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神の吹かせる風  作者: わた
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学園祭の準備

王国屈指の名門校であるフィリエット学園の学園祭には、名の知れた貴族たちや、はたまた王族までもが足を運ぶらしい。

そうと知れば準備にも気合いが入るというもの。それも学園の内最も注目されている騎士候補生クラスともなれば、生半可なことは出来ないのであった。


クラスとして決定した出し物は、「光と水の喫茶店」である。


光と水の精霊の力を借りることで魔法のシャンデリアを作り出し、それはそれは幻想的な空間でお客様をもてなすのだとか。


流石騎士候補生ともなると学園祭にまで高度な魔法を用いるらしい。ワープはすっかり感心してしまった。


早速準備に取りかかったのだが、天性のドジ資質を持つワープは、ここでも失態を晒してしまった。


テーブルの上に花瓶を飾る役を任されたワープは、はりきって仕事に挑んだ。けれどテーブルクロスを踏みつけて転び、テーブルをひっくり返してしまった。花瓶は割れ、床は水浸しになる。

クラスは一時騒然となり、結局花瓶の破片を片付け、水を拭き取るところからやり直しになってしまった。


「申し訳ございません……」


ワープは涙目になりながら片付けを手伝おうとしたのだが、


「セベリアさん。いいから動かないで」


と突き放されてしまった。


一気に険悪な雰囲気になり、ワープは落ち込んで教室を出た。


入り口の飾り付けをしていたセイルが、気にするなというように頷きかけてくれる。感謝をこめて頷き返しながらも、それが余計に情けなさを掻き立て、ワープはますます泣きたくなる。


「ワープ、温室にアナがいる」


不意にケットがそう声をかけてきた。


「花瓶に生ける花を用意しているらしい。行って、手伝ってやってくれ」


ワープは顔を輝かせ、はいっと返事すると急いで温室に向かった。


その後ろ姿を見守りつつ、ケットとセイルは顔を見合わせて肩をすくめた。


この学園祭はワープとクラスメイトの仲を深める良い機会なのだが。駆け出しは順調とはいえない。あのドジはどうにかならないものか、と、ふたりしてため息が漏れる。


そんな教室での出来事は目に入らないかのように、ラインはひとり窓辺に腰かけて欠伸などしていた。




ハーブティーの華やかな香りが漂う校長室では、エルミタージュが満足そうに笑みを浮かべていた。


目の前には風の精霊の力による通信魔法で作り上げられた小さなビジョン。そこには嬉しそうなリフィルの顔が映っていた。


『ではラインは、授業に出るようになったのね?』

「はい。これはとても良い傾向です」

『あの強情な子がねぇ。そう聞いて嬉しいわ』


エルミタージュはハーブティーに口をつける。


自分には巫女の騎士になる資格はないと、冷たい目をしながら言ったラインの姿が思い浮かぶ。


「彼も、変わりつつあるようです」


ワープ・セベリアが、少なからず彼に影響を与えているのは間違いない。


「このまま、良い波が広がればいいのですがね」

『大丈夫よ』


リフィルの声は自信に満ちていた。


『ワープなら大丈夫。あたしはあの子を信じているわ』


エルミタージュは皺だらけの顔をにっこりと綻ばせる。


「無論、私もですよ」




優しい手つきで花を摘んでいくアナの顔は、慈愛に満ちていた。


「光魔法の輝きを邪魔しないで、それでいて美しさを放つ花を選ばないとね」


桃色、白、水色……きれいな花ばなをひとつずつ摘み、それをひとつの花束にする。


「うわあ……きれいですねぇ」


ワープが感激していると、アナは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、ワープ」


花束を大事に紙に包み、霧吹きで軽く水をかける。それをワープに手渡し、アナは任せたよ、と頷いた。


「花瓶には水を入れすぎないで。愛情込めて生けてあげてね」

「はい。全力を尽くします!!」


神妙な面持ちで花束を抱え、少しでも大切に扱おうと、ワープはゆっくりゆっくり教室に向かう。


あまりに慎重に動くため、アナは苦笑をもらす。あれでは逆に花に悪いのだが。


けれどここは温かく見守ろう、と心に決め、口出しはしないことにした。



ワープが中庭を抜けて教室に戻ろうと歩いていると、上品な女生徒の声で


「こんにちは、ワープさん」


と声がかけられた。


ワープに話しかけてくれる生徒など、そう居るものではない。振り向くとそこには、微笑みを浮かべたナターシャがいた。


「ナターシャさま!!こんにちは」


ナターシャも学園祭の準備をしていたらしい。制服の上には白いエプロンをつけ、長い髪はお団子の形に束ねている。


「きれいなお花ですね。毎年騎士候補生クラスの出し物は、私とても楽しみにしていますの」


そう期待たっぷりの顔で言われ、ワープはうっと息をつめる。


「私としても、皆さんの力になりたいのですが……また失敗してしまって」


思わずため息をつくワープ。それを見たナターシャは、慰めるような表情を浮かべる。


「ワープさん。私、ミシェールさんとは縁を切らせて頂いておりますの」

「え……?」

「彼女を見返すためにも、貴女には是非自信を持ってほしいんです」


そこで、ナターシャは少しいたずらっぽく、それでいてとても上品な笑顔になった。


「私はもうあなたの方を慕っていますの。頑張ってくださいな」


ワープは感激のあまり、涙を浮かべる。それをぐっとこらえ、ナターシャに握手を求めた。


「ありがとうございますっ!!」


その感激のしように少し戸惑いながらも、ナターシャは快く握手に応じてくれる。


元気が復活したワープは、まず受け持った仕事をやり遂げなければ、と、しっかり花束を抱えた。


「では私は花束を教室に届けて参ります。ナターシャさまも、どうか後達者で」


まるで戦場にでも行くかのような面持ちでお辞儀し、ワープはまた慎重に歩を進めていく。




教室にたどり着いたワープは、クラスメイトたちが何やら困った顔で話し合っているのを見かけた。


「あの、何かあったのですか?」


たくさんの花に埋もれながら尋ねるワープに、クラスメイトたちはぎょっとした顔になる。


「ああ、セベリアさんか……。遅かったですね。今、喫茶店で出すお茶について話してるんですよ」


どこかつっけんどんな、「お前に話したところで何の解決にもならない」と思っている感がにじみ出ている口調だった。


「お茶、ですか」

「お出しするお茶の味も一流でないと、騎士候補生クラスとして恥になりますから。アナ・ハーベルに紅茶の用意を頼んでいるんですが……」


彼によると、アナのお茶の淹れ方は専門職にも劣らない程で、他の生徒の淹れたお茶とはどうしても味に差が出てしまう。それは避けたいのだが、アナひとりですべてのお客様にお茶を用意するのは不可能だ。と言うのも毎年学園祭の騎士候補生クラスには凄まじい数の人が訪れるからで、せめてもうひとりお茶を淹れる役が欲しい。それで、どうしようかと困っていたところなのだと言う。


そこまで聞いたワープは、おずおずと名乗りをあげてみた。


「あの、私でよければ、お茶のご用意を手伝いたいのですが」

「……貴女が?」



調理場を借り、真剣な顔でお茶の準備を始めたワープを、クラスメイト全員が取り囲んでいた。


お茶の用意を手伝うとワープが名乗り出たのを聞き付けたセイルが、皆を焚き付けたのだ。


「そんなに言うなら皆でワープの腕前を確かめてやろうじゃないか!!」と。

ワープが何かに自信がある素振りをするのがあまりに珍しかったため、これはきっと上手くいく、と思ったらしい。上手くいけば、クラスメイトにワープを認めてもらうチャンスだ。


皆の視線を一身に受けたワープは、落ちつないながらも順調に準備を進めていた。茶葉の香りは緊張を和らげてくれたし、何よりお茶汲みには自信を持っているのだ。小さいころからリフィル直伝のお茶の淹れ方を教わってきたのだから。


コポコポと音を立ててお湯が沸いたところでポットとカップに入れ、温める。ポットが温まったら、次に茶葉を入れる。

ゆっくりとしたワープの仕草を、少しの動きも見逃すまいとクラスメイトたちが見つめる。


ポットに蓋をし、じっくりと蒸らす。しばらくしたところでスプーンで葉をかき回し、茶こしを使ってそっとカップに注ぐ。


「はい、できました」


緊張から解放され、ワープはほっと息をつく。


味見はアナが任された。

静かにカップを傾け、一口飲み下す。そこで、アナの顔がぱっと輝いた。


「……美味しい!!」


クラスメイトたちの間で、どよめきが起きる。

アナはこと紅茶においては、決して妥協を許さない。それは周知のことで、そのアナが素直に美味しいと言うのは、かなり希有なことなのだ。


セイルとケットでさえ驚いた顔でワープを見る。


「お前、こんな特技があったのか……」

「うむ。なぜ作法の成績が悪いのか理解しかねるな」


ワープは頬を染め、恥ずかしさで俯く。


「リフィルさまの直伝なのです」


お茶汲みしか特技がないというのも威張れたことではないが、褒められて嬉しいのには変わりない。


クラスメイトたちは複雑な顔でお互いを見合う。やがてひとりの生徒がおずおずと進み出てきた。


「セベリアさん。喫茶店では、様々な種類のお茶をお出しする予定なんです。そちらの用意も、お願いできますか?」


どうやらワープの力は認められたらしい。

セイルたちが満足げに視線を交わす。ワープは顔を輝かせ、大きく頷いた。


「はいっ!!喜んで!!」



様々な種類のお茶を出すにあたって、ワープはリフィルが送ってくれる珍しいハーブティーや異国の茶葉を使用することを提案した。

巫女の騎士候補生クラスで巫女お気に入りのお茶を提供するのは良い考えだと好評を得て、ワープは益々嬉しくなる。


「今回は良い役回りをしているな」


ケットに明るく声をかけられ、ワープは笑顔を浮かべた。


「お役に立てるのは、とても嬉しいですね!!」


その幸せそうな笑顔に、ケットはやや呆れて苦笑する。仮にも次期巫女がそれほど喜ぶことにしては、少しハードルが低すぎやしないか。


けれど素直にこういうことを喜べるところが、この少女の純粋さを現しているのだろう。


ケットはふっと笑うと、楽しそうに茶筒を抱えて駆けていくワープを見送る。


これでクラスメイトたちとの仲も、少しは縮まっただろう。まだまだ距離は広いが、これをきっかけに道は開けるはずだ。

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