学園祭
夜空に、軽快な花火が打ち上げられた。無意識に心を浮き立たせる、きれいで大きな花火が、何発も。
フィリエット学園の後夜祭。それは、職人自慢の花火と、生徒主催のステージショーだ。校庭の使用ができないため、特設ステージが中庭に設けられた。
華々しいステージの上では、きらびやかな衣装を着た生徒が踊っている。
ケットとアナは先ほどから一目につかないところで後夜祭の様子を見物していたのだが、ついに女子生徒の一団に見つかり、連行されてしまった。
「ケット様たちも、ステージに上がりませんか!?」
「いや、俺たちは……」
「僕らは此処で結構だよ」
やんわりとアナが指し示したのは、ステージ近くのテーブル。席についたふたりを、すぐさま女子生徒たちが取り囲む。
「それにしても残念だったよねぇ、お店出せなくて」
きゃいきゃいと騒ぐ女子生徒たちの中で、のほほんとケットに言うアナ。
「体よく逃げられて、お前はほっとしているのだろう」
仕方のない奴だ、とケットは肩をすくめる。
「ケットはあの忙しさを知らないんだよ」
にこにこしながら答えるアナに、ケットが苦笑したとき。
「ケット様、アナ様、一緒に踊りませんか!?」
女子生徒たちがふたりの腕を引っ張り、目を輝かせる。いつの間にか、辺りはダンスパーティーに移り変わっていたのだ。
「いや、俺わっ!?」
ぐいっと引っ張られ、ケットは成す術もなく連れ去られていく。もともと女性に弱いタイプなのだ。
「僕は結構だよ。それより君たちも、ケットを見物して楽しもうよ」
アナの返事に一瞬不服そうな顔をした女子生徒たちだが、すぐに嬉しそうに了承した。憧れの騎士候補生のお誘いに、乗らないわけがない。
連れ去られたケットは困った顔をしながらも、諦めて女子生徒の手を取った。紳士だなぁ、とアナはにっこりする。
「ねぇ君たち、学園祭が中止になって、悲しい?」
不意に尋ねられ、女子生徒たちは顔を真っ赤にした。
「えぇ、悲しいことは悲しいですけど、でも……」
ねぇ?と仲間内で顔を見合わせる。
「テロリストから学園を守ってくださった皆様のおかげで、こうして後夜祭が楽しめるんですから、満足ですわ」
「……そっか」
アナは微笑む。その憂いも込めた優美な笑みに、女子生徒たちはうっとりと呆けたように固まってしまう。
「ありがとねぇ」
「いっいいえ!!そんな!!」
アナは再びケットの方へ目を移す。後夜祭の雰囲気にのまれた女子生徒たちによって、彼は振り回され、すっかり目を回していた。ちょっとかわいそうかな、と思いつつも、アナは結局面白がりながら見物を続けることにした。
花火の音が聞こえる。中庭の方はぼんやりと明るく、陽気な音楽が耳に届く。
病室の花瓶に花を生けるワープを横目で見ながら、セイルは
「お前、花火くらい見てくれば?」
と声をかける。
今この医務室には、ワープとセイルの他には誰もいない。アユナは看護師に連れられて後夜祭を見に行ったし、ラインは人目を盗んではしょっちゅう脱走しているからだ。
ワープは振り向くと、にっこり笑った。
「私、ここに居たいのです」
「おれに悪いとか考えてるんだったら、怒るぞ。ケットやアナは無情にも遊び回ってるが、それが正解なんだ」
ワープは首をふる。
「私はあなたの側にいたいのです」
「なっ……!!」
言葉を失い、セイルは苛立たしくベッドに身を戻す。
こいつは意味わかって言ってるのか?いや、ただ単純に本心を言ってるだけだ。
「あのな、そういうのは軽々しく……」
文句を言いかけたが、きょとんとしたワープの顔にぶつかり、結局はため息で終わらせる。
「セイルはお怪我で動けませんから、側についていたいのです」
にっこり笑うワープ。セイルは益々顔をひきつらせた。
「お前なあ……」
呆れて物も言えない。
セイルはふっと真剣な顔にもどり、立ち上がってワープの手を掴んだ。
「セイル?」
驚いて目を丸くするワープとの距離を、徐々に詰めていく。
「あの……?」
逃げるように身を引くワープを壁に追い詰め、掴んだままの手を壁に押し付けて拘束する。
「きゃっ……」
揺れる紅色の瞳が、戸惑ったようにセイルを見つめる。尚も距離を詰めると、小柄なワープの体は、セイルにすっかり覆われてしまう。
「セ、セイル……?」
徐々に、顔と顔を近づけていく。視線をそらさずに、ゆっくりと。やがてお互いの吐息が触れあう距離になると、ワープがたまらず目を閉じた。
「あの、あの、近いっ!!です!!」
「ぐはっ!?」
突然の頭突きに、セイルは鼻を押さえてうずくまる。
「はっ、す、すみません!!」
真っ赤になりながら謝るワープ。セイルは立ち上がり、
「おっお前!!怪我人に何てことしやがる!!」
「すみません!!あの、大丈夫ですか!?」
おろおろと顔を覗きこむワープを見つめ、セイルは思わず笑ってしまう。
「まったく、色気のないやつだな」
するとさっきの状況を思い出したのか、ワープは再びかあっと赤くなった。
「ひ、ひどいです……」
放っておけば泣き出してしまいそうだったので、セイルは笑いながら
「悪かったって。冗談だよ、冗談」
肩を叩いてやると、ワープは頬を膨らませてそっぽを向いた。この少女が不満げな態度を表すのは、珍しい。
「……セイルが、セイルに見えませんでした」
小声で呟くワープ。どうやらショックを与えすぎてしまったらしい。
「……ごめんな」
微笑みながら手を取り、今度は優しく導いて椅子に腰かけさせる。自分はベッドに座り、向かい合う形になった。
「これに懲りたら、お前今度から男に気をつけろよ」
「え、あ、はい……?」
よく意味のわかっていなさそうなワープに苦笑する。
まだ頬を赤らめている少女をじっと見つめ、セイルはありがとう、と呟いた。
「はい?なんでしょう」
「ありがとう、って言ったんだよ」
ワープは目を何回も瞬き、首をかしげる。
「あのぅ、私はお礼を言っていただけるようなことは何も……」
その言葉通り、ワープは自分ではくどいほど頭を下げたが、こちらに礼など求めていない。
「おれはお前に感謝してるんだよ」
あのとき、憎しみに任せてデリオットに剣を突き立てようとしたセイルを、止めてくれたのはワープなのだ。こいつがいなければ、自分はテロリストと程度の変わらない輩に成り下がっていた。
「えっと、そんな、お礼なんて、私、」
照れたように、困ったように、言葉を探すワープは、やがて笑いながらセイルを見た。
「セイルが、そう言ってくれると嬉しいです」
そのはにかんだ笑顔は、セイルの心を震えさせた。
かつて失った家族の笑顔が、目の前の少女の笑顔に、重なり、そして離れた。
「……セイル?」
「……あ、いや。なんでもない」
セイルはやわらかく微笑み、すっと腕を伸ばした。
「ま、これからもよろしくな。巫女姫さま?」
差しのべられた手を見つめ、ワープは大きく頷く。
「はいっ」
ふたりの手は、強く繋がれた。




