彼女を守るため2
リフィルはホール内のテラスで、腕を組み、足を開き、仁王立ちをする。
いつ人混みに紛れて首をかかれても不思議はない。けれどリフィルは動かなかった。どこまでも気高く、堂々と、紅色の瞳を光らせる。
ウェイターが飲み物を勧めにやって来た。礼は言ったが受け取らずにいると、すみやかに離れていく。
突然、その腕を何者かが掴んだ。
「つまらぬやり口だ。通用すると思うな」
ウェイターの口から苦悶が漏れ、手から針が取り落とされる。
「毒針とは古い手を」
高いヒールでそれを踏みつけたのは、青いドレスに身を包んだ美しい女性。ただし裾には小刀を隠し持ち、今まさにやって来た青年から愛用の剣を受け取った。
「いや、流石。見事だね」
見た目にはどこぞの令嬢と御曹司にしか見えないが、女性と青年はただならぬオーラを感じさせ、捕らえた刺客の震えを止まらなくさせた。
「巫女には手出しできない、それを思い知りなさい」
リフィルが言い放つ。
ツルハとリーンハルト、ふたりの騎士は剣を抜き、ホール中を見渡した。
たちまち辺りは大騒ぎとなる。令嬢たちは悲鳴をあげ、テーブルはひっくり返り皿が散らばる。
「関わりのない者は出ろ!!ここは危険だ!!」
ツルハが叫ぶ。
「いけないわ、混乱が起こる。あたしたちが移動するわよ!!」
リフィルの言葉で、巫女とふたりの騎士は人気のない廊下へと移動する。
どこに潜んでいたのか、フードで顔を隠した一団が三人に続いた。
「神落とし、ね」
ひとりが歩み出て、いやに優雅に一礼する。
「お初にお目にかかります。リフィル・ハートレット」
気品に満ちた声で挨拶すると、その人物はフードを取った。美しい銀色の髪がふわりと広がり、同じ色の瞳が穏やかに見つめてくる。ふとすると、命を狙われる相手だということを忘れそうだった。
「フロウ君、でいいのかしら?」
高圧的な笑みを浮かべるリフィル。
「言っておくけど、あたしは死んであげる気はないわよ」
「そのようだね」
リフィルを庇い、剣を向けてくるふたりの騎士を見て、フロウは笑った。
「俺も騎士の力を甘く見てはいないから。どうも相対すると分が悪いな」
「何を言っている!!」
怒声が響き渡る。
ルーカスが、荒々しくこちらへやって来ていた。
「貴様が言った通りに動かなければ、何の意味もないではないか」
フロウは冷たく部下たちに目配せする。一斉に、刃がルーカスに向けられた。
「な、何のつもりだ!?」
「これはどういうことなの!?」
フロウは再び微笑みを浮かべ、ルーカスには目もくれずリフィルに向き直る。
「俺は誰の指図も受けるつもりはない」
目にも止まらぬ速さで抜剣すると、フロウは疾風のようにリフィルに斬りかかる。それをツルハが受け止め、
「なめるな!!」
強引に跳ね返され、フロウは飛び退いて着地した。に、と不敵に笑うフロウに、リーンハルトが語りかける。
「ねえ、神落とし君。君はあくまで君の判断で、今日この場のリフィル様を狙いに来たんだ?」
神落としの首領に対してとは思えない、いつも通りののんびりした口調。
「もちろん。そこの爺にいいように使われているわけではないよ」
ルーカスの顔は怒りで歪んでいた。刃で取り囲まれる恐怖と相まって、顔色はどす黒くなっている。
「ふぅん。そう、それではっきりしたよ。ま、俺はどっちでもいいんだけどね」
本当にどうでもよさそうなリーンハルトの態度に、フロウは気を悪くしたようだった。多分、初めて。その顔に不機嫌そうな色が浮かぶ。
「勘違いしないで。俺は巫女の命を軽視してはいない」
それからふてぶてしい笑顔に戻り、
「次期巫女の子。あのお嬢さんは、なかなか自分の命の重さをわかっていないみたいだけど」
「……だから」
リーンハルトは低い声で、フロウの言葉を遮る。普段滅多に使わない、底冷えするような凄みを含んだ声だった。
「どうでもいいんだよ。そっちの都合なんて」
まっすぐ、切っ先をフロウに向ける。
「うちの巫女様を狙う奴の事情なんかに、興味はないね」
ツルハが同調するように頷いた。
「お前と意見が合うとは。私も末期かな」
「いいえ。ツルハちゃんはまだまだ現役ですとも」
騎士ふたりはリフィルを挟むように背中を合わせ、笑みを浮かべる。
絶対にリフィルを守ってみせる。自分たちが敗れるはずがない。実力と経験に裏付けられた、自信に満ちた表情。
リフィルはそんな騎士たちからにじみ出る力を感じとり、微笑んだ。
その様子を、少し離れた物陰から、セイルは眺めていた。
『あたしの騎士があたしを守ってくれる。あなたはあたしが逃げ損ねないように手伝ってちょうだい』
直前まで隠れてリフィルと共に逃げ、騎士たちが仕留め損ねた神落としの残党から守る。それがセイルの仕事だった。
(……逃げる必要なんかねえじゃねえか)
騎士たちは圧倒的な実力を見せつけた。それも、剣を交えずに。全身から沸き立つオーラと、巫女を守る、その使命にかける思いの強さだけで。
フロウはくすっと笑うと、剣を収めた。
「……やめた。巫女の騎士と真っ向から戦っても、いいことはないし」
突然目が見開かれ、銀色の瞳が不気味に輝く。
「ただ、おとなしく帰りはしないよ。俺はそこの爺には、かなり腹を立ててるんだ」
フロウが手をかざす。
天井が崩れ、リフィルと騎士に降りかかった。ふたりの騎士はリフィルを庇うが、瓦礫に取り囲まれて身動きがとれなくなる。
「何をするつもり!?」
「ふふ。汚名を着せるだけで終わらせるわけ、ないじゃない」
フロウはルーカスを乱暴に蹴り飛ばすと、フッと転移した。神落としたちは依然ルーカスに刃を突きつけている。
セイルは物陰から飛び出し、リフィルたちに駆け寄った。瓦礫の向こうから怒鳴り声が飛んでくる。
「セイル君!!早くワープのところへ行きなさい!!」
「あんたたちは!!」
「あなたよりよっぽど頼りになる騎士がいるのよ!!あなたはあなたの巫女を守りなさい!!」
セイルは駆け出した。
神落としが、行く手をふさぐ。セイルは豪快に剣をなぎ、相手を払いのけた。
ルーカスが、苦しげな目をセイルに向ける。
「言っておくが、おれだってあんたを許すつもりはない」
「…………」
セイルは舌打ちをすると、剣を振るって神落としたちを遠ざけ、ルーカスの腕を掴んだ。そしてリフィルたちがいる瓦礫の奥へと転移させる。
「そこでじっとしてろ!!」
吐き捨てると、セイルは再び走り出した。守るべき、巫女のもとへ。
腹の底を震えさせる爆音に、ワープは嫌な予感を煽られた。
三人が屋敷に戻ると、凄まじい騒ぎが起きていた。人々は屋敷から逃げ惑い、悲鳴が耳をつんざく。
「一体何が……」
その時、屋根の上に立つ銀色の人影が目に入った。
フロウはにっこりとワープに笑いかける。
「これもみんな、あの男のせい。あの男が全てを企てた」
それは声ではなく、ワープの頭に直接語りかけられた言葉だった。
ワープは屋敷に目を戻す。神落としの一団が、次々に屋敷を破壊して、人々を捕らえている。
「や、やめてください!!」
向こう見ずに駆け出すワープを、ケットが止める。
「待て!!君はここにいるんだ」
アナがワープの手を取り、しっかりと握った。
「ケットに任せて。僕と待とう」
感謝を込めてアナに頷きかけ、ケットは屋敷へ走る。
人々から神落としを引き離し、斬りつける。
逃げ遅れた人々を屋敷の外へ追い立てるが、数が多すぎる。このままでは皆崩れた屋敷の下敷きだ。
「くそっ……」
「ケット!!」
かけられた声に、ケットは顔を上げる。セイルがこちらに走って来ていた。にわかにほっとし、ふたりは合流する。
「ワープはどこだ?」
「ワープに代わって仕事だ。人々を逃がさなくては」
セイルは了解して頷く。
ふたりは協力して人々を誘導したが、この混乱の中で避難はうまくいかない。
「とにかく屋敷の破壊を止めなければ……」
ケットは奥へと進み、屋敷を破壊する神落としたちを攻撃していく。だがやはり、数が多すぎる。
「くそっ……」
このままではどのみち時間切れだ。
「ネコちゃん。俺たちが時間を稼ぐから。君たちは本体を叩きなさい」
耳に届く、巫女の騎士の声。
「私たちが力を貸す。お前は自分のすべきことを考えろ」
瞬間、屋敷の崩壊がぴたりと止まった。いや、止まったのではなく、スピードが恐ろしいほどゆっくりになったのだ。相当高度な魔法だ。
これなら、間に合う。
ケットは身を翻し、セイルのもとへ戻る。
「セイル!!お前はそのまま避難させていてくれ。俺はフロウを止める!!」
セイルは一瞬口を開きかけたが、すぐに頷いた。
「任せたぞ!!」
ケットは屋敷を出て、屋根の上に佇むフロウを見上げた。銀色の瞳がぼんやりと光り、不気味に屋敷の騒ぎを見つめている。
奴を、首領を捕らえれば、神落としもおとなしくなるはずだ。
ケットは飛び上がり、いくつかテラスをつたって屋根へと降り立った。
「……フロウ!!」
ローブをはためかせる後ろ姿に怒声をかけてやれば、フロウはゆっくりと振り向く。
「ふふ。いいの?お父様のところに行かなくて」
ケットは聞こえないふりをした。剣を抜き、
「……今すぐ撤退しろ」
フロウは呆れたように笑う。
「わかっていないね。君のお父様が呼ばなければ、俺たちは元よりここにいないんだ」
「…………」
ケットは剣を握る手に力をこめる。それから、ふっと柄を放した。剣は乾いた音を立て、屋根を滑り、縁に引っ掛かって止まった。
怪訝そうな顔をするフロウとまっすぐ向かい合い、ケットは深く頭を下げる。
「……父の非礼は謝る。どうか関係のない人を巻き込むのは止めてくれ。……頼む」
巫女の騎士として最も憎むべき相手に懇願する。ケットはその屈辱的な行為を、事の重大さを痛いほど理解した上で行ったのだ。体を引き裂かれるような感覚に溺れ、ケットは歯を噛み締める。
ワープに顔向けできない。己の父がしでかした失態を、こんな形で解決しようなど。
フロウは黙ってケットに近寄ると、その髪を掴んで乱暴に上向かせた。
「ふうん。その程度の思いで、巫女の騎士なんか目指しているの?」
ケットは身じろぎせず、ただじっとフロウを見つめた。
巫女に不忠な行為。だが、ワープなら……。ワープなら、何と言うだろうか。この自分の行動を、わかってくれるだろうか。
「俺は……ワープを信じている」
いや、違う。
信じるなど、体のいい口実だ。ただ甘えているだけなのだ。彼女の思慮深さを、優しさを、自分の都合に付き合わせようとしているだけ。
こんな半端な思いで、巫女の騎士が務まるものか。
「私もケットを信じていますよ!!」
高らかな少女の声が響いた。
驚いて見た先には、ドレスは汚れ、化粧は落ち、髪を振り乱した次期巫女姫の姿。
「ワープ、なぜ来た!?」
するとアナが申し訳なさそうにワープの隣に立つ。
「ごめんね。僕じゃ止められなくて……」
そう言いつつも、アナは楽しそうに目を輝かせている。
ワープはケットに駆け寄り、その体を拘束するフロウを睨み付けた。
「ケットを放してください」
「君は愉快な女の子だね。まだ俺に文句をつけるの?」
フロウの銀色の瞳は、炎が映り赤く染まっていた。
けれど、ワープの深い深い紅色の瞳が、それに怯むことはない。
フロウは忌々しげにワープを見つめ、
「どうやら君とは、決定的に相容れないみたいだね」
ケットを乱暴に突き放し、フロウは剣を抜く。
「神落としと話し合おうなんてのがそもそも間違っている。俺を甘く見ないで」
フロウは剣を振りかざす。ワープは身を引こうとするが、間に合わない。
「貴様こそ、甘く見るなよ!!」
ケットが二人の間に割り込み、フロウの刃を隠し持っていた小刀で受け止めた。
冷ややかにケットを見て、フロウは底冷えするような微笑みを浮かべた。
「悪いけど、君に対しては無理だね」
「……そうか」
ケットは絞り出すように息をつき、
「ならばもう何も言うまい。ただ俺はワープを守るだけだ」
「ふぅん……そう」
フロウは目にも止まらぬ動きで剣を振るう。ケットが食らいつくようにそれを止めるが、あまりの速さに段々と押されていく。
「半端者に止められるほど、神落としは甘くない」
その時、フロウの背後で何かが煌めいた。
一同ははっとし、フロウも不審げに振り返る。
「まさか……」
呟くと、フロウは微笑みを浮かべて剣を納めた。
殺気を完璧に消し去り、やわらかなオーラを纏ったフロウは手をひらりと振って
「あーあ。今日はもういいや。おやすみなさい」
そう言うと軽やかに屋根を飛び降りる。
「な……」
あわてて見下ろすも、そこにはもうフロウの姿はなかった。
言葉を失うケットに、アナの声がかかる。
「ケット、あれ見て」
指が示す先には、神々しい光。
否、強大な魔力を放つ二人の騎士の姿だった。
騎士たちは手をかざし、燃える屋敷の火を一瞬で消し去る。それからも手を優美に動かし、崩れた屋敷を次々に元通りにしていく。
「……」
あまりの力に絶句するケットとアナ。
ワープは気高い巫女の騎士たちを見つめ、微かな呟きを漏らした。
「あれが、巫女の騎士……」




