次期巫女として
「フロウは、神落としの首領を倒した。自らの手で巫女を殺すのに、リレットは邪魔だったから。それに、あいつにとって神落としという組織は便利だからな」
静かにそう言うと、ラインは口を閉じた。
ワープは黙っていた。気がつけば涙が頬を伝い、膝の上に置かれた手を濡らしていた。
そんなワープを見て、ラインは呆れたように目を細める。
「祈りの巫女は泣くなと、いつか言っただろう?」
「……はい。わかって、います」
そうは言っても、涙は止めどなく溢れてくる。滲んだ視界の中で、ワープはラインを見つめた。
「でも!! 泣いてはならないなんて……こんなに、苦しいお話でしたのに。泣いてはならないなんて……」
傷だらけで、包帯まみれなのに。それでも尚、素手が露にならないように手袋をはめているラインを見て、たまらなくなる。
「私には、酷すぎます……」
ラインの歩んできた過去。そして、明らかになったフロウとの関係。そのすべてが、痛々しく辛いものだった。
今、ワープがどんな言葉をかけようと、ラインは決して自らを許そうとはしないのだろう。殺人を生きる術としてきたかつての自分を、憎み続けるのだろう。
そして、フロウの言葉が甦る。
神殿に引きこもってる巫女に何ができる。巫女の祈りで人びとは救われているのか?
ああ、確かに巫女は病気の人を癒すことはできない。飢えた人のお腹を満たすこともできない。悲しい最期を遂げた人を、看取ることもできない。
それなのに、フロウの愛しいひとは巫女を信じてくれたのだ。
ワープはますます激しく泣きじゃくった。
自分はなんて無力なのだろう。次期巫女として、何もできない。目の前にいる、救いたい魂さえ癒してあげることができないのだ。
「……俺の過去を知ったことを、後悔するか?」
ワープは首を横にふった。
「後悔などしません」
けれど、どうしたらよいかわからなくなってしまった。次期巫女として、いずれ巫女になる者として、ワープはあまりに愚かで無知だった。
フロウの気持ちが、わからなくはない。
けれど、それを正しいこととしてはならない。自分は次期巫女なのだ。巫女の存在が必ず正しいと、示さなくてはならないのだ。
「……ラインさまは、巫女の存在は正しいものだと、お思いになられますか?」
決して幸せではない道を歩んできたラインが、それでも祈りの巫女を信じてくれているのか、ワープは気になった。
「巫女は、確かにすべての人を救えるわけではないだろう」
ラインは静かに、ワープの瞳を見つめた。
「だが、巫女の存在が心の拠り所になる者もいる。巫女が民の幸せを願って、神に祈っているのは事実だ。それを無力とみなすのは少し早計。それに、巫女を憎むのはお門違いだ」
いつになく饒舌に語るライン。
「俺は、リフィルに救われた人間として、祈りの巫女の存在も信じる」
ワープは、その瞳を見つめ返した。どこまでも深く、透き通るような黒の瞳を。
「……ラインさまは、本当に……ご自分のことを、許してはいらっしゃらないのですね」
自分の意見を、わがままな意見を決して言おうとしない。それが無性に悲しく、ワープは瞳を震わせる。
このひとはどうしたら、自分の幸せを願ってくれるのだろう。いつになったら、自分が気高く美しい人間だと気づいてくれるのだろう。
「…私は次期巫女です」
次期巫女なのだ。
巫女の在り方を、見つめていかなくてはならない。フロウの愛しいひと……出会ったこともないセルースという名の少女が、最期まで信じてくれた、祈りの巫女という存在を。
「ラインさま。リフィル様ではなく、私は、あなたを救っていません。助けられてばっかりです。だから……あなたが、あなた自身が私を認めてくださらなくても、当然です」
どうか、本当にワープの騎士候補生となりたいと思わないのであれば、ラインに無理をしてほしくない。本当の意味で、巫女と騎士の関係を築きたいのだ。
けれどラインはワープから目をそらさず、静かに言い放った。
「俺はお前を認めないと言った覚えはない」
ワープは驚いて口を開きかけた。けれど寸でのところで思いとどまり、あえて言葉を飲み込む。
なんてことだろう。ラインの言葉があまりに嬉しく、力が涌き出てくるようだった。
「私、絶対に、絶対に、巫女の祈りは無駄ではないと、示してみせます。巫女を信じて亡くなるひとが、浮かばれるように。神のご加護を感じて、皆が旅立てるように」
それが、今は亡きセルースのために、ワープができること。名も知らない国民全員の魂を救うために、すべきことだ。
そして……。
そして、ラインの魂も、救いたい。幸せになれない、なりたくないと苦しみ続ける魂を、どうか救いたい。
ワープは悲しい気持ちでラインを見つめる。少し乱れた黒髪のかかる白い肌が、切ないくらいに美しかった。
あなたは、あなたが思うより、素晴らしいひとなのですよ。あなたがご自分を許してくれないと、私は困るのです。私、あなたに幸せになってほしいのですもの。
この思いが。伝わればいいのに。




