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神の吹かせる風  作者: わた
46/92

彼女を守るため

ワープを探して庭に降りたアナは、不穏な気配を痛いほど肌で感じていた。


殺気を無理に封じ込めたような、緊張感。それが辺り中漂っている。


けれどアナは少し安心もした。完璧に気配を消せないようでは、相手は精鋭とは言えないらしい。アナは同じ騎士候補生とはいえ、セイルやケットのように戦うのをいとわない性格ではない。ワープを守りたい気持ちに変わりはないが、剣を抜かずに済むならその方がいい。


が、すぐに気を滅入らせることになる。


突然降りかかる小刀の投擲。それを剣で叩き落とすと、アナは攻撃の出所を睨み付けた。

気配を消しきらなかったのは、こちらを油断させるためだったらしい。相手の力量を即座に悟ったアナは、剣を鞘から引き抜いた。


(うーん……僕はあんまりこういうの担当じゃないんだけど)


とは思うものの、力を抜くわけにはいかない。


瞬間、黒い影が舞い降りて、アナに斬りかかった。剣というよりは大きな針のような刃物だ。咄嗟に受け止めたが、攻撃はひどく重い。アナは飛び退き、相手と距離を取る。


刺客と向かい合ってみると、相手は華奢な体つきをした若者だった。マスクで顔は見えないが、柔らかそうな金髪を透かして鋭い目がこちらを睨んでいる。


(なんだ、僕らと同じような歳じゃないか)


アナは明るく声をかける。


「ねぇ、あなたは神落としなの?」


先ほど本気で命を狙った相手に微笑みかけられ、刺客の若者は面食らったように固まる。それから我にかえったのか、有無を言わさず再び斬りかかってきた。


「うわっと」


重い斬撃をまともに受け止め、手に鈍い痺れが広がる。次々に浴びせられる攻撃に、アナは段々と押されていく。


だが、その口元から笑みが消えることはなかった。


速い。そして、重い太刀筋。

けれど、騎士候補生として。遅れを取るわけにはいかない。


耳をつんざくような高い金切り音が響き、アナの振るった剣が敵の武器を弾き飛ばす。


「…………」


ぴた、と首筋に刃を添えられ、男は動きを止めた。


「もう一度訊くよ」


先ほどとは違う、深い声音で囁きかける。


「あなたは、神落としの刺客?」


男は苦々しく目を細め、諦めたようにマスクを取った。思った通りアナと同じ年代の若者で、色素の薄い透き通るような肌が印象的だった。


「……その通りだ」

「それなら」


アナは緊張を解いた。


「ワープはやっぱり無事みたいだね。よかった」


もしワープが無事でないなら、今自分が襲われる道理はないからだ。


安堵していつもの笑顔に戻るアナに、依然剣を突き付けられたままの男は眉をひそめる。何なんだ、こいつ、と、その顔に書かれていた。


「さて。でも、あなたを逃がすわけにはいかない。あなた、名前は?」

「……ティーリア」


アナはにっこりした。刺客とはいえ、こうした道理のわかる人間には好感が沸くのだ。


そっと剣を収める。ティーリアは、わけがわからない、と言うような顔をした。


「今はワープを探すのが先だから。君の命は貸しておくよ」


ティーリアの顔が、屈辱的に歪む。


「……悠長なことを。いつか後悔するだろうな」

「君を信じるよ」

「私は本気でお前の巫女を殺すつもりだぞ」


ティーリアは腹立たしげにアナを睨み、それでも武器を収めた。


「今命を奪わなかった自分を恨め」


そう言うと、ティーリアは風のように姿を消した。


アナは微笑みを崩さない。あの男なら、今日は引き下がる。命の取り引きをする上で、きっと当てになる人物だ。


さあ、ワープを探さなければ……。


アナはふっと瞳に真剣な色を取り戻し、深い林に目を向けた。





「……そろそろ行こう」


やがて、ケットが言った。ワープの手を引っ張って立たせ、静かな林の中を歩いていく。


当たり前のようにつながれた手に、ワープは少し頬を赤くした。


「あの、ケット。私、ひとりで歩けますよ?」

「……だめだ」


ぎゅっ、と、手に力が込められる。


「離れるな」


前を行くケットの顔は見えない。ワープはどぎまぎしながらも、素直に従うことにした。


初夏だというのに、風が不快に冷たい。不安を煽られ、いつしかワープも、ケットの手を強く握り返していた。


「リフィル様も狙われているのですよね?」

「……ああ」

「大丈夫、ですよね……」


あちらにはセイルもアナもいる。そう自分に言い聞かせる。


「……戻ろう」





リフィルは割り振られた控え室で、シャンパングラスを片手にくつろいでいた。


ベッドに腰かけ足を組み、ゆったりと静かな時間を過ごしていたところに、荒々しい乱入者が現れた。


「……探したぜ」


息を切らしたセイルが、恨めしげにリフィルを見る。リフィルはやや眉をひそめたものの、落ち着いて言う。


「女性の部屋にいきなり飛び込んで来るのは、紳士の行いとは言えないわね」

「品の良さなんか求めてねえよ」


苛立たしげに吐き捨てるセイル。どうやらかなり探させてしまったらしい。やっぱり声くらい掛けてくればよかったかしら、とリフィルは少し申し訳なくなる。


「それで?何の用なの?」

「この舞踏会は罠なんだよ」


セイルはリフィルの耳に口を寄せ、盗み聞きした内容を囁く。


リフィルは静かにその言葉をのみ込んだ。目を閉じて黙り込み、微かに笑みを浮かべる。


セイルは怪訝な顔を向け、


「何笑ってんだ?」

「……いえ」


リフィルはセイルをまっすぐ見つめ、走ったことで上気した頬を両手で包み込んだ。


「な……」

「心配してくれてありがとね」


戸惑うセイルに妖艶に笑いかけ、リフィルは立ち上がる。


「巫女を襲うですって?ふん。身の程をわきまえなさい!!」


言葉を失っていたセイルが、やっと口をはさむ。


「おい、狙われてるのはあんたなんだぜ?」

「なめないでちょうだい。確かにあたし自身はか弱いレディだけどね、祈りの巫女には手出しできないと思い知らせてやるわ!!」


腕を組んで力強く言い放つリフィル。セイルは面食らってしまった。


この巫女を師に持って、どうしてワープのような弟子が出来上がるのだろうか。


「……セイル君」


リフィルは突然声色を変え、優しく、


「あなたはあくまでワープの騎士よ。あたしよりあの子のところへ行ってあげなさい」


思いやりに溢れたその顔に、セイルはしばらく黙っていた。やがて、


「俺が受け持ったのはあんただ。ワープのために、あんたを守る」


リフィルはセイルを見つめた。美しい青の瞳と、巫女の証である紅色の瞳が、少しの間交わされる。


「……わかったわ。では、あたしについてきてちょうだい」





突然向けられた殺気に、ケットは素早く剣を抜いた。


「ケット?」


不安げなワープを背後に匿い、さっと周囲に目を走らせる。


きらり、と光るものが見えた。


即座に向かって来た剣を受け止め、払いのける。敵は多い。


「………フフッ」


ローブに全身を包んだ人影が、ふたりを取り囲む。その内のひとりが進み出て、フードを取った。


「あなたは……」


月の光を浴びて輝く、銀色の髪。それと同じ色の瞳が、楽しげにふたりを見つめている。


「こんにちは、お嬢さん。今日はずいぶんときれいじゃないか」

「フロウさま……」


ケットが剣を構え直す。フロウは微笑むと、腕を上げて神落としたちを下がらせた。


「まあ待ってよ。少しお話でもしよう」

「お前と話すことなどない!!」


ケットはフロウに斬りかかる。しかし、フロウは微笑みを消さないまま、隠し持った小刀ひとつでそれを受け流してしまった。


「生憎、この場の主導権は俺にある」


力づくで跳ね返され、ケットの体は投げ出される。


「ケット!!」


あわてて駆け寄るワープ。フロウは剣を抜くと、ふたりに突きつけた。

鋭く、まばゆいくらいに銀に光る刃。フロウの目にそっくりだ。


「ふふ。今ここで次期巫女を殺してやってもいいけど、それじゃあ少し気にくわない」

「……どういうことだ」


フロウは冷たくケットを見る。


「君の父親。自分の名誉のために巫女と神落としを利用しようとしている、愚かな男。あいつにわからせてやらなくちゃあならない」


ケットの目が大きく見開かれる。フロウは低い声で、なおも続ける。


「祈りの巫女の命を利用するということが、どういうことか。俺たちが巫女の命を狙うことが、どんなに重いことか。あの阿呆の爺に、思い知らせてやらなくちゃ」


ワープは息をのんだ。フロウは怒っている。利用されることは、彼にとっても望ましくないことらしい。


神落としが、巫女の命を狙う重さ。祈りの巫女の、命の重さ……。


いつか、ラインに言われた。

次期巫女自身が、命の重さをわかっていない、と。命に価値の違いがあるものか、とその時は反論したが、もしかしたらかなり大それたことを言ったのかもしれない。


いや。心の中で首をふる。


誰がなんと言おうと、命の重さに差などあるはずがない。


「何をするつもりだ?」

「報いを受けてもらうよ。あの男が望む未来、壊してやる」

「なんだと……?」


フロウは明るく笑った。


「家の評価も、権力も、地に落としてやる。巫女を殺した当主の汚名を、死ぬまで背負ってもらう。自分から命を断ちたくなるまで、追い詰めて追い詰めて……消えてもらうよ」


ケットは堪えかねたように剣を振り上げた。軽々とそれをかわすと、フロウはケットの腕を蹴りつけて剣を取り落とさせる。


「俺は誰の思い通りにも動かない。今は生かしておいてあげるよ。早くお父様のところへ行ってあげな」


最後にくすっと優美に笑い、フロウは神落としの一団と共に姿を消した。


ケットは悔しげに拳を握る。それに、ワープが手を重ねた。


「ケット……。戻りましょう?」

「…………」


ワープはまっすぐケットと目を合わせる。


「ルーカスさまに、警告をしなくてはなりません。やめさせましょう、神落としを利用するのを」

「神落としは元々従ってなどいないんだぞ?命を狙われているのは君とリフィルさまだ」

「ここにいても同じことです。神落としはきっと、最初にリフィル様を狙っています。戻って、真実を知らせるのです」

「それには、僕も賛成」


突然飛んできた穏やかな声に、ふたりは驚く。


アナが、にっこり笑ってこちらを見ていた。


「リフィルさまにはセイルがついてる。どうやら事情が違ってるみたいだね」

「アナ、どうしてここに?」

「突然いなくなる君たちが悪いんだよ」


アナはふたりに近寄る。


「ここにいても仕方がないよ。屋敷に戻って、セイルと合流した方がいい」

「しかし……」

「まったくケットは意地はりねこさんなんだから。何が正しいか、わかってるでしょ?」


不服そうなアナとぶつかり、ケットは苦笑を漏らす。


「……そうだな」


それからワープと目を合わせ、


「俺は、君を守りたいんだ」


ワープは頷き、


「私は殺されたりしませんよ」


巫女特有の、紅色の瞳が輝く。ワープは強く感激し、また嬉しかった。


「信じています」


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