、神の怒りの捌け口ではない。
そう、信じている。
「私たちの理想とする巫女と騎士に、なってはならないのでしょうか?」
ラインが目を見開く。それからおかしそうに口許を緩めて、
「お前の望みを言ってみろ」
「私の望み……」
ワープは胸に手を当ててみた。何物にも変えられない、私の一番望むこと。
「神様に、祈りの巫女と騎士を解放してほしい。巫女は償いのためではなく、真に国民の幸せを願って祈るべきです。騎士と共に。私が信じる巫女と騎士の在り方を、神様にわかってほしい……それが、私の望みです」
ワープはまだまだ未熟だ。だからこれは、もしかしたら愚かな願いなのかもしれない。古代から続いてきた巫女と騎士に疑問を持つこと自体、意味のないことなのかもしれない。
けれど、ワープもいずれは巫女になる者だから。そして、共に歩いてくれる騎士たちがいるのだから。迷いを持ったままではいられない。例え神が相手でも、ワープはワープの騎士のために、自分の信じる道を行きたいのだ。
「なら、それでいいんじゃないか」
あっさりとラインが頷く。素っ気なくも取れるその口調に、ワープの心はふっと軽くなった。




