信じて
自室に戻ったワープは、着替えも後回しにしてベッドに倒れこんだ。
ぽふりと体を包み込む布団はあたたかい。ぼんやりと天井を見つめていると、心もだんだん静まってくれる。
巫女の祈りが意味あるものだと、示す方法。
静かな部屋にいると、少し不安になってしまう。昨夜はセイルがそばにいてくれたけれど、今はひとりだ。けれど流石に毎晩セイルの部屋にお邪魔するわけにもいかないだろう。
ワープは目を閉じた。
巫女が祈るのは、血とともに流れていると言ってもいいほど、日々の習慣となっている。神に思いを届けられるのは巫女だけ。いわば巫女は、人々の代弁者なのだ。
けれど、すべての人の思いを理解できているわけではない。巫女は神と繋がっているだけで、神ではないから。
すべての人の思いを知るのは難しい。それに巫女だって、神に思いが通じた自覚があるわけではない。願いは届きましたよ、と、胸を張って言えるわけではないのだ。
けれど、決して巫女の存在は無駄などではない。
……どうしたら、認めてもらえるだろう?
そのとき、可愛らしい声が聞こえた。
「ワープさん。こんばんは」
ワープは扉に飛び付き、小さなルルを招き入れる。ルルは丁寧にお辞儀をしてから部屋に入った。
寝巻きを着てうさぎのステファニーを抱いたルルは、昼間出会うときよりもかなりリラックスして見えた。
並んでベッドに腰かけたところで、ルルは沈んだ様子のワープに気づいたようだった。
「ワープさん、今度は何で落ち込んでいらっしゃるのですか?」
すまし顔で尋ねられ、ワープはうっと言葉を詰める。そんなにわかりやすいだろうか。
「ワープさんは落ち込みやすい方ですね。私でよければお話ししてください」
ルルの口調は淡々としていたが、その中に確かにあたたかな響きを感じとれた。
「私……次期巫女として、巫女の存在を意味あるものだと示したいのです。けれど方法がわからなくて……」
消え入るようにそう言ったワープを、ルルは静かに見つめた。幼い瞳に浮かぶ表情があまりに大人びていて、ワープはぎくりとする。
「巫女とは、国民の心の支えです。巫女がいなければ悲しむひとがいます。それで充分ではないですか?」
「でも……巫女を、憎むひともいるのです」
ルルは驚いたように目を見開いた。この少女の中に、巫女を憎むという考えはありもしなかったのだろう。
「私はすべての人々に幸せになってほしいのです。祈りの巫女として……」
「……ワープさん。私は思うのですが、幸せとは巫女が何かしなければ手に入れられないものなのでしょうか?」
唐突に問いかけられ、ワープは驚いた。ルルの声は小さくとも力があった。
「巫女は幸せになれないひとに八つ当たりされる存在なのですか。私はそのようなことは認めません」
いつになく怒った様子のルル。ステファニーをぎゅっと抱き締め、不満そうに瞳を光らせている。
そんなルルが急激に愛しくなり、ワープは微笑みを浮かべていった。
「ありがとうございます。ルルさまにそう言っていただけると、私とても気が軽くなります。けれど……」
穏やかにルルを見つめながら、ワープは固い意志を持って言った。
「巫女を憎むひとを、責めるつもりはないのです。けれど、巫女は決して不必要ではないはずです。それを、皆さんにわかっていただきたいのです……」
「……そうですか」
ルルは何か考え込むように押し黙り、しばらくの沈黙の後こう言った。
「考えてみると、国民も巫女のことを殆ど知りませんね。古代から続く王国の象徴なのですから、無条件で尊敬されないというのも不思議な話です」
ワープはやわらかく笑った。
「己の存在を過大評価してはいけないと、リフィルさまは言っています。私たちは常にへりくだり、精進していくのです」
「……ワープさんは少々過小評価し過ぎる気もしますが」
ルルはそう言うが、ワープとしては自分に自信を持つということは不可能なのだ。こんなに気弱で劣等生な巫女がいるだろうか?
成長しなくては、と常々強く思う。
「……ワープさんが悩んでいるのはわかりました。ですが、あなたはひとりではありませんよ。騎士候補生も、校長先生も、それに現巫女のお師匠様がいらっしゃるじゃないですか。彼らに頼ればよいのです」
ルルは小さな胸を張る。その様子が少し可笑しく、またその言葉に、ワープはとても元気づけられた。
「……そうですね」
淡く微笑んで、頷く。
そうだ。ひとりで悩むのは悪いこと。自分には、力になってくれる素敵なひとたちがついている。彼らを信じず、いつまでも抱え込んだままでは失礼だ。
頼れる、騎士候補生。彼らはいつだって、頼ってほしいと言ってくれているのに。
ちくり、と胸が痛む。
ラインも、いつの日か本当の意味でワープの騎士候補生となってくれるだろうか。
ワープは、それほどまでに、巫女にふさわしい人物になれるだろうか。




