その後
野兎の一団の身柄は警備団に引き渡された。エルミタージュは事情聴取のために丸一日拘束されてしまったが、ともかくこれで学園に迫る危機はなくなったのだ。
しかし学園は、校庭に亀裂が入り、校舎にはえぐられたような傷が残るひどい状態。幸い大きな怪我人は出なかったが、これではとても学園祭を行える状況ではなかった。
「王族はご立腹だし、修復費用の寄付は期待できないねえ」
器用な手つきでリンゴの皮を剥きながら、アナがのほほんと言う。
ここは医務室。事件で負傷した生徒たちがお世話になったが、入院を強要されたのは実質ふたりだけだった。
「ふん!!誰が命を救ってやったと思ってんだ」
鉄球の破片を浴びたセイルは全身に包帯を巻かれ、ベッドに入れられた。大丈夫だと暴れるセイルを医務室に押し込んだのは、ワープの半泣きでの一言。
『セイルが死んでは嫌です!!』
そしてもうひとりの入院者は、まさにゼロ距離で古代道具を破壊したラインだった。こちらも包帯だらけで、セイルの向かいのベッドに座っている。
微笑みながら彼らのためにリンゴを剥くアナと、窓辺に腕を組んで立っているケットも、無傷ではない。
野兎の事件が学園に及ぼした影響は、あまりに大きかった。
「王族も本当はわかってるよ。ただ恐ろしい目に遭ったから、気分が悪いだけだよ」
「でも、それを学園のせいにされてもなあ……」
ぼやきながら、セイルは向かいに目を向ける。ラインは身を起こし、不機嫌そうに頬杖をついていた。
「…………」
どうしてよりによってこいつの向かいなんだ。気に食わないが、古代道具を破壊して学園を救ったのはこいつなのだ。
「……お前にも礼を言っとく。ありがとな」
別に道理があるわけではないが、礼もなしでは自分の気が済まないのだ。
ラインは静かな目をセイルに向け、頬杖をついたまま口を開いた。
「……気にするな」
予想より遥かに素直な返事を返され、セイルは調子を乱される。これでは憎まれ口も叩けないではないか。
「とりあえずお前たちは傷を癒すんだな」
ケットが愉快そうに言う。セイルとラインが並ぶのが、滑稽に見えるのだろう。
内心で舌打ちしながら、セイルは姿の見えない友人のことが気にかかった。
「……ワープは?」
アナが剥き終わったリンゴを、セイルとライン、それぞれのベッド脇に置く。長く繋がった皮は、何故かケットに手渡された。
「ワープは校長室だよ。ほらぁ、男性の病室にご婦人を入れるわけにいかないでしょ?」
くすくすと笑いながらアナが答える。
無傷で済んだ校長室には、あたたかな紅茶の香りが広がっている。小さな両手でポットを抱えたルルが、お給事を終えて奥に引っ込んでいった。
紅茶を一口飲み、ワープとエルミタージュは同時にほっと体の力を抜く。
「警備団といると、肩が凝って仕方がないんです。いやはや、帰って来れて嬉しい限りです」
「お疲れさまです」
ワープは心からの労いの言葉をかける。
「学園は、かなりの被害を受けました。しかし、修復作業は既に始まっています。すぐに元の通りになりますとも」
安心させるようにそう言ってから、エルミタージュは自嘲するように口元を引き上げた。
「私の学園で、またしてもこのような事件が起きてしまいました」
ワープはあわてて首をふる。
「校長先生がご自分をお責めになる道理はありません」
「しかし、多くの怪我人を出してしまった」
最初に襲われた女生徒、アユナ、そして今回の負傷者たち。
「……校長先生が悪いわけではありません」
傷ついた友人たちのことを思いながらも、ワープはそう言った。
「校長先生の魔法のおかげで、被害も最小限で済んだのです」
エルミタージュはじっとワープを見つめ、穏やかに微笑む。
「学園祭は、行おうと思っているんですよ」
唐突に放たれた言葉に、ワープは目を丸くした。
「大丈夫なのですか?」
「一般の方を招くわけにはいきません。ですが、皆楽しみにしていたのですから、中止にするつもりはありませんよ」
嬉しさが沸き起こり、ワープは頬が熱くなるのを感じた。
「校舎が被害を受けましたから、生徒の出し物は難しいですがね。後夜祭にと考えていた催しだけでも、楽しんでもらいたいんです」
「とても良い考えだと思います」
生徒たちが一生懸命準備してきたことを考えれば、やはりやりきれなくなる。けれど、今回の事件を楽しい思い出で終わらせることができたなら、それはとても喜ばしいことだ。




