舞踏会へ
そして舞踏会当日。
学園に迎えに来たのは、見事な白馬が引く絢爛豪華な馬車。それに乗り込んで、ワープと騎士候補生たちはヘレンス家の屋敷に向かう。ケットは一足先に実家に行っているので、向こうで合流することになっている。
馬車内で、緊張のあまり目を回すワープに、セイルが呆れて
「お前なあ。少し落ち着け。死にに行くわけじゃねえんだぞ」
「だって、私、舞踏会なんて初めてで」
すると、アナが優しく
「大丈夫だよ。無理に踊らなくてもいいんだから」
「そうなのですか!?」
途端に肩の荷が降りた心持ちで、ワープはほっと息をつく。セイルはいたずらっぽく笑い、
「ま、誘われたら踊るのが礼儀だけどな」
「え」
固まるワープ。見ず知らずの紳士が、転ぶ自分に振り回される光景が浮かぶ。
「ワープは僕らと一緒にいればいいよ」
またしても優しい言葉をかけられ、ワープは胸を撫で下ろした。意地悪なセイルに少しだけ責めるような目を向けると、にやりと笑みを返された。
「ワープがどんなおめかしをするのか、楽しみにしてるね」
アナがそう言って微笑むので、ワープは頬を染める。
ドレスの用意はリフィルに頼んだのだが、どんなものを用意するのか、教えてくれなかったのだ。祈りの巫女として彼女も舞踏会に招待されているので、当日のお楽しみ、ということらしい。
普段リフィルが好んで着ているような、大胆で大人っぽいドレスを渡されたら、自分はどうしたらよいのだろう。
ワープの心は重くなるばかりだった。
ヘレンス家の屋敷に着くと、ワープはすぐに化粧室に通され、セイルやアナと離ればなれになってしまった。
「ホールで会おうね」
ひらりと手をふってふたりが行ってしまうと、途端に心細さがワープを襲う。
客間のひとつに案内されたワープは、おそるおそるドアを開いた。
「あら、ワープ!!」
迎えてくれたのは、リフィルの明るい声。師匠の笑顔にぶつかり、ワープは心の底からほっとした。
「リフィルさま!!」
「あなたをこの部屋に案内するよう言っておいたのよ。さあいらっしゃい。早速おめかししましょう」
リフィルはいつもの短い丈のドレスではなく、社交会用の上等なドレスに身を包んでいた。色は変わらず黒だが、レースをあしらった上品なつくりになっている。
ワープは促され、椅子に腰かける。リフィルは上機嫌にワープの髪をほどき、櫛を入れた。
「あなたも舞踏会に招待されるような歳になったのねえ」
嬉しそうに言いながら、リフィルは次にドレスを取り出す。
「ほら、これなんかどう?」
見せてくれたのは、胸と足に大胆なカットが施され、背中が丸見えになる真っ赤なドレスだった。
途端にドレスと同じくらい真っ赤になり、ワープはあわてて首をふる。
「そっ!!それは私には荷が重いかと思います!!」
リフィルは大笑いし、
「冗談よお。あなたにはこういうのは向かないわ」
違うドレスを取り出す。
「本当はこっち。このドレスは、前からあなたにあげようと考えていたのよ」
ダンスホールには、有名貴族や政治家など、著名な客人が多く集まっていた。賑わうホール内で、一際目立っていたのは、たくさんの貴族令嬢に囲まれた麗しい騎士候補生たちだった。
「よかったらわたくしと踊っていただけませんか?」
何度目かわからないお誘いの言葉をやんわりと断りながら、セイルとアナは友人の姿を探していた。
「ワープ、迷子になってたりしないかな?」
本気で不安そうなアナに、まさかと返しながらも、セイルも内心それを危惧していた。なんといってもワープのことだ。
「ケットもなかなか姿を現さないし」
「あぁ……」
そのとき、ふたりを取り巻く女性たちがさっと脇に避けた。何事かと目を向ければ、そこには祈りの巫女、リフィルの姿があった。
「お久しぶりね」
紅い唇を色っぽく引き上げ、リフィルは笑う。
仮にも王国の象徴である女性を目の前にしてはたまらなくなったのか、ふたりの周りにいた貴族令嬢たちは散り散りに姿を消す。
「お久しぶりです。今日はまた、一段とお美しいですね」
アナがにこやかに挨拶を返す。
「ありがとう。あなたたちも素敵よ」
礼服に身を包んだふたりに言いながら、リフィルは背後に隠れた小さな影を引っ張り出した。「ひゃっ」と悲鳴をあげ、それはふたりの前によろめき出る。
「可愛いでしょう?」
セイルとアナはその姿を確認し、思わず感心してしまった。
桃色のふわりとしたドレスに身を包んだワープは、一瞬花のようにも見えた。銀の首飾りやイヤリングが照明できらきらと光る。髪を上げ、薄く化粧をした顔は、普段の彼女からは伺えない華やかさがあった。
「どう?感想を聞かせてほしいわ」
リフィルがいたずらっぽくセイルを見る。う、と息詰まるが、アナまでがにこにこと言葉を待つので、セイルは進み出てワープの手を取った。
「このような美しい女性と出会えるとは、今日という日は私の生涯において輝き続ける一点の光となるでしょう」
そこでワープの顔を伺うと、真っ赤になってわなわなと唇を震わせていた。
「……冗談だから落ち着け」
「はっ」
セイルは呆れ、アナとリフィルは楽しそうに笑う。
「なかなか詩人じゃない、あなた」
「うん。でも、ワープは本当に可愛い。きれいだよ」
アナに微笑みかけられ、ワープはますます赤くなる。
「あの、あの……ありがとうございます……」
縮こまって俯き、ワープは蚊のなくような声で礼を言った。
褒められ慣れない次期巫女があるか、とセイルが小突いてやると、すみません、とごにょごにょ謝る。
「皆さま、当主様がお呼びです。どうぞこちらへ」
メイド服を着た少女が、四人の元にやって来た。
ホール内の階段を上がると、そこには厳しい顔をした初老の男性と、立派に身なりを整えたケットの姿があった。
「ようこそ、皆さん。ああ、リフィル様、よくぞいらっしゃいました」
男性はまずリフィルに優雅な一礼をすると、ワープと騎士候補生たちにまるで品定めするかのような視線を向けた。
「お久しぶりですわね、ルーカスさん」
「はい、それはそれは。こちらのお嬢さんが、ワープ・セベリア様ですかな?」
ワープはあわてて、ぺこりと頭を下げる。
「こ、こんにちは」
「可愛らしいお嬢さんだ。そして、ケットの友人の、騎士候補生君たち」
セイルとアナが、礼儀正しく礼をする。
男性は笑みを浮かべて、どうか今夜は楽しんでほしいと言った。しかしその目には、温かさがまるでなかった。思わず心が底冷えする感覚を覚え、ワープはぎゅっとドレスを握った。
ゆったりした音楽の中、紳士とご婦人は思い思いにダンスを始めている。
部屋の隅の方で飲み物を片手に、ワープとセイル、アナはホールの様子を眺めていた。
「あの男の人はルーカスさん。ケットのお父さんだよ」
アナが教えてくれた。
「気に入らねえな。おれらを認めてない目付きだったぜ、あれは」
苛立たしげに言いながら、セイルは飲み物を煽る。しゃんぱん、というお酒らしいそれを、そんなに飲んで大丈夫なのだろうか。
「セイル、お酒はあまり飲まない方がいいのではないですか?」
「平気だって。お前も少しくらい飲んでおけよ。学園じゃ飲めねえからな」
そう言いながらセイルが美味しそうに飲み干すので、ワープも興味を引かれてしゃんぱんの匂いを嗅いでみた。
「…………?」
頭がくらくらする。
「ワープ、無理に飲まなくても……」
アナが止めようとするが、ワープは思いきってグラス一杯のしゃんぱんを飲み干す。
ぐらり、と視界が揺れ、頬が火がついたように熱くなった。
「ふぁ……」
立っていられない。よろよろとさまよいはじめたワープを、セイルとアナが咄嗟に支える。
「おい!?大丈夫か?」
「だ、だいじょーぶ……れすぅう……」
すっかり目を回しているワープに、ふたりは視線を交わして肩をすくめ合った。
「あつい……」
切なげに瞳を潤ませ、今にもドレスを脱ごうとするワープ。
「ばか!!」
仮にも次期巫女姫がなんてことをするのか。セイルは真っ赤になりながらワープを止め、急いでテラスに押しやった。
涼しい夜風に吹かれ、ワープはくたっと手すりに寄りかかる。
「うぅー……」
「ワープ。お水もらってくるから、ここに居てね」
「ふぁい……」
アナがホールに戻ると、まだワープの手の中にあったグラスを、セイルが取り上げた。
「ったく。しょうがねえやつだな」
「う……」
うっすらと涙の浮かぶ目を向けられ、セイルはそれ以上の小言を飲み込む。ワープの頬は赤く、ドレスは脱ぎかけて乱れている。
「…………!!」
セイルはくるっと背を向け、
「身なりを直しとけ!!」
焦りながらホールに戻る。去り際に、
「何かあったら呼べよ!!」
「はいぃ……」
テラスに残されたワープは、火照った頬を夜風で冷やしながら、ぐったりと手すりにもたれた。頭がぼんやりしていて、まともに考えられない。
誰かが背後に立ったのを微かに感じながらも、ワープは動けなかった。その誰かが、肩からずり落ちたドレスの紐を直してくれたのにも、大した反応ができなかった。
「…………」
ひやりとした手を頬にあてられ、ようやく振り向いて相手の顔を見る。
「……ケット?」
ブロンドの瞳がいやに真剣に自分を見つめている。お酒の力で浮わついているワープは、へらっと笑った。
「ケット、変な髪の毛ですねぇ」
礼服に合わせて固められた髪に手を伸ばす。ケットは困ったように眉をひそめ、
「酔っているのか?」
「酔ってないれすよー」
ふわふわと揺れるワープに苦笑を浮かべていたケットだが、不意に真剣な表情に戻る。
「……伏せろ!!」
いきなり頭を押さえつけられ、ワープは前にのめる。
数本の小刀が、さっきまでワープの頭があった空間を貫いて壁に刺さった。
ケットの腕に抱えられる形でしゃがみこんだワープは、どぎまぎと瞬きを繰り返す。
「ワープ、ここは危ない」
「あぶない……?」
まだ浮わついた頭でなんとか状況を確認しようと試みる。だが次第に意識が遠のき、
「…………くー」
こてん、とケットの胸に頭を預け、ワープは眠りの世界に入ってしまった。
腕の中で無防備に寝てしまう次期祈りの巫女を見つめ、ケットは内心頭を抱えた。
今まさに命を狙われたというのに。どうしてこの少女はこうなのだ。こちらがどれほど心配しているか、理解しているのだろうか。
守るべき巫女を腕に抱きながら、ケットは深いため息をついた。




