昔ばなし
学園の林の中に転移したワープたちは、まず気絶したままの女生徒を介抱した。
手足の縄をほどき、額の汗を拭ってやっていても、女生徒は目を覚まさない。
「厄介な魔法がかかっているかもな」
ラインが淡々と言う。
彼は沈んだ表情をするケットと、俯いたまま顔を上げないセイルを見て、小さくため息をついた。
そんな中穏やかな顔で反応したのはアナで、にっこり笑って立ち上がる。
「僕が医務室に連れていくよ」
「アナ、あのっ?」
ワープもあわてて立ち上がり、女生徒を抱えようとするアナに呼び掛ける。
アナは優しい笑顔のまま首をかしげた。
「なあに、ワープ?」
「あのぅ……」
言いづらそうに口ごもるワープ。アナは心得た顔で、女生徒を抱えて少しラインたちと距離をとった。
「あの……セイルに付いて差し上げなくて、よろしいのですか?」
セイルに聞こえなくなる位置まで来たところで、ワープが尋ねる。
アナは微笑みを浮かべながら目を閉じた。
「セイルのために僕がしてあげられることは、側に居てあげることじゃない」
「え……?」
「僕には、セイルのためにかける言葉がわからないから」
少し寂しそうに、アナはゆっくり目を開く。宝石のような緑の目が、まっすぐワープを見つめた。
「ずーっと一緒に居ると、僕らの知ってるのは僕らの友人としてのセイルだけになっちゃう」
ワープは気づいた。
アナも、ケットも、傷ついている。自分たちの友人が、友人としての顔をなくしてしまったから。怒りと復讐心によって、自分たちの知らないセイルになってしまったから。
「僕には、セイルに寄り添うことは出来ない。……何より、僕が辛いから」
アナは自嘲するように笑って、それから少し真剣な顔になった。
「ねぇ、ワープ。お願い。セイルを助けてあげて」
「……私に、できるでしょうか」
何も知らない。本当に、何も知らない。
そんな自分に彼を救うことなどできるのか、ワープには自信がなかった。
アナは笑った。いつもの、天使の笑顔だった。
「ワープなら、大丈夫」
「え……」
「何でかな?そう思うんだ」
そう言うと、アナは背を向けて歩き去っていく。
残されたワープは、自らを力付けるため胸に手を置いて深呼吸した。
(セイルの、力になりたい)
セイルだけでない。彼のために共に心を痛める、ケットとアナのためにも。
(私なりの、精一杯を)
皆の居る場所に戻ったワープは、まずすべきことを考えた。
野兎の脅威が収まらない今、エルミタージュ校長には一刻も早く事情を説明しなければならないだろう。
けれどそんなことは、当たり前にも程があったらしい。
「俺は校長室に行く」
ラインはさらりとそう言うと、何の未練もなく歩いていく。
「ラインさま……」
「お前たちではまともに説明できないだろう」
その言葉には軽蔑も敵意も含まれていない。彼にとっては事実を言ったまでなのだろう。
でも……と制止しようとしたワープの思いを、ケットは理解してくれたらしい。
「待て、ライン。……俺も行く」
重そうに腰を上げるケット。ラインが意外そうに眉を上げた。
林の中。
木々に茂る葉っぱの間から、日差しがまばらに射し込んでくる。 しばらくして、雲が流れたのだろうか。太陽が隠れて、木漏れ日がなくなってしまった。
セイルは木にもたれるようにして、ぐったりとうなだれている。表情は見えない。
その正面にきっちりと正座して、ワープは静かに語りかけた。
「セイル。私にはあなたの苦しみがわかりません」
素直な気持ちを、彼のために自分が伝えたい気持ちを、言おう。それで駄目なら、ワープに出来ることはもう無い。
「無知な私が、あなたのことを知りたいと願うのを、許してくれるなら……どうか、話してくださいませんか?」
「…………」
やがて、ゆっくりと、セイルは顔を上げた。
怒りと、哀しみと。
その顔に込められた彼の気持ちは、深く、複雑だった。
「……俺の故郷は、王都に近いハネールって街だった」
ワープはぎこちなく彼の隣に移動し、ぴんと背筋を伸ばした。
それから少し考え、もうちょっとだけ距離をつめる。そして再び背筋を伸ばし、話の続きを待つ。
「普通の……本当に普通の街さ。商業都市ってよりは生活空間だったな。皆で助け合いながら暮らしていく、足らずがちの生活だったけど」
セイルの顔が、懐かしげに和らぐ。
「そこでおれは生まれたんだ。両親と姉。父親は傭兵でさ。まだちびっこいガキのおれも、毎日剣の稽古させられてた」
それのおかげで今は助かってるけどな、と自嘲するように笑う。
「おれが五歳のとき。あいつらはやって来た。市民の抵抗なんて、塵を払うみたいにはねのけた。家に火をつけて、女も子どもも病人も、皆殺していった」
憎しみが、声にこもる。
「おれの目の前で、両親は燃えた家の下敷きになった。おれの手を引いて逃げた姉は、あいつらに捕まって殺された。……最後まで叫んでた。助けを呼んでたわけじゃねえ。……おれに向かって、逃げろって……言い続けてたんだ」
深いため息をついて、セイルは額を押さえる。
「おれが強ければ、姉のひとりくらいは……助けられたかもしれない。だけどおれは弱かった。それで、この学園を頼ったんだ。強く……強くなりたかった」
「セイル……」
「でも、ケットやアナと出会って、変わった。過去に囚われるんじゃなく、国のために、巫女の騎士を目指すようになった」
そこでセイルは顔を上げ、ワープと目を合わせる。
「お前と出会って、その気持ちは強まったんだ。お前を守りたい。それは本当だぜ」
ワープは頬を染め、瞬きをする。
「……でもな、今になって野兎と関わりが出来て……。やっぱりおれは憎しみを捨てられない。巫女を放り出して復讐に走ったんだ。騎士としては、失格だな」
「……セイル!!」
たまらず、ワープは言葉を遮る。セイルの手を取り、ぎゅっと握った。
「私のために、セイルが遠慮することはありません。セイルにはセイルの事情があります。私が枷になる道理はないのです。ですが、ですが……」
「……ワープ?」
「……どうか無茶をなさらないでください」
ワープはセイルの手を握ったまま、頭を垂れた。ぽた、と膝に涙が落ちる。
「私は、大切なひとが傷つくことに耐えられる気がしません」
セイルは目を見開き、それから優しくワープの頭を撫でた。
「……ごめんな」
しばらくしてセイルから離れたワープは、涙を拭って姿勢を正した。
「すみません……取り乱しました」
「いーや。取り乱したのはおれだな」
セイルは頭をかきながら、深いため息をつく。
「……野兎の狙いは学園祭だよな」
「はい……そのようです」
「なら、騎士候補生として。おれは働かなきゃならねえ」
ワープはセイルを見つめた。
「いいのですか?」
「…………」
「セイルはそれで満足ですか?」
セイルは呆れたように肩をすくめ、ワープの頭をごちんと叩く。
「危ねえことすんなって言ったのはお前だろ」
「う、そうなのですが……」
小突かれた頭を擦り、ワープは口ごもる。
セイルに無茶はして欲しくない。だけど、彼がこのまま憎しみを秘め続けるのも、嫌なのだ。
「セイルは、優しいです」
青い目が、大きく見開かれる。
「悲しくて、憎くて、たまらないはずなのに……。今あなたは、自分の感情より騎士候補生として、学園のためになろうとしています。優しくて、強いです。でも…………とても、辛いでしょう?」
伺うように目を向けると、セイルの目からはすぅっと涙が流れた。
ぎょっとして慌てるワープを手で制して、セイルは頬を拭う。
「悪い……」
「あの、あの、ごめんなさい!!私、セイルを困らせています」
ワープはひとまず深呼吸を繰り返し、混乱状態から抜け出す努力をする。
「セイルにもう苦しんで欲しくないのです。傷ついて欲しくもないのです。……ああ、私、何を言えばよいのでしょう?」
「わかった!!わかったから落ち着け!!」
セイルは笑いながらワープを諌める。思わず出てしまった、といった苦笑だった。
それにしても思わぬ笑顔に、ワープは落ち着きを取り戻す。
「大丈夫。心配しなくてもおれは無理なんかしてない。野兎の企みを阻止したら、あいつらを警察にでもつき出す。それがおれの復讐だ。……今回は馬鹿なことをしたって、ちゃんと反省してるから」
セイルは立ち上がる。
「……あなたがそう言ってくださって、嬉しいです」
ふわりと微笑み、ワープも立ち上がる。
「私にお話しくださって、ありがとうございました」
深くお辞儀するワープ。その頭をくしゃっとかき混ぜ、セイルは気持ちよく笑った。




