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神の吹かせる風  作者: わた
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風の心音2

あまりに白く、眩しすぎる太陽。このまま日差しが大地を照りつけ、干上がらせてしまうのではないか。そんな不安を感じさせるほど、いつもと違う太陽だった。


神殿の窓から空を見上げ、リフィルは顔を歪める。


ここ最近の空の異変。ただの自然現象と思い過ごすわけにはいかなかった。


女神像を見上げ、その変わらぬ微笑みを称えた顔に語りかけたくなる。

女神よ、私の言葉は届いても、貴女は言葉をくださらないのですね。

しかし、それは不敬なこと。巫女は、神に祈りはしても、求めはしてはいけない。


「リフィル様。ワープ様がおみえですよ」


神官のひとりが、穏やかに知らせに来た。


リフィルはあわてて跪き、お祈りの姿勢をとる。礼拝堂にいながらぼーっと突っ立っていたと知れれば、また口やかましく言われてしまう。


わかったわ、と笑顔で答え、神官が去るのを待つ。その姿を見送ると、リフィルは窓辺に立ち、門前に見えるワープと、彼女の騎士候補生たちを確認した。


リフィルは息をつく。


ワープには、そろそろ話しておいてもいいだろう。

祈りの巫女と、巫女の騎士に関わる、重大な秘密を。





礼拝堂に通されたワープたちは、洗礼を待つ信者のように椅子に腰かけた。

女神像の前には、ふたりの騎士に守られるようにしてリフィルが立っている。像の遥か上のステンドグラスから射し込む光が、その姿を七色に縁取った。


「あなたたち、よく来てくれたわ」


きらりと光るリフィルの瞳に、ワープは言葉を失ってしまう。


リフィルも、彼女の騎士たちも。ただそこに立っているだけなのに、どうしてこうも気高いのだろう。


「そちらも何か話があるんでしょうけど、あたしの決心が鈍らないうちに、教えておきたいことがあるの」


ワープと騎士候補生たちは、何も言わなかった。言葉を挟むことを、その考えさえ消させるような力が、リフィルの瞳には宿っていた。


リフィルはツルハとリーンハルトに頷きかけ、一歩進み出る。


「あなたたち。巫女の騎士になりたいという思いに偽りはないわね?」


騎士候補生たちは、迷いなく頷く。


「ならば、教えましょう。あたしが巫女となり、ツルハとリーンハルトが騎士となった瞬間に課せられた秘密を」


ワープは心に暗い影がかかるのを感じた。


師匠として、ワープを育ててくれたリフィルが、未だに教えてくれていない秘密とは何だろう。この時になるまで話そうとしていなかったことがあったなんて、ワープには考えも及ばなかった。


リフィルは優しくワープを見る。


「あなたを認めずに話していなかったわけじゃないのよ。ただ、幼いあなたには知らせたくなかったの。少し……楽しくない話だから」


でも、今のあなたなら。きっとその大切さがわかるでしょう。


リフィルは真剣な顔つきに戻ると、ふたりの騎士の手を取った。

瞬間三人の間に白い糸が繋がる。それは透き通り、今にも消えそうに見えた。淡く輝く、魔法でできた糸。


「これは、巫女と騎士を繋ぐ絆の証であるとともに、ひとつの呪いのようなもの」

「呪い……」

「騎士は、魔力を預かるとともに、身体の能力の中でも一番の弱点を消している。……すなわち、老いをね」


ワープと騎士候補生たちは、静かに息をのんだ。


予想できる年齢よりも、かなり若く見えていた巫女の騎士たち。そのわけがわかった。


「まさに、戦い、守るためだけの存在になるの。巫女が死ぬまで」


ワープは胸がつぶれそうな思いに耐えた。リフィルに、もうやめてくれと頼みたかった。


「巫女が死ねば、騎士にはそれまでの力の反動が襲う。……簡単に言うと、巫女の死は騎士の死よ。だって、巫女を守るのが騎士の使命だもの。使命をなくした騎士に、生きる道はない」


ワープは思わず、騎士候補生たちに目をやる。彼らはじっとリフィルを見つめていた。その目に浮かぶ思いを、ワープが悟ることはできなかった。


嫌だ。

そう思った。


今まで彼らに、自分のためだけに生き、自分とともに死んでくれと、そう言い続けてきたのか。


「巫女と違って騎士は表舞台にあまり姿を見せないから、気づかなかったでしょう?」


確かに、国民の象徴である巫女と一番密接な関係者ではあるが、巫女の騎士は表立って紹介されることはない。

それは、年齢の違和感を覚えさせることを、防ぐためだったのか。


「そんなの、ひどいです」


ワープは震える声で言った。


「私、騎士とそんな関係になるのは嫌です。騎士が巫女のために全てを捨てるなんて、間違っています!!」

「……そうね」


リフィルの声があまりに悲しそうで、ワープははっとした。


「あたしも、この子たちには申し訳なく思っているし、本当に感謝している」


愛しげにツルハとリーンハルトを見つめるリフィル。紅色の瞳に浮かぶあまりに切なげな思いを見て、ワープは何も言うことができなくなった。

ツルハが微笑む。


「私にとって、リフィル様のために生きること以上の喜びはありません。お前もだろう、リーンハルト?」


リーンハルトはのんびりと頷き、


「そりゃもう。いや、この若く美しい姿のままツルハちゃんと肩を並べられるのは素敵なことですとも」

「……そうだな、お前はそういうくだらない奴だった」


ワープは悲しく、胸が苦しくなった。

セイルたちと目を合わせ、そこに浮かぶ優しい色を認めて、たまらなくなる。


「私、嫌です。セイルにも、ケットにも、アナにも、そんなことさせたくありません!!」


この言葉を放った瞬間、ワープの心には様々な考えが駆け巡った。

騎士なんかいなくてもいい。巫女として、神殿に籠りっぱなしなら、守られる必要もない。それとも、逃げてしまおうか?何もかも、放り出して。

そんなことを考えた自分を、ひっぱたきたくなる。


巫女として、国民皆を幸せにしたい。そんなことを言いながら、こうも簡単に責任から逃げようなんて考え付くなんて。なんてひどい人間だろう。


リフィルは、ワープに歩み寄ると、優しく瞳を覗きこんできた。


「あなたは優しい子だから。きっとそう言うだろうと思ったわ」


あたしだって嫌だったもの、と、リフィルは自嘲するように笑う。


ワープはたまらず、リフィルの胸に顔をうずめた。ぎゅっと黒いドレスを握り、そのあたたかさに慰められる。


「……私、逃げ出したい…………」


くぐもった声で漏らされた言葉に、リフィルは目を丸くする。


「…………ワープ」


優しくワープを抱きしめ、リフィルは言う。


「今日はお泊まりなさい。あなたたちも」


騎士候補生たちに目をやり、有無も言わさぬ口調で命じる。


「エルミタージュには連絡しておく。だから安心なさい」





久し振りに帰った神殿なのに、ワープは心を弾ませることもできなかった。


高架から見える星空の美しさも、慰めてはくれない。


祈りの巫女。そして、巫女の騎士。

揺るぎない絆。ただそれだけで結ばれていると思っていたのに、そこには悲しい呪いの繋がりがあった。


自分のために、騎士は歳をとらなくなる。ああなんということだろう。そんなの、人間でなくなるのと一緒だ。


深くため息をつくワープの肩を、誰かが叩いた。振り向けばそこには、微笑みを浮かべた騎士候補生たち。


「よう。やっぱり落ち込んでんな?」


セイルがいたずらっぽく言う。ワープは泣きたくなった。


「……皆さま、巫女の騎士になりたいと、変わらずお思いですか?」

「もちろん」


三人は照らし合わせたように即答する。


「なぜ……?」

「だって、巫女の騎士になることはずっと目標だったんだもの」


アナが笑いながらワープの隣に立つ。


「僕ははっきり言ってラッキーって思ったよ。歳をとらなくなるなんて、お得な特典じゃない?」

「そんな……」

「巫女の騎士となることで、もともと平穏な暮らしなど放棄するのだ」


ケットが静かに言う。


「まあ……ワープがよぼよぼねこさんでありながら、我々がしゃきしゃきねこさんではおかしいかもしれんがな」


その言い方に、ワープは思わず微笑んでしまう。ケットの真剣な顔で不意にねこさん言葉を使われると弱い。


「そうだぜ。俺らは腰の曲がったお前を笑いながら守ってやる」

「それは……私、恥ずかしいです」


老いていく自分を、変わらず若々しい彼らに見られることは、ひどくショックなことに思えた。


アナが優しくワープの髪を撫で、そのあたたかい緑の瞳で見つめてくる。


「大丈夫。僕らは何も変わらないよ。君を守りたい思いも、巫女の騎士を目指す思いも」

「……でも、でも、私……」


彼らがどんなに保証してくれようと。どんなに安心させるようなことを言ってくれようと。

やっぱり、辛い運命を負わせたくはなかった。





その夜。ワープは自身にあてがわれていたかつての自室ではなく、リフィルの部屋にいた。

ここは、不思議にいつもお香の匂いがした。窓辺に置かれた小さな戸棚に、ぽつんと香が焚かれているのだ。


その理由が、今ならわかる。


「……ラインさまの、過去を……清めるためのお香なのですね」


リフィルの目が、驚きに見開かれた。


「ラインはあなたに語ったのね?」

「……はい」

「そう…………」


リフィルは何か考えるかのように黙りこみ、部屋中をうろうろと歩き回る。そして、戸棚を開くと、小さな鈴を取り出した。

銀色の、ころころと鳴る可愛らしい鈴だった。赤いリボンで縛ってある。


「これは、風の心音と呼ばれる鈴。祈りの巫女に代々受け継がれる、大切な物よ」


窓からの光を受けて、鈴はきらりと光った。


「風の御座所に行きなさい。そこでなら、あなたにこの鈴が教えてくれるでしょう。祈りの巫女がどういうものか。巫女の騎士がどういうものか」


御座所。それは、祈りの巫女としてかなりの修行を積んだ者しか足を踏み入れてはならない場所だ。リフィルだって、行ったことはないはずである。


「あたしではなく、あなたに来てほしいと、神は言うでしょう」

「そんな……」

「神は迷う者に導きを与える。行きなさい。あなたと同じように苦しむ、ラインとともに行きなさい」


そこでワープは、自分が神殿に来た理由を思い出した。

祈りの巫女がどういうものか。それがわかれば、ワープの求める答えもわかるかもしれない。



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