激動
その朝、教室ではとある事件が起きた。
授業が始まる少し前。ナイゼルが間近に迫った学園祭について説明をしているとき。
「フィリエット学園は王国中に名を知られた名門。従って学園祭の完成度も、半端なものにするわけにはいきません。各自学園の生徒である誇りを忘れず、最高のアトラクションを作り上げること!!」
ワープは瞳を輝かせ、学園祭とやらに胸を踊らせた。
(クラス皆で作る出し物、ですか)
なんとも素敵な響きに、頬が緩む。
「皆と仲良くなるチャンスだね?」
前の席からアナが笑いかけてくる。ワープは嬉しさを堪えきれず、大きく頷いた。
「そしてこの騎士候補生クラスでは他クラスの上をいく完成度が求められます。皆気を引き締めて……」
突如扉が開いた。
一同の視線が向いた先には、ひんやりとした黒の瞳があった。
ワープは驚きのあまり動けなくなる。一度としてこの教室に足を運ぼうとしなかった、その人物が、今そこに立っている。
「……ラインさま」
ラインは涼やかに教室を見渡すと、すたすたと歩き出した。そしてワープの隣にある席につく。その間誰も何の音も発することなく、彼を見守った。
しれっとした顔で初登校してきたラインに、ナイゼルは何か言わねばと感じたらしい。けれどこの予想外の出来事に対応するのは、いくら彼でも難しいことだ。結局は何も言わず、ただ胃のあたりをさすりながら教室を出ていった。
ナイゼルがいなくなっては、もうこの事態をうまくまとめることのできる者はいない。
皆何事もなかったように授業の準備を始めた。関わらない方が良いと踏んだらしい。ワープたちの他に、ラインと知り合う生徒はいない。彼らにとってラインが登校してきたところで、日常が乱されるわけではないのだ。もちろん彼の素行を疑問に思う生徒はいるかもしれないが、それにしたって相手が相手。あまりに得体の知れないラインに面と向かって何か言う者はいなかった。
だがこちらは話が違う。
早速セイルがやって来て、ラインの机に手のひらを叩きつけた。
「どういう風の吹き回しだ?」
ラインは静かな目でセイルを見返す。
ケットはもう少し落ち着いてやって来ると、セイルの体をラインの席から引き離した。
「お前は少し落ち着け」
アナとワープも立ち上がり、ラインの机を囲む。
「どういう心境の変化なんだ。いきなり教室に来るとは」
「……来ない方がおかしな話だろう」
ラインはため息まじりに答え、気だるそうに頬杖をつく。その態度に、ケットはむっと眉をひきつらせる。
アナがとりなすように明るい声をかけた。
「まあまあ。よかったじゃない。これが本来あるべき姿でしょう?」
ほんわかした声に、ケットは気を落ち着かされたらしい。小さくため息をついて、そうだな、と頷いた。
「ワープも、よかったね」
にっこりと笑いかけられ、ワープはあわてて答えた。
「は、はいっ!!そうですね!!」
授業中。
必死で教科書を睨んでいても、なぜか集中できない。普段からどの授業もついていけないが、今日は特に気が散ってしまう。
原因は、隣から感じる視線。
たまりかねてラインの様子を伺うと、彼はじっとこちらを見ていた。
「あの……?」
何かご用なのかと声をかけると、ラインは不思議そうに首をかしげた。今初めてワープに気づいたような反応だ。
「あ、」
そうかと気づく。
彼はワープを見ていたわけではなく、その奥の窓からぼんやりと空を眺めていたのだ。
「すみませんっ」
恥ずかしさにあわてて顔を背け、ワープは教科書に目を戻す。
(す、すごく集中できません……)
また補習のお世話にならなくてはなりません、と、ワープは涙目だった。




