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神の吹かせる風  作者: わた
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怒り

見慣れた街も、今は見方が違う。セイルの目は、憎い、倒すべき敵を探す目だ。


その鋭い目を見たケットは、友人の腕を掴んでこちらへ振り向かせた。


「セイル!!……少し落ち着け」


セイルは苛立たしげに舌打ちし、ケットの手を振り払う。


「うるせえ。おれはお前にだって、指図受けねえぞ」

「いいから落ち着け。お前は野兎のアジトの場所も知らないだろう」


その言葉に、セイルは少しばつが悪そうな顔をする。


「探せばいい。この街で生徒は襲われたんだろ?だったら近くにあるはずだ」

「わかった。俺も探す」


思いもよらない言葉。セイルは驚いた。ケットは慎重で思案するタイプだ。自分でも考えなしと自覚している行動に、付き合うとは思わなかった。


「お前、本気か?わざわざ自分から餌になりに行くようなもんだぞ」

「よくわかってるじゃないか」


ケットはにやりと笑う。


「いいさ。どうせお前は聞きやしないんだ。だったら付き合う」


セイルは呆れて肩をすくめる。

そういやこいつも、アナに単細胞と揶揄される奴だったな、と頭の片隅で思った。


「ちょっと!!待ちなよふたりとも」


いつになく怒った、アナの声。

ふたりが驚いて振り向くと、少女的な顔を珍しくしかめた友人の姿があった。


「もう。本当にお馬鹿さんだよ君たちは」


アナはそう言って、いつも通りの穏やかな表情になる。


「僕も行く。いいでしょ?」


セイルは面食らう。

こいつまで。アナは確かに好奇心は強いが、こんなに無鉄砲だったか?


「お前……」


はあっとため息をつく。


「……ワープはどうした?」


置いてきてしまった友人の名を出すと、アナは大いに不服そうに答えた。


「勝手に飛び出したのはそっちのくせに、僕にワープをどうしたって文句言うの?」


う、と言葉につまるセイル。

アナはにっこり笑った。


「大丈夫だよ。もう一人いるでしょ。信頼できる騎士候補生が」


そこでセイルとケットは視線を交わす。お互いに、あの無愛想な黒づくめのクラスメイトの顔を思い浮かべたのだ。


セイルは決してラインを好ましく思っていない。それを知っているはずなのに、この男は……。


「……置いてきてるおれが何を言える立場でもないか」


セイルは小さくため息をつく。


「もし。お三方」


しゃがれた声がかかった。

ヒキガエルのような、不快な声。


全身に走る悪寒と油断してはならないという直感で、三人は瞬時に身構える。


ぼろのシルクハットをかぶり、汚れたマントを羽織った老人が、杖をつきながらこちらへやって来ていた。


黄色い皺だらけの顔をいやらしくにやけさせ、ただ者ではない雰囲気を纏っている。


「あんたたち、あの学園の生徒さんでしょう?」

老人は三人の制服をじろじろと眺める。

「お前……」


セイルは無意識の内に腰に忍ばせた剣に手をかけていた。

騎士候補生として鍛えられた自らの力が、この老人は敵だと伝えている。


「少し来てくれませんか。学園の生徒がねぇ、ひとり迷子になっていて。引き取って欲しいんです」


醜い笑いを浮かべながら、老人が手招きする。

セイルは敵意をこめて頷いた。


「あぁ。わかった」


ケットが密かに耳打ちする。


「いいのか?」

「あぁ。こっちから出向いてやるさ」


この老人は野兎。

そう悟っていても、セイルはあえて罠にかかることを選んだ。





ワープは大きなローブで全身を全身を隠し、ラインと共に街に繰り出していた。

このローブはフードでワープの瞳を顔ごと隠すためのもので、ラインが半ば強制的に着させた。


早くセイルたちを見つけたいと急く気持ちを抑えながら、ワープはラインの後を一生懸命追いかける。


野兎に限らず、表立って行動できない組織の隠れ家になりそうな場所を辿るのだというラインに、ワープはただついていくことしかできない。


ラインは少しも振り向かず、細い路地や薄暗い通りを進んでいく。ワープは段々と心細くなりながらも、セイルたちを見つけるためと考えれば苦にならなかった。


「……お前」


不意にラインが呼びかけられる。彼はこちらを向かないまま、


「祈りの巫女をレジスタンスのアジトに連れていくなんて、本来なら反逆罪だぞ」


淡々とそんなことを言う。


ワープは恐縮する。けれど、この行動を覆す気は起きなかった。 友人を救うためだ。そう思えばどんなことも心を煩わさない。


「すみません。……でも、私、行かなくてはならないと思うのです」


そこでラインは少しだけ振り向いた。


「……お前は次期祈りの巫女で、まだ巫女になってはいない」


言い聞かせるように、どこか悪戯じみた口調で言う。


「なら、俺も死刑は免れるかもな」


ワープは目を丸くする。


自分がいかに大それたことをラインにさせているのか、掴めてきた。


徐々に青ざめていくワープを見て、ラインはふっと目を和らげる。


「冗談。無事に帰せば問題ない」

「え」


再び顔を背けて歩いていくライン。


(ほ、本当に冗談のつもりだったのでしょうか)


落ち着かない気分のまま、ワープは急いで彼を追いかけた。





老人は入り組んだ路地をよろよろと歩いていく。


冷ややかな表情でその後を追うセイルに、ケットは耳打ちする。


「落ち着いていろよ。状況が悪くなったら引くぞ」


セイルは黙って頷く。

ケットは内心不安を膨らましながら、アナと視線を交わした。


いざとなったらセイルを制止するのは自分たちの役目だ。それを目と目で確認し合う。


「こちらへ……」


老人が立ち止まったのは、小さな教会の前だった。

薄暗くて狭い路地の中、それは廃墟同然に荒れていた。扉は外れかけ、窓は歪んで変色している。


恭しく扉を開き、老人は細い指で三人を招く。


中は真っ暗だった。埃っぽい匂いが不快に鼻につく。

途端に、ガチャリと不穏な音を立てて扉が閉められた。


「ヒヒヒッ」


老人が寒気がするような笑い声をあげる。


「馬鹿だねえ。馬鹿だねえ」


ぱっと明かりが点いた。


荒れ果てた礼拝堂。埃にまみれ、女神の像は頭部と腕が欠けている。


そして、敵意と侮蔑を浮かべた男たちが、部屋を取り囲んでいた。


「ふん。やっぱりこういうことか」


セイルが嘲る。


礼拝堂の最奥。ステージの上に、ひとりの男が座っていた。


中年の、厳しい顔つきをした屈強な男だ。いくつも戦を経験してきた者にしかない、揺るぎない雰囲気を纏っている。


「フィリエット学園の生徒、連れて来ましたよ」


老人が下卑た笑いを浮かべて男ににじり寄っていく。


「うちの生徒を襲ったのはおたくらだな」


セイルが問う。


「野兎。おたくの正体はわかってんだ。下手な小細工はよしな」

「小細工?」


老人が高い笑い声をあげる。


「小細工などしちゃあいませんよ。あたしらは、本当にそちらの生徒さんを預かっているんです」


不快な笑みを浮かべながら、老人は礼拝堂を囲む男のひとりに頷きかける。


男はカーテンを引いた。

縄で腕と足を縛られた少女が、どたりと倒れこむ。フィリエット学園の制服……おそらく新入生だろう。青ざめた顔で気絶していた。


「お前……っ!!」


セイルは老人に掴みかかる。


「何が目的だ!!」

「目的は、統一!!」


ステージの上に座っていた男が、力強く立ち上がった。


「フィリエット学園祭に出席する王族に、我々は狙いを定めた」


男はコツコツとブーツの音を立てて近づいてくる。

「野兎の野望は統一。世界を取り巻く身分の違いを消し去る。王族の暗殺が、そのための第一歩だ」


セイルは憎々しげに男を睨んだ。


「野兎首領……デリオット!!」

「ほう。私の名を知っているか」


男……デリオットは嘲るようにセイルを見下ろす。


「知っているさ。お前は十年前、おれの故郷を焼き払った!!」


セイルはデリオットを睨み付ける。その目は燃えるように光っていた。


それはかつてセイルが見た、大切なものを……家を、友を、家族を次々に焼き付くした炎の光だった。


デリオットはセイルの青い瞳を見ると、


「お前……そうか。ハネールの生き残りか」


それから、クックッと背中を震わせて笑う。


「いや、悪いことをした。あそこは没落貴族の隠れ家だと思っていたのだ。我々にとっては落ちぶれた貴族も敵だからな。だが、後になって平民しかいない地区だったことがわかった」


空気がひやりと冷たくなる。


「運が悪かったな」


セイルの目に激情が走った。


目にも止まらぬ速さで抜剣し、有無を言わさず斬りかかる。

デリオットはその斬撃を籠手で受け止め、にやりと口元を引き上げた。


「青いな」


セイルは怒りに燃える目を輝かせる。


「手前ぇ……!!」

「セイル!!」


ケットが怒鳴り付ける。


「落ち着け!!思うつぼだぞ!!」


自分たちは敵に囲まれているのだ。せめて冷静になり、女生徒を連れて逃げる方法を考えなければ。


その時、セイルの手から逃れた老人が、杖でケットの首を捉えた。


「ぐっ……!!」


思いもよらない力で首を締め付けれ、ケットはもがく。


「ヒヒヒッヒヒヒッ」

「ケット!!」


アナが横から老人を蹴りつけた。途端に解放され、老人は床に投げ出される。


「アナ、礼を言うっ」

「いいよ。それよりセイルをなんとか……」


その時、ケットとアナを男たちが取り囲んだ。


「……もう。今日は災難だよ」


アナが呟いて、仕方なさそうに剣を抜く。

ケットはすでに鞘を投げ捨て、臨戦態勢に入っていた。


「お前たち、ただの生徒ではないな」


デリオットが、あくまで嘲るような口調で言う。


「そうか……巫女の騎士候補生か」


セイルの剣を次々に籠手で受け流しながら、デリオットは不敵な笑みを浮かべた。


「安心しろ。我ら野兎の狙いはあくまで王族貴族。巫女を殺そうなどと考えるのは神落としのようなお門違いのテロリストだ」


だが……と、デリオットは続ける。


「学園には次期祈りの巫女の娘が居たな。我らの計画に巻き込まれて、結果的にその娘がどうなろうと……我らの意図するところではない」


その言葉に、セイルは大きく吠えてデリオットに斬りかかった。


「お前はっ!!どこまでおれを苦しめる!?」


怒りに任せて剣を振り回す。


「どこまでおれから、おれの失いたくないものを取り上げ、消し去る!?」

「……ふん」


デリオットはセイルの剣を払い落とした。カラン、と音を立てて剣は床を滑っていく。


「学園の注意を王族の警護から反らすために、我らは生徒を狙った。だが、お前のような者がやって来るとは思わなかった」

「……どういう意味だ」


デリオットはセイルの胸ぐらを掴み、その体を宙に浮かせた。セイルが苦しげにもがくが、あまりの力に成す術がない。


「セイルっ……!!」


ケットとアナは次々に襲ってくる斬撃に、身動きがとれない。


「騎士候補生を消してしまえば、我々も少し動きやすくなる」


ぐっとセイルの首に指がめり込む。


「ぐっ……」

「もう失うものはなくなるぞ。仲間も、大切な、守るべき巫女も」



「おやめなさいっ!!」



高らかな、少女の声が響き渡った。


突然、小刀がデリオットの手めがけて飛んでくる。それを籠手で弾き、デリオットは突然の乱入者に向き直る。


その弾みで拘束を解かれたセイルも、咳き込みながら同じように乱入者の正体を見極めようとした。


「ワープ……?」


そこにいたのは、髪を整えもせず靴下も履いていないワープと、全くの無表情でこちらも頭はボサボサのラインの姿だった。


さっきの小刀による攻撃はラインによるものだったが、髪を結いもせず寝起き同然の格好にしてはあまりに的確な投擲だ。デリオットが訝しげに眉をひそめる。


「……何者だ?」

「彼らの友人です!!」


すぐさま敵地に駆け込もうとするワープを、ラインが止める。


「馬鹿」


ラインは礼拝堂に向かって手をかざす。

黒い霧が辺りを包み、何も見えなくなった。


「何だ、この霧は!?」



しばらくして霧が晴れたとき、礼拝堂にセイルたちの姿はなかった。


「……ふん。転移魔法か」

つまらなそうに呟くと、デリオットはいまだ床にうずくまっている老人に命じる。


「ギレフ、例の魔法の力を強めろ」

「へ、いいんですかぃ?」

「うむ」


デリオットは底冷えするような笑みを浮かべ、


「学園ごと、壊してしまえ」



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