お手紙
野兎の事件からしばらく経ち、学園も元の姿を取り戻し始めた。
ただ、荒れた精霊のバランスは未だ整わず、今まで学園を守っていたエルミタージュの守護魔法がうまく働かなくなったため、騎士候補生たちはこれまで以上にワープの身辺に気を使うようになった。
授業の他はお手洗いと女子寮以外の場所には必ず彼らが共に居る。それは嬉しいことなのだが、傍目から見ていると不安に思うこともあるらしい。
「また女子生徒の反感を買うのではないかと、わたしは心配なのですが」
とはルルの意見。
だが生徒たちの視線は、以前ほど敵意を浮かべてはいない。それはワープが認められたというよりは、騎士候補生たちが以前にも増してワープを守ろうとしてくれているからであろう。
いつしか自分自身の力で皆さまと仲良くなりたいです、と思いながらも、うまくいかないのが現状。
いつもの通り授業を終わらせ、ワープとセイル、アナは温室に来ていた。この温室だけは精霊の様子が穏やかで、咲き誇る花ばなも凛と輝いている。アナの愛情の賜物である。
「ケットはどうされたのですか?」
紅茶で一息つきながら尋ねるワープ。授業の終わりから、ケットの姿が見えないのだ。
「お手紙が届いたんだ」
花たちに水をやりながら、アナが答える。
「お手紙……?」
「実家からな」
セイルはクッキーを口に放り、紅茶で流し込む。
「たまに来るんだ。親父さんが、縁談を持ち込んで」
「縁談!?」
ワープは飛び上がる。
まだ十代半ばだというのに、結婚だなんて。随分と大人な話に、絶句してしまう。
セイルは笑いながら、
「もちろんケットは了承したりしないよ。丁寧に、礼儀正しくお断りの返事を書いてるさ」
「はあ、それはそれは……」
目をまん丸にして感心するワープ。
「ヘレンス家はかなりの名家なんだけどな。お前、知らないのか?」
「し、知りませんでした」
相変わらずの世間知らずっぷりに、セイルは苦笑し、アナはにっこりする。
「じゃあ知っておけ。ケットはその名家の御曹司だから、いろいろと面倒くさい」
「め、面倒くさい……のですか」
「誰が面倒くさいと?言い方に気をつけてくれ」
突如声が挟まれ、ケットが温室に入ってくる。いつものように渋い顔つきで、今はどこか疲れているように見えた。
「おかえり、ケット」
アナが紅茶を差し出す。礼を言ってテーブルにつき、ケットは深いため息をついた。
「どうした?遂に類人猿との見合い話が舞い込んだのか?」
セイルがクッキーを頬張りながら尋ねる。アナがくすりと笑ったが、ケットの顔が絶望的に強ばったので、温室は一瞬凍りついた。
「…………まじかよ」
お前の父親は、そんな趣味があったのか、と身を引くセイルに、アナが顔をしかめてみせる。
「セイル。ケットのお父さんが、そんなことするわけないでしょ。猫ちゃんならともかく、お猿さんなんて」
ケットに似合わない!!と息巻くアナ。話の脱線方向に焦ったのか、ケットが口をはさむ。
「いや、お前たち……」
「猫だって、結婚相手としては充分異常だぜ。なあ?ワープ」
「私は、その、双方の間に愛があるならば、止めることはできないと思います」
「じゃあワープはケットとお猿さんが結婚しちゃってもいいの?可愛い猫ちゃんじゃなく?」
「えっと、えっと、ケットが決めたお相手なら、私には何も言えませんし……」
「お前たち!!」
遂に大声を張り上げられ、三人は議論を止める。
「くだらないことを言うな。なぜ俺が猿や猫と結婚しなくてはならないんだ」
苛立たしくそう言うと、ケットは腕を組む。
「見合い話ではない。舞踏会への招待だ」
「舞踏会?」
ケットは一枚の紙を取り出して、テーブルに広げる。
『フィリエット学園の騎士候補生並びに次期祈りの巫女殿を、ケット・ヘレンスの帰省と共にヘレンス家邸宅で催す社交舞踏会へ招待致したく候。ヘレンス家当主ルーカス・ヘレンス』
「俺が帰省しないから、お前たちを使う気になったらしい」
仕様のないことだ、と肩をすくめるケット。
優美な筆跡で書かれた手紙を見ながら、セイルが尋ねる。
「で、帰るのか?」
「お前たちにも面倒をかける。断るつもりだ」
「…………」
たちまちセイルは不満げに顔をしかめ、
「いつも思うんだが。お前、なんで家に帰らないんだ?」
「…………」
ワープは不安を感じながらふたりを交互に見比べる。セイルが不満に思うのも、わかる気がする……彼にない実家を、ケットは持っているのだから。
と言っても事情を知らないワープがどうこう言える身分でもない。
「……ま、何があったかは知らねえけど」
「…………いや」
ケットは深い息をつき、そして軽く頷いた。
「わかった。お前たち、来てくれるか?」
ワープはアナと視線を交わす。
舞踏会に行くなんて!!神殿に引きこもっていたワープにとって、それは大事件である。
「ケットの実家なんて、初めてだねー」
嬉しそうに笑うアナ。
「………………」
複雑な表情で黙りこくるケットを、ワープははっとして見る。
彼と実家との間に、何かあったのだろうか。帰りたくない理由とは、何なのだろうか。
担任教師と校長の許可をもらうため、ワープはケットと一緒に職員室に向かった。
「あの、ケット?」
おそるおそる呼ぶと、なんだ、と穏やかな返事が返ってくる。
「ケットは、ご実家に帰りたくないのですか?」
するとケットの眉が、驚くほど上がる。ワープはびくっと震え、
「ご、ごめんなさい……私には関係ありませんよね」
「……いや」
ケットは首をふり、薄く微笑んだ。
「大したことじゃない。ただ父親と折り合いが悪いだけだ」
「そうなのですか」
ほっとしたように笑うワープ。そんな彼女を見つめ、ケットは密かにため息をついた。
職員室につき、ナイゼルに外出許可書を提出する。彼はさっと理由欄に目を通し、訝しげに目を細めた。
「……舞踏会、ねえ」
ワープと舞踏会という文字を見比べ、ナイゼルはこめかみを揉む。
「そりゃね、君たちの身分からして、社交の場は大切でしょうが……君、踊れるんですか」
一番の不安要素をずばりと指摘され、ワープはうっと息をつめる。
そう。ワープは生まれてこのかた、踊ったことなどないし、第一舞踏会用のドレスも持っていないのだ。
「一応許可はするがね。せいぜい恥を晒さないよう、踊りの練習はしておくんだな」
毒気たっぷりに言いながら、ナイゼルはさらさらとサインを書いてくれた。




