すべきことを
学園内の警備をする前に、ワープたちは野兎に捕まっていた女子生徒に話を聞くことにした。
医務室に着くと、ケットが
「早速君の出番のようだな」
とワープを見る。きょとん、と目を瞬くワープ。
「ご婦人の病室に、俺たちが入るわけにいかないだろう?」
おかしそうに説明され、そういうことか、と気づく。
ワープはぎゅっと拳を固めて、気合いを入れた。
「では、行って参ります!!」
医務室に入るのは初めてだ。薬品の匂いが漂う白い部屋。清潔なベッドが並んでいる。一番奥の、日当たりのよいベッドに、少女が横たわっていた。
「こ、こんにちは」
人見知りの直らないワープは、年下の生徒にも緊張してしまう。
少女はゆっくり目を開くと、不思議そうにワープを見た。
「この子には、体の力を奪う呪いがかけられていたの」
看護師の女性が、水差しを持ってやって来た。
「小さな子には命取りになりかねない、強力な魔法だったって。校長先生がおっしゃっていたわ」
「校長先生が、いらしたんですか?」
「呪いを一夜かけて解いてくださったのよ」
看護師は少女にそっと水をふくませる。
「あまり無理はさせないで。手短にね」
「はいっ」
カーテンが閉められ、ワープは少女とふたりきりになる。
じっと見ているうちに相手が次期巫女だとわかったのか、少女は驚いた顔をしていた。
「あの、こんにちは」
「…………」
「私、ワープ・セベリアといいます。あなたのお名前を伺っても、よろしいでしょうか?」
少女はしばらく怯えた顔で黙っていたが、やがてワープが真心から挨拶していることがわかったらしく、小さな声で
「……アユナ」
と答えた。
ワープはにっこりした。アユナはひどく怯えていたが、きっと本来は明るく素直な気質なのだろう。
けれどワープはすぐに表情を沈ませる。自分はこれから、アユナにとって辛い記憶を引き出してもらおうとしているのだ。
「……アユナさま」
ごめんなさい、と謝ると、相手はわけのわからなそうな顔をした。
「あなたにとって辛い記憶だということは、承知しています……どうして野兎に捕らわれたのか、私に話してくださいませんか?」
アユナはぎこちなく身を起こした。ワープはベッドのそばの椅子に腰かけ、目線を合わせる。
「わ、わたし……」
震える声を一旦落ち着ける。
「わたし、学園祭のために買い物に出掛けていたんです。でも、帰りが遅くなっちゃって。女子生徒が襲われたって話を聞いてたから、怖くて急いだんです。近道だと思って、路地裏を通って……」
ワープははっとした。野兎のアジトは、まさに暗い路地裏にあったのだ。
「もしかしたら、あなたのような学園の生徒をおびき寄せようとしていたのかもしれません」
アユナは暗い顔で頷いた。
「気がついたら荒れた礼拝堂に寝ていました。手も足も動かなくて、視界はぼんやりしていて、苦しかった。体がひどく重くて……。でも、何か会話のようなものを聞けました」
少し自信なさげに俯いて、アユナはゆっくり、ゆっくり言葉を紡いでいく。
「もうすぐ準備は整う、とか。巻き添えにしたってかまわない。どうせ貴族どもに肩入れしている学園だ、とか。……わたし、気絶したり起きたりを繰り返してたから、きちんと聞いたかは保証できませんけど」
アユナは苦しげにシーツを握りしめる。心優しい性格なので、耳にした内容は聞くに耐えなかったのだろう。
ワープはそっとアユナの肩に触れ、安心させるように微笑みかけた。
「ありがとうございます。もう充分です。ご無理をさせて申し訳ありませんでした……ゆっくりお休みになってください」
アユナは疲れたようだった。すみませんと言ったきり横になり、深い息をつく。
「わたし、叱られるでしょうか?ナイゼル先生、怒ってるかなあ」
この言葉に、ワープは思わず笑ってしまった。こんな状況でも、新入生の不安の種は恐ろしい生徒指導教諭なのだ。
「いいえ。ナイゼル先生も、怒ったりしないと思いますよ」
「ならいいんですけど」
ワープは立ち上がり、丁寧に礼をした。
「では失礼しますね。本当に、ありがとうございました」
アユナはどこか夢みるように微笑み、遠慮がちに、
「あのぅ……騎士候補生の方々に、お礼を言いたいんです。次期巫女さまにお願いするのも厚かましいと思うんですけど、わたしからのお礼を、伝えていただけませんか?」
全校生徒が憧れる騎士候補生のことだ。今回アユナにとっての一大事は、そこなのだろう。
ワープは快く引き受け、病室を後にした。
ワープと騎士候補生たちは、校長室に場所を移していた。
そこでワープはエルミタージュ校長と騎士候補生たちに、アユナから聞いた野兎同士の不穏な会話を話して聞かせた。
「……なるほど」
エルミタージュは低い声で呟く。
「学園には、何らかの魔法が仕掛けられているようですね」
「魔法?」
「野兎の一員には、ギレフという男がいるのですが、彼は元王室付き魔法使いでしてね」
「それって、ご老人の姿をした……」
エルミタージュは眉を上げる。
「彼が今どんな姿をしているのか、私は知りませんが、えぇ、きっとその男です」
セイルが嫌悪を込めて目を細めた。それはケットにしてもアナにしても、同じ気持ちだった。あの吐き気を催させる、ヒキガエルのような顔が目に浮かぶ。
エルミタージュの顔は、この状況でも何故か穏やかだった。
「ともかくこれで、警戒すべきは魔力ということがわかりました」
「あの、何か対抗策があるのですか?」
不安を隠しきれないワープが問うと、エルミタージュはやわらかく微笑んだ。
「私は最初から、最も有効な対抗策を考えていますよ」
そこにケットが口をはさむ。
「一体何を考えていらっしゃるんですか?」
学園を守る命を受けた以上、自分たちにも説明をくれないと道理が通らない。ケットの目はそう言っていた。
エルミタージュは微笑んだままケットを見つめ、満足そうに頷く。
「守るべきは生徒の命。強いては次期巫女であるワープさんの命。前にそう申しましたね?」
「えぇ。我々も承知しました」
「ならすべきことはひとつ。全力で学園を守ることです。私も、教員皆も、全身全霊をかけて学園に守護魔法をかけています。ギレフの魔法を弱め、いち早くその正体を探るためです」
候補生たちとワープは、目を瞬いた。
「出来ることは、全力を尽くすこと。それ以外には何もありません」
ゆったりと目を伏せ、エルミタージュは紅茶に口をつける。
いかにも落ち着いた様子だが、どこか気だるそうだった。ワープは気づく。校長も、実は不安で、焦っているのだ。
「何か出来ることがあれば、言ってください!!」
突如発した言葉に、驚きの目が向けられる。
「私も、何か力になりたいのです」
胸に手を当て、まっすぐに目を合わせるワープに、エルミタージュは子どもを諭すような顔を向けた。
「君は、自分の立場をよくお考えなさい」
「…………」
「考えた上で、なお危険を伴うことをしようと思うなら、そのときは騎士を信じなさい」
エルミタージュの目に、真剣な光が宿る。
「騎士を自らの手足と考えるんです。君は少し、遠慮が過ぎるようですね」
ワープは目を伏せた。
騎士候補生たちを自分のために使役することを覚えるよう、エルミタージュは言っているのだろう。だがワープは、彼らを自らの道具とするつもりはなかった。
「私は、自分で働きたいのです」
エルミタージュは優しく微笑んだだけで、何も答えなかった。




