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神の吹かせる風  作者: わた
34/92

学園祭の準備3

意外な才能を発掘されて以来、クラスメイトたちは今までのようにワープに対してあからさまに冷たい態度はとらなくなっていた。


それは「お茶だしをしてもらう」という借りがある故のことで、仲が深まった訳ではないのだが、それでも普通に会話が出来るようにまではなった。


「あの、お花の飾り方はどうすればよいのでしょう」

「あぁ、それなら……」


元々騎士候補生クラスの生徒たちはワープのことを普通の転入生として扱うことになっていた。たまたまワープがあまりに劣等生じみていたため距離が生まれただけのこと。頑張り次第でいくらでも巻き返せる。


少しでも皆の役に立とうと、教室内の飾りつけを行っていたワープは、次に入り口の飾りつけに移ろうとしていた。


小柄なワープでは天井に届かない。椅子の上に乗ってみたのだが、まだ届かない。そこでワープは椅子をふたつ重ね、その上に乗った。なんとか届く。


相も変わらず窓辺に座って欠伸をしていたラインは、ふと教室内に目を移した。そこで目に飛び込んできたのは、今にも崩れ落ちそうな椅子に乗りながら腕を目一杯伸ばしているワープの姿だった。


「な……」


さすがに呆れ、あれはやめさせようと立ち上がる。そのうち椅子が激しく揺れ、ワープは今にも落ちそうになる。


「わわわっ!?」


あわてた拍子にワープは体を投げ出される。


「きゃあっ!!」


衝撃と共に落ちた先は、腕の中。誰かに受け止められたらしい。ワープは驚き、混乱したまま救い主の顔を見上げた。すぐ近くに、無愛想なラインの顔がある。


ワープはそこで、今の自分の状況を確かめてみた。ラインの腕を背と膝にまわされ、抱き止められている。


「…………!!」


途端に頬を染め、ワープはあわてて降りようとする。


「すっすみません!!すみません!!」

「あ、おいっ」


ワープが暴れた弾みでラインはバランスを崩す。尚もパニック状態のワープは手足をばたつかせるため、ラインはたまらず二、三歩後退する。


その先では、水魔法のリハーサルが行われていた。

いきなり現れた乱入者に、水の塊を作っていた生徒は驚いて魔力のコントロールを失う。

制御の効かなくなった水の塊は、ラインの頭上からふたりにぶちまけられた。


しんと静まり返る教室内。


ぽたぽたと髪から水を滴らせ、ラインはワープを床に降ろす。同じくびしょ濡れのワープは、言葉を失い、事態を飲み込めないでいた。


装飾用の魔法には攻撃能力はない。けれど水は水。しっかり服の奥までびしょびしょである。


呆けた顔で立ちすくみ、ワープはぎこちなくラインを見た。恐ろしいほど冷たい目で見返され、ようやく自分のしでかしたことを悟る。


(大変なことをしてしまいました)


寒さと恐怖により、ワープはかくかくと震えた。


「すみませんっ!!すみませんっ!!」


大慌てでハンカチを取り出すも、スカートの中までびっしょりな今、それは役に立つ状態ではなかった。


「お前……」


ラインはひきつった笑みを口元に浮かべ、髪をかきあげる。


ワープは面食らって動きを止めた。


ラインのこんな顔を、初めて見た。

……怒っているのは間違いないけれど。


でも、笑顔は笑顔だ。ワープは目を丸くしてラインを見つめる。もう二度と見られないかもしれないと無意識のうちに感じとり、今のうちに見ておかねばと思ったのかもしれない。


「……おい」

ずぶ濡れのまま睨まれ、ワープはひっと身をすくめた。


「どういうつもりだ。せっかく助けてやれば人を水浸しにして、あげく呆けたような顔をでじろじろ見るとは」

「も、申し訳ございませんん!!」


ワープは必死で謝り、どうしましょう、と辺りを見回す。


ワープとライン。関わりにくいふたりが起こした騒ぎとあって、クラスメイトたちは互いに視線を交わしあって口ごもる。


頼みの綱のセイル、ケット、アナの三人は、なぜか姿が見えない。


「あの、どなたかタオルをお持ちでしたら、使わせていただけないでしょうか?」


頼んでみても、差し出す者はいない。


「う……」


そのとき、いきなりラインがワープの手を掴んだ。


「いい。行こう」


そのまま手を引かれ、ふたりは教室を出る。


「あの、あの、ラインさま?」


ワープはずんずん歩いていくラインと、つながれた手とを交互に見る。


廊下ですれ違う生徒の視線が痛い。ただでさえ、いい意味でも悪い意味でも注目されるふたりが、水を滴らせながら歩いているのだ。


階段を降り、校舎をあとにする。校庭で作業する生徒たちも、ぎょっとしたようにふたりを見る。ワープは恥ずかしくてたまらなかったが、ラインは構わず歩いていく。


「あの、どこへ向かわれるのですか?」

「寮だ。着替える」

「え……」


手をつないだまま歩くラインに、ワープはためらいながらも言ってみた。


「あのぅ、ラインさま。私は一緒に行くべきではないと思うのですが……」


男子寮と女子寮は反対方向なのだ。


ラインは立ち止まる。そして振り向くと、依然つながれたままの手を見つめた。


「…………」


ぱっと手が離される。


ラインはそのまま無言で歩いて行ってしまった。


「…………くしっ」


ワープはくしゃみをひとつすると、自分も早く着替えよう、と急いで寮に向かった。




制服をハンガーにかけて、いつかアナにもらった白いブラウスと黒のスカートに着替える。他には巫女衣装しか持ち合わせていないため、自然とそうなった。


(やっぱり足がスースーします)


制服のスカートまで膝下ほど長くしているワープには、この短いスカートは慣れない。


赤石の髪どめを外して、髪もタオルで拭く。すっかり体が冷えてしまったワープは、もう一度くしゃみをした。


「おいっワープ!!」

「ひゃああぁ!?」


突然の大声に、ワープは飛び上がる。


セイルの声だ、と辺りを見回すが、彼の影も形もない……ふと、窓の外に緑色の光を見つけた。


これは、風の精霊の通信魔法?


ワープは窓を開けてその光を招き入れる。セイルの声が、やっと気づいたか、と文句を言った。


「すぐ校長室に来い。話があるってよ」

「校長室ですか?あの、今私、髪の毛がびしょびしょなのですが構いませんか?」

「はあ?何したんだお前。今どこだ?」

「自室です」

「待ってな」

「えっ?」


光は弾けて消えてしまう。


ワープは目を瞬く。待ってなと言われたら、待った方が良いのだろうか。けれど校長室に来いという要件だったのに、それはどういうことだろう。


あれこれ巡らせた考えを、快活な声が打ち消した。


「迎えに来た」


窓の縁に腕をかけて、セイルがへらっと笑っていた。


一瞬その光景を信じられず、ワープは口をぽかんと開く。次に全力でセイルの腕を掴まえた。


「うわっ!?」

「ここっ!!最上階ですよ!!落ちてしまいます、落ちないでくださいっ!!」


大パニックに陥って必死にセイルを引き上げようとするワープ。もちろん非力なワープにそんなことはできないので、逆にセイルはバランスを崩して転落しそうになった。


「おいっ落ち着け!!」


なんとか部屋の中に着地し、セイルはワープの頬をつねる。


「いひゃいっ!?」

「お前はおれをバカにしてんのか?」


意地悪い笑みを浮かべて、やっと頬が解放される。


「高いところはおれの得意分野だよ。せっかく迎えに来てやったのに、失礼な奴だな」

「す、すみません……?」


ひりひりと熱を持つ頬を押さえ、ワープは謝罪する。けれど何だか腑に落ちない。


「あの、でも、……女性の部屋を断りなく覗くのは、いけないと思います」


自分は少し前まで着替えをしていたのだし、それは道徳上いかがなものか。


追及すべきはそこだけではない気もするが、ワープは基本的にひとつのことしか考えられない質だ。


セイルはそこで、ワープのほどかれた濡れ髪と服装の変化に気をとめたらしい。怪訝な顔で訊いてくる。


「お前一体何があったんだ、それ」

「えっ!!あの、えっと」


言ったら、セイルは笑うだろう。それは、とても恥ずかしい。ワープはしばらくまごつき、蚊のなくような声で事の経緯を話し始めた。 セイルの顔が、段々と曇っていく。


「……ついに人を巻き込むまでになったか」


その言葉は、頭にガーンと衝撃を与えた。どうやらセイルは、本気でワープのドジを心配しているらしい。


「う……」


涙目になるワープ。それを見て、セイルはあわてて取り繕う。


「いやっ!!うん、失敗は誰にでもあるぞ!!気にすんな!!」

「いいのです……」

「あ、そうだ。校長が呼んでんだよ。急いで行こう!!」


逃げるようにそう言うと、セイルは今度は正しく扉から出ていく。ワープも涙をこらえて後を追った。


セイルの金髪は、首のあたりでひょんと跳ねている。歩く度に揺れるそれを眺めながら、ワープは口を開いていた。


「セイル、私、皆さまに迷惑をかけてしまいます」


セイルがちょっと立ち止まる。そして少し速さを緩めて、ワープと並んで歩き出した。


「そんなの知ってるよ」

「う、はい……」


ワープが落ち込むと、セイルは明るく笑った。


「バカ。誰だって人に迷惑かけて生活してるんだよ。本当に、誰にも迷惑をかけないためには、生まれてこなければいい。そんなの無理だろ?」

「え、あの……無理ですね」

「な?お前だけじゃない……気にすんな」


セイルは優しくワープの肩を叩く。それは大層な慰めであり、ワープは感謝を込めて頷いた。


「ありがとうございます」


頑張りますね、と微笑むと、セイルは満足げにワープの頭を掻き回した。


「期待してるよ、巫女さま?」

「は、はいっ」




校長室では、もうすぐ初夏だというのに暖炉に火がついていた。

それは魔法の炎らしく、ワープの冷えた体をすぐに温めてくれた。同じ部屋にいる騎士候補生たちは暑さを感じていないらしい。ただワープと同じく濡れ鼠状態だったラインは、一緒になって火にあたっていた。


「昨夜、学園の生徒が何者かに襲われました」


深い静けさを称えた声で、エルミタージュが切り出す。


「襲われた……?」

「外出時間外に街へ出ていた女生徒が、鳩尾にナイフが刺さった状態で発見されました。幸い傷は浅いですが、未だ意識が戻らないそうです」


ワープは驚いてエルミタージュを見た。ひどく苦々しい顔をしている。


人が、ひとり、殺されかけた。


かつての自分が陥った状況を思いだし、ワープは青ざめる。あんな恐怖を、その生徒は味わったのだ。


「一般クラスの、ごく普通の生徒です。これは、個人に対する怨恨ではないと見ています」

「学園に対する警告だということですか?」


ケットの言葉を、エルミタージュはゆっくりと首肯する。

一枚の手紙が、テーブルの上に置かれた。


『フィリエット学園の長に警告する。我々は革命組織・野兎。これは初めの一手に過ぎない。我々の目指すは統一』


野兎、という文字を目にしたとき、セイルの顔色が変わった。


「きっと、学園祭に何か仕掛けてくるでしょう」


エルミタージュの目には、焦りが浮かんでいた。


「このままでは、生徒の命が危ない。そこで君たちに、学園内の警護を依頼したいんです。それが最も安全だと、私は思っていますから」


騎士候補生たちは視線を交わす。そして頷きあった。

セイルの目は、いつになく鋭い光を帯びていた。


「もちろん引き受けます。それも我々の務めです」


エルミタージュは深く、噛み締めるように


「ありがとう」


と礼を言う。

それからワープに視線を移し、眩しそうに目を細めた。


「第一に守るべきは、ワープ・セベリア嬢」


その言葉に、ワープはちくりと胸を刺すものを感じる。


「よろしくお願いします」


そう言って、エルミタージュは丁寧に頭を下げた。




アナはセイルを、温室に引きずっていった。どう見ても様子のおかしいセイルと何を話すのか気になるところではあるが、ケットが 「ここはアナに任せておけ」

と言ったため、ワープは彼に声をかけることも出来なかった。


ラインは校長室に残って何やら話をしているので、ワープはケットとふたりで歩いていた。


「……セイルのことだが」


ケットが切り出す。


「ワープは、野兎という反政府組織を知っているか?」

「……いいえ」


世間知らずさを噛み締めるワープを見て、ケットは何故か安心したような顔をした。


「……あの?」

「いや。何でもない。野兎は、いわゆるレジスタンスだ。革命家、と言えばわかるか?」


ワープが頷くと、ケットは続ける。


「かなりの過激派で、やり方に容赦がない。そして10年前、都市の一角を、そこに住む一般人ごと焼き払う事件が起きた」


声に苦しさがにじむ。


ワープは悪寒に襲われ、体を震わせながら尋ねた。


「そこに、セイルは住んでいたのですね?」


ケットは静かに頷く。


「……セイルは多く語ろうとしないが。彼の目の前で、彼の家族が亡くなったのは確かだ」


たまらなくなって、ワープはケットの手を取った。


「なんて……なんて悲しいことなのでしょう」


涙が、こぼれる。

これは巫女としての涙ではない。ひとりの、セイルの友としての涙だ。


ケットはワープと同じくらい悲痛な目をしていた。それを無理やり和らげ、安心させるようにワープを見つめる。


「大丈夫だ。セイルは強い。俺たちにできることは、今まで通りあいつと友でいることだけだ」

「でも、でも……」


ワープはケットの腕を掴んで、彼にしがみつく。肩を震わせるワープに、ケットはしばらくされるがままにしておいた。


やがてケットは優しくワープの体を押しのけ、顔を見合わせる。


「心配なのはわかる。あいつは基本的に猪突猛進型だからな。怒りに刈られて野兎に復讐しようなどと考えかねん。その時は……」


ケットは少しおかしそうな顔をした。


「俺も手伝うことにする」


ワープは驚いて彼を見つめた。ケットがそんな大胆な事を言うなんて。


そうか、彼らは本当に仲が良いんだなあ、としみじみ思う。

言葉の節々から、お互いを思いやる絆の深さが伺える。


その時、ふたりの間に、通信魔法の緑の光がすごい勢いで滑り込んできた。


『ケット!!ワープと一緒にいる?』


アナの声だ。


「ああ、」

『すぐ来て、すぐ!!』


ひどく珍しいことに、アナは焦っているようだった。問答無用、とばかりに、魔法の光はすぐに消えてしまう。


ケットは一瞬面食らったが、すぐに事態を飲み込んだらしい。


「どうやら心配した通りだ。だからあいつはわがままねこさんだと言うんだ」


怒っているともいないとも取れる文句を言う。


「行こうワープ。アナが困っている」

「わ、わかりましたっ」


ワープはしゃんと背筋を伸ばした。


(私は、私だって、セイルの友達です)


どんなことがあろうと、彼のためにできることをやろう。力になれるよう努めよう。


そう心に決め、ワープは温室へと急ぐケットの後を追った。


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