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神の吹かせる風  作者: わた
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風の心音

その朝は、特に日射しが眩しかった。

白い光が強く照り、なんだかいつもとは違う、違和感を感じさせた。


( 夏、なのでしょうか )


もう時期的には夏場なのだが、この日射しは、単に夏だからというわけではなさそうに思える。なんとなく心が落ち着かない。


教室に向かうワープは、その道中で嬉しい人物を見かけた。


段々近づいてくるその影に、ワープは笑顔で駆け寄る。


「……ケット!! おはようございます!!」

「あぁ……おはよう、ワープ」


ケットはもうきっちりと制服に身を包んでおり、すっかりいつも通りだった。けれど、少し疲れた様子のその顔に気がつき、ワープは心配して尋ねる。


「あの……ケット、ご無理をしてないですか?」


ケットは頷く。


「大丈夫だ。すぐ校長室に行かなければならないんだが、君には会いたいと思ってな」


会えてよかった、と微笑むケットにワープも笑顔になる。


ケットがどんなに辛い思いを抱えているかは、想像もしきれない。けれどこうやって笑ってみせてくれる強さが、ワープの心に染み入るのだ。


ケットはふと真剣な顔に戻り、ワープの顔を覗きこんできた。


「……ワープ。君こそ元気がないようだが?」

「え?あ……」


ワープは俯いてごまかしかけ、思い直してまっすぐケットの目を見つめた。


「……その、少し思うところがありまして。ぜひ、ご相談したいのですが」


そう言ってしまってから、ワープは思いもよらないほどの解放感を感じた。悩みを打ち明けられるというのは、なんて素晴らしいことなのかと驚きさえする。


ケットはしばらくワープと目を合わせ、やがてふっと笑った。


「では、後程温室で聞こう。お互い今は急いでいるからな。君の話はゆっくり聞きたい」

「あ、ありがとうございます!!」


ケットはすれ違いざまにワープの髪をかきまわし、歩き去っていく。ワープも校舎に向けて歩き出したところで、思い出したように声がかけられた。


「あぁ、ワープ」

「はい?何でしょう」


にこにこと振り返るワープに、ケットは可笑しそうに笑いながら、


「君はなかなか頼ってくれないからな。今のは少し嬉しかった」

「……え」


すたすたと去っていくケットを見送りながら、ワープは絶句してしまう。


( 私、ケットたちに頼りっぱなしだとばかり……)


なんて器の大きいひとなのだろう、と、ワープはひとり感動を覚えるのだった。





授業が終わり、生徒たちは各々の時間に入る。


ラインはまだ授業に出られる状態ではないのだろう。再び無人に戻った席に、寂しさを覚える。


ライン・クロラットが神落としの首領に襲われたという事実は、生徒たちには知らされていなかった。次期巫女であるワープではなく、ライン個人を狙ったことからだろうか。


ワープは裁縫の授業で絆創膏まみれにした指で教科書を閉じ、鞄にしまう。これでも最初の頃と比べると、絆創膏の数は減っている。一桁で数えられる程だ。


「ワープ。その指どうしたの?」


前の席からアナが振り返り、ワープの手をつかまえる。


「あの、私、針仕事が苦手で……」

「ふぅん……」


アナは何気なくワープの指に手をかざす。その手から淡い水色の光が放たれ、怪我をした指を包み込んだ。

その光が消えた瞬間、ちくちくとした痛みが消える。ワープは驚いて、そおっと絆創膏を剥がした。綺麗に傷がふさがっている。


「わっ、すごいです!! 」

「まだ練習中だから、うまくいってよかった。治癒魔法って難しいんだよねえ」

「でも、すごいです。ありがとうございます」


ワープはすっかり感心してしまって、絆創膏を全部剥がした。どの指も、完璧に元通りに治っている。


「治癒魔法は、いろんな精霊にはたらきかけるから、魔力の波長が合うひとがあんまり居ないんだ。校長先生みたいに高度な治癒魔法を使えるひとは、大陸を探してもいないんじゃないかなあ」

「巫女の騎士よりも、高度なのですか?」

「うーん、そうかもねえ。これは生まれつき持った性質によるから」


校長は精霊に好かれる体質なんだろうね、とアナは笑う。


「セイルなんかは乱暴だから、精霊は怖がっちゃう。あの子は治癒魔法には向かないね」


そのセイルがアナの背後からこちらへやって来るので、ワープは息をのむ。しかしアナは落ち着いたもので、微笑みながら彼に挨拶した。


「やあセイル。今、君は治癒魔法には向かないって話をしてたんだ」

「おい。不名誉な言い方すんな」


セイルは不満げに顔をしかめる。


「怪我しなきゃ、治癒魔法なんか必要ないだろ。ワープ、お前に指一本触れさせないよう守ってやるから心配すんな」


さらりとそんなことを言うセイルに、ワープは嬉しいような照れくさいような、ふわふわした気持ちになる。


「ありがとうございます」


やっとそれだけ言うと、アナがくすくす笑った。


「そうだね。じゃあ僕はワープがお裁縫に失敗したとき専用に、治癒魔法を練習するね」

「う、その……精進いたしますから」


アナは笑って立ち上がると、手を差し出した。


「さ、行こう。ケットが温室で待ってるだろうからね」

「あ、はいっ!!」


手をとって立ち上がるワープ。その瞬間、アナに少しだけ引き寄せられ、ふたりの体が触れあう。その一瞬の間に、


「今日、ワープが元気なかった理由も聞きたいな?」


と囁かれ、ワープは目を見開く。


いつもと変わりなく微笑むアナに、このひとにはかなわない、とつくづく思い知らされるのだった。





温室に四人揃うのが、随分と久しぶりに感じる。たった一日ケットがいなかっただけで、温室は寂しさに満ちたものだ。

こうして皆でテーブルを囲めることが、とても心地よい。


「ケットは大丈夫なの?」


紅茶のポットを優雅にくゆらせながら、アナが尋ねる。


「あぁ……。父の身柄に関する後始末は済んだ。牢屋には入れられるが、他の一族に対する援助は確認できた。……問題は、世の中の目だな」


ケットは重々しくため息をつく。


ワープは笑って、明るく言い放った。


「大丈夫です。ケットならばすぐに信頼を得て、今までよりもずっと素晴らしい評価を一族に与えます」


いつになく自信満々に保証するワープ。自分のこととなるとあんなに気弱なくせに、ひとのこととなるとまるで見て知ったかのように宣言できるのだ。


少し呆れたように、ケットは微笑んだ。


「……あぁ。そうならねばな」


アナが人数分の紅茶を用意し、それぞれに差し出してくれた。レモンを沈めた特別製だ。お礼を言って口に含むと、爽やかな香りが広がった。


「それで……ワープは何を悩んでいるんだ?」


紅茶を口につけながら、何でもない口調でセイルが尋ねる。ワープはう、と言葉をつまらせた。


ラインの過去を話す気にはなれない。セイルたちを信頼していないわけではなく、ラインを裏切りたくないから。彼がようやく紐解いてくれた秘密を、できる限り大切に閉まっておきたいのだ。


ワープは、ルルに相談した内容を彼らにも話してみようと思った。


「あの……祈りの巫女が、必ず必要な存在だと示すには、どうしたらよいのかと思いまして……」


セイルとケットが鋭く瞳を光らせ、手をテーブルに叩きつけてワープに迫った。


「お前、他の生徒に何か言われたのか!?」

「いっ、いいえ!! そうではなく」


ワープは慎重に、ひとつひとつ言葉を紡ぐ。


「巫女が、本当に力のある存在だと示せれば、人々も巫女を信じることに不安を感じることはないのではないかと思うのです」


セイルとケットは体勢を戻し、三人の騎士候補生たちは顔を見合わせた。


「……巫女を信じることは、僕にとって当たり前だから、不安なんか感じたことはないんだけど……」


アナがため息まじりに言う。


「……そうだね。特に貧困層の人々は、巫女の祈りの力を頼って本当に幸せになれるのか、不安に思うこともあるかもしれない」


ワープは頷く。

けれど、巫女は無力ではない。わかるのだ。ずっとリフィルの背中を見てきたのだから。巫女は、信じてよい存在だ。


「ワープの気持ちはわかるよ。巫女は力を持ってる。けど、それを示す方法がないんだよね」


巫女の持つ力は、巫女本人にもわからない曖昧なもの。けれど確かに存在する力なのだ。


「巫女は古代から続いてるんだぜ?今さら何の力もないなんて思いもよらねえけどな、おれは」

「そうは言っても、国民皆がセイルと同意見ではないだろう」


ケットが苦々しげに言う。


「だが巫女は間違いなく国家の象徴だ。ワープ、お前は決して自信を失ってはならないぞ。巫女は必要だ、お前が揺らいではならない」


ワープは力強く頷いた。確かに自分が不安な思いを抱えていては、もとも子もない。


「リフィル様に相談してみたら?」


アナが穏やかに勧める。


「巫女様なら、きっといろんな考えを持ってるだろうしね」

「そうですね……」


リフィル様ならば、祈りの巫女として、きっとワープためになることを教えてくれるだろう。


次期巫女として、こうして自分で思い至った疑問をリフィルに尋ねようとすることは、あまりなかった気がする。フィリエット学園に来て、ワープも考えることが本当に増えた。

きっと、リフィルはそのために学園に送り込んでくれたのだろう。

感じるのは感謝。そして、立派で賢い巫女になりたいという願望。神殿でひっそりと暮らしていたころには、知り得なかったほど、強い感情だ。


「では次の休みに、神殿に戻ってみようと思います」

「僕らもついていくよ。ね?」


アナに問いかけられたセイルとケットは、無論だと言いたげに頷いた。


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