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神の吹かせる風  作者: わた
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秘密-黒の過去3

セルースを抱えたまま神殿前にたどり着いたフロウは、その騒ぎに目を見張った。


兵士たちが何人もの男を手枷で捕らえている。取り上げられた武器が、物騒にも高く積み上げられていた。人びとは何事かと人だかりをつくり、辺りはお祭りのように騒がしかった。


「巫女を狙った賊らしいよ。幸い巫女は逃げ出せたようだが」


フロウの耳に、そんな言葉が飛び込んでくる。


逃げた?巫女が?命を狙った賊から?


冷たくなったセルースの体を抱きしめ、フロウはへたりこむ。


巫女は、神に思いを届けてなどいなかったのだ。命を狙う者まで現れて、挙げ句何もせずに逃げ出すなんて。

巫女の祈りなど、所詮意味のないものだったのだ。どれだけ祈ったところでひとりの命も救えないし、自身の命すら満足に守れない。


そんなものに、セルースは最後まで希望を寄せていたのだ。


今でも、きっとセルースは信じている。祈りの巫女の力を。


フロウの頬に一筋、涙が伝った。


巫女を信じて悲しい願いを持ち続けたセルースを、どうしてくれる。当の巫女は自らの命を守ることで精一杯ではないか。セルースは死んだ。けれど巫女は、再び騎士に守られて平穏に暮らすのだろう。


巫女を信じ続けて息を引き取った、優しい少女が存在したことさえ、知らないまま。


『あなた、いつだって笑っていなくちゃダメよ』


セルースの声が頭の中で呼び掛けてくる。


フロウは、口元に乾いた笑みを浮かべた。

笑わなければ。セルースの言う通り、彼女を悲しませないように。


表情だけ。顔に笑顔を張り付けていさえすれば良いと、悲しい勘違いをして。

フロウは、笑顔を崩すことをしなくなった。




カロル首領・ゼフィロスは、遥か上空、神殿の屋根からの射撃により、左胸を貫かれていた。急所はかろうじて外れているものの、出血が凄まじい。自らの限界を感じ、ゼフィロスは皮肉を込めて笑った。


ゼフィロスを射たのは、おそらく巫女の騎士であろう。でなければあの距離から的確に狙撃できるわけがない。


「チッ……あの、ガキ」


ラインの警告は、神殿の外にいたゼフィロスにも届いていた。

身も心も黒く染まった暗殺者に育てたつもりだった。それが、まさか意思を持った裏切り者になるとは。


ゼフィロスが死ねば、カロルは滅びる。あのガキの生きる場所は、なくなるのだ。

地獄で会ったら、言ってやろう。お前がどう足掻いても待つのは死だった、と。




ラインは、誰にも見つかることなく神殿を出た。


その黒い髪や瞳が彼の気配を覆い隠したのかもしれないし、あるいは彼の心があまりに空っぽだったため、人の目は彼を認めることなくその空間を行きすぎたのかもしれない。


ラインは、ゼフィロスの亡骸を見つけた。


それを見ても、何も感じない。


けれど、うずくまる銀色の髪の少年を見たとき、ラインの全身に鳥肌がたった。


フロウ。そして、彼に抱きしめられた、小さな少女。ぴくりとも動かないその姿を見たとき、ラインは崩れ落ちた。

セルースは、息絶えたのだろうか。


フロウの目が、ラインを見た。そこにだんだんと浮かんでいく憎しみの色を認め、ラインはぞっとする。


セルースが信じた巫女を、殺そうとしたのはお前か。



フロウは自分の気持ちを整理することができなかった。

無力な巫女は憎い。けれど巫女は、セルースが信頼していた大切な存在だ。巫女を殺そうとした奴等も憎い。


どうすればいい?このたまらない思いを。


巫女が国民の支えなんて、認めない。ただ、浅はかな思いで巫女を打倒させるわけにもいかない。


自分が、巫女を殺そう。


巫女なんてものがあるから、セルースは報われなかったのだ。





ラインは、カロルのアジトだった場所で、膝を抱えて過ごした。


自警団によってカロルのメンバーのほとんどが捕まり、アジトも壊された。最早廃墟同然のこの場所で、ラインは何日も飲まず食わずで過ごし、日に日に弱っていた。


もう、死ぬのだ。ぼんやりとした頭には、そんな言葉しか浮かんでこない。


そんなとき、耳に飛び込む、扉が壊される音。


「慎重にと言ったでしょう」

「本当にひどい有り様ね。人が居るとは思えないけど」

「静かになさい」



そして、ラインはフィリエット学園校長のエルミタージュと、祈りの巫女リフィルに出会った。


ふたりはラインに、次期巫女の騎士になれと言った。殺すことにしか使わなかった力を、守るために使うように。


「ライン。あなたには、自分に誇りを持つ権利があるわ。あなたは自分の幸せを願っていいのよ」


リフィルはそう言ってくれたが、ラインはかたくなに首を横にふった。


自分は何人もの人を殺した。何のためでもない、自分が生き延びるために。そして一度はリフィルの命さえ狙ったのだ。


ラインは常に手袋をはめて過ごすようになった。汚れた手が、綺麗なひとの肌に触れないように。


リフィルはそんなラインに、精一杯の愛情を示してくれた。

ラインが殺してきた者のために、常に黒のドレスを纏うようになった。また、何よりも、一番大切な弟子を守れと、命令を与えてくれた。


そしてエルミタージュは、ラインを学園に住まわせ、巫女の騎士となるための教育を施してくれた。

暗殺業にしか通じていなかったラインは剣術を覚え、様々な学習をした。


生きていると、こんなに実感できたことはなかった。


けれど、ラインは決して自らを許す気はなかった。

いくらエルミタージュやリフィルが、幸せになれと言ってくれても。


こうして自分を戒めていないと、おかしくなりそうなのだ。暗殺者であった過去を、いとも容易く忘れてしまいそうで、恐ろしかった。

罪は消えたりしないというのに。



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