働き
翌日。ワープは髪をしっかりと結い、巫女衣装に身を包んだ。
(……気合いです!!)
学園祭を迫る危機から救うため。袖を紐でたくしあげ、自身に喝を入れる。
「……て、おい」
やる気満々で温室にやって来たワープを見て、セイルが苦い顔をする。
アナはほわりと微笑み、ケットは呆れ顔でワープの前に進み出る。
「ワープ。野兎の件は俺たちで片付ける。お前は関わらなくていい」
「えっ!!」
ワープは絶句する。
まさに、学園祭に仕掛けられた罠を、彼らと共に解決する気だったのだ。
「忘れていないか。お前は次期巫女だ。そんな危険な事をさせるわけにはいかない」
「そ、そんな……」
わなわなと唇を震わせるワープ。
その時、
「いいえ!!ワープにも協力させなさい!!」
透き通った女性の声が、温室内に響き渡った。
驚いて振り向くと、そこにはワープの師、リフィルと、彼女の騎士達の姿があった。
「リフィルさま!?」
リフィルはつかつかと温室に入ってくる。ツルハは厳しい顔、リーンハルトは穏やかに目を細めて、それぞれ付き従った。
リフィルはずんずん突き進んでくると、テーブルに両手をバンッと叩きつけた。そして思わず身をすくめた騎士候補生たちを、凄まじい形相で睨み付ける。
その紅い瞳は、思わず我が身を省みさせる、底冷えするような力を持っていた。
「あなた!!」
リフィルはセイルを指差し、ぐっと目付きを鋭くする。
「話は聞いたわよ。巫女をほったらかして、レジスタンスのアジトに行ったですって?ふざけないで!!」
リフィルは足を上げ、目にも止まらぬ速さでセイルの顔に蹴りを飛ばした。それは寸でのところで脇に逸れたが、セイルは目を丸くして固まる。
短いドレスでなんてことをするのか、とツルハが悩ましげな顔をするが、彼女もどうやら怒っているらしい。リフィルをたしなめはしなかった。
「あの、リフィルさま。セイルには事情が……」
「騎士の事情は巫女にはなんの関係もない」
今度はツルハが口を開く。
「たとえ騎士の命に関わることでも。優先すべきは巫女の守護だ」
「そ、それはおかしいです!!」
ワープは身を乗り出す。
「巫女は騎士の枷ではありません。よい国づくりのために、共に助け合っていく間柄のはずです」
「それがあなたたちの目指す未来なら!!」
リフィルが声を張り上げる。
「ワープも野兎と戦いなさい。今さら危険だからという理由でこの子を遠ざけるのは許さないわよ!!」
今度はケットを睨み付け、リフィルはやっと笑顔を見せた。
ツルハがうんざりした様子でリフィルに言う。
「いいんですか?」
「巫女も騎士も、時代によるのよ。この子たちのやりたいようにやればいい。でも!!ワープのことは死ぬ気で守りなさい。今後この子をほったらかしたら命はないと思いなさい!!」
リフィルは一息に言い切ると、椅子にどっかり座って足を組む。
「……申し訳ないことをした。わかってる」
セイルが頭を下げる。
彼は気は強いかもしれないが、自分の非を素直に認めることのできる人なのだ。
リフィルは黙ってセイルを見つめる。するとツルハが、静かに言った。
「……巫女を守るのが騎士だ」
それにワープが物を言いかけると、優しく肩に手を置かれた。
見ると、リーンハルトが微笑みを浮かべたまま、首をふっていた。ツルハに続けさせなさい、という思いを感じ取り、ワープは口をつぐむ。
「私は覚悟をした。たとえこの身をもがれようと、巫女を守るために生きようと。お前たちは助け合う未来を望んでいると言った。それは、私には甘えにしか聞こえない」
「……!!それは違う!!」
顔を上げたセイルを、ツルハは凍てつくような目で見つめる。
「違うと言うなら、証明するんだな。巫女を守り抜いて、私を見返してみろ。言っておくが、今回のことで私はお前たちに失望した」
セイルとツルハは視線を交わす。お互いの譲れない思いを確かめあうように。
「……わかった」
セイルは大きく頷いた。
「おれたちは野兎の企みを阻止してみせる。ワープと一緒に。必ずワープに危険は及ばせない。それでいいか?」
ツルハは嘲るように顎を上げ、冷たく答える。
「易しくはないぞ。覚悟をするんだな」
「ワープに何かあったら」
リフィルが立ち上がる。
紅色の瞳が強く輝き、何者にも有無を言わさない抗い難い力を秘めていた。
「あたしがあなたたちを殺しに行くわ。肝に命じなさい!!」
リフィルたちが出ていき、静まりかえった温室に、その居心地の悪さを打ち破るようにアナの温かな声があがった。
「言われちゃったね。確かに僕らはワープにかわいそうなことしちゃった。ごめんね」
丁寧に頭を下げられ、ワープはあわてて首をふる。
「とんでもないです!!私は謝ってほしくなどありません」
急いでアナに頭を上げさせ、ワープは優しく言い直す。
「私は、皆さんの枷になりたくないのです。私のために皆さんが辛い思いを我慢することはありません。リフィルさまはああ仰いましたが、私は皆さんを責めるつもりはありません」
アナは一瞬面食らったように目を見開く。それからふっと表情を緩めて、
「……ありがとう、ワープ」
その時、セイルが勢いよく立ち上がり、ワープと顔を突き合わせた。
その迫力に呑まれ、ワープは口をつぐむ。
セイルは崖から飛び降りる決意を固めたような顔で、至近距離からワープを見つめる。
「ワープ。お前は絶対おれが守る」
「せ、セイル?」
「任せとけ」
セイルはひとりで大きく頷き、またどっかりと椅子に座った。
混乱するワープが視線をさ迷わせると、困ったように苦笑するケットとアナと目が合った。
「……まずすべきことは、野兎が何を仕掛けているのか探ることだ」
ケットが、いつもの落ち着いた声で言う。
「まずは、学園内を見て回ろうか」
ワープの胸が高鳴った。
学園祭の準備を見てまわれるなんて。予想外の嬉しさが込み上げてくる。
(いえいえっ!!それどころではありません)
生徒たちの身の安全がかかっているのだ。
「私も、頑張ります!!」
神妙な面持ちで気合いを入れるワープに頷きかけ、ケットは続ける。
「野兎は、古代兵器を持つことで危険視される組織だ」
「古代兵器……?」
「魔道具のひとつだ。古くから伝わるもので、かなりの力を持つ。それを学園内に仕掛けている可能性もあるな」
アナが立ち上がって、穏やかに言った。
「なら、早く見つけなくちゃね。学園の皆が混乱しないうちに」
彼のゆったりとした口調は、こういうときに心を安らがせてくれる。
「ではまずは不審物の捜索だな」
ワープは背中にぞくぞくとした感覚を覚えた。
騎士候補生と、学園を守るために働くことができる。守られるだけの存在ではなく、共に動けるのだ。
それが、嬉しい。
リフィル様は、それがわかっていたのだろうか。
騎士と共に戦う巫女が、ワープの目指すべくところだと。彼女は悟っていて、共に行くように命じたのだろうか。
ワープは深く息を吸った。
(私は、頑張らなくてはなりません)
気になるのは、セイルのこと。
ワープはちらっと彼に目をやる。真剣な横顔に、なにか不安を掻き立てられる。
彼はきっと、堪えているのだろう。今にも爆発しそうな憎しみを、じっと……。
ワープは目を閉じる。
(今は、私のすべきことを。セイルの為にも、私のつとめを果たしましょう)




