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神の吹かせる風  作者: わた
30/92

一日の終わり

「まったくあのふたりはどこに行ったの?」


中庭に出たリフィルは、姿を消したふたりの騎士に怒りの声を漏らす。


「ツルハまで。どうせまたリーンハルトにそそのかされて、ふらついてるのよ」


苛立たしげに腕を組むリフィル。ラインはうんざりしたようにうなだれ、こっそりため息をつく。


「仕方ない。探しに行くわよ」

「…………」

「何よ、その顔は」

「……別に」


リフィルはにやりと笑って、ヒールの音を立てながら歩き出す。


「あなた、学園は楽しんでる?」

「何をいきなり」

「騎士候補生のあの三人、いい子じゃない。あなたはどうせ誰とも付き合ってないんでしょうが、それじゃつまらないわ」


ラインは訝しげにリフィルを見る。


「ワープとも、どうせまともに付き合ってないんでしょ?」


仕方ない子、とリフィルは肩をすくめる。その幼い子どもに向けるような表情に、ラインはむっとして顔を背けた。リフィルは苦笑いをして、その艶やかな黒髪を軽く撫でる。ラインはそれを振り払い、リフィルと距離をとる。


「ワープは優しい子よ。そりゃあ騎士候補生にきっぱりとドジ呼ばわりされちゃうような子だけど。あなたは心を開かなすぎるのよ。そんなんじゃ、あの子困っちゃうわ」


ラインはリフィルを睨み付ける。深い黒の瞳は、ひどく冷たかった。


「放っておいてくれ」

「はあ、困った子ね、ほんと」


リフィルはため息をつき、諦めたように首を振る。

しばらく歩いて行くうちに、夕暮れの空の下、ぽつんと小さな灯りのついた可愛らしい小屋を見つけた。ガラス作りの温室だ。中には、いかにも楽しそうな人影が見えた。


「あら……」


リフィルは心惹かれ、そっと温室を覗いた。

テーブルを囲んで、ワープたちとふたりの騎士が談笑している。


「ふたりとも、覚えておきなさいよ」


そうは言いつつも、リフィルの顔は明るい。


アナは微笑みながらみんなのために紅茶のおかわりを注ぎ、ワープがすまなそうにそれを受けている。リーンハルトがそんなワープをからかうように言葉をかけ、ワープはぱっと顔を赤らめた。ツルハはケットとなにやら談義をしている。彼女にしては珍しく、熱が入っているらしい。お互いにいきいきと目を輝かせている。

そんな様子を温室の花ばなが飾り立てている。


この光景が、リフィルの心を捕らえた。まるで一枚の風景画のようだ。その美しさにしばらく見惚れたあと、リフィルは温室の中に足を踏み入れた。


「あなたたち!!」

「リフィルさま!?」


ツルハがあわてたように立ち上がる。


「申し訳ありません!!あの、これはですね、」

「いいわよ謝らなくて。どうせリーンハルトがそそのかしたんでしょう」


リフィルは少し厳しく、のんびりと紅茶に口をつけるリーンハルトを見た。


「流石リフィル様。鋭いですねー」


するとケットが進み出て、完璧な動きで低頭する。


「お二人をお誘いしたのは俺なのです。申し訳ございません」

「あら」


リフィルは仕方ないわね、と笑い、ケットに頭を上げさせる。


「別にいいわよ。それにしてもあなたたち、随分楽しそうだったじゃない?」

「リフィルさまもどうですか。紅茶とお菓子、まだありますから」


アナがにこやかに勧める。リフィルは大きく頷いた。

「その誘いを待っていたのよ。もちろん、いただくわ」


リフィルが嬉しそうにテーブルについたとき、ラインは身を翻して温室を後にした。その姿を見つけたのはワープで、アナに一言いってクッキーを分けてもらい、すぐにその後を追った。


小皿を持って温室を飛び出して行く弟子を見て、リフィルは密かに微笑む。


もうじき日が暮れる。半分の空は赤く、もう片方は藍色だ。前方を行くラインの姿を認めたワープは、あわてて呼び止めた。


「ラインさま!!」


ラインは振り向く。ワープは息を切らして追い付くと、小皿に乗ったクッキーを彼に勧めた。


「これ、どうぞ」


荒れた息を落ち着かせ、ワープは言う。


「アナのお手製です。とても美味しいですよ」


ラインはクッキーを眺め、ひとつつまんだ。


「……ありがとう」


ワープはほっとして笑う。


「いいえ。作ってくださったのはアナですから。クッキー、お好きですか?」

「普通、だ」


ラインはクッキーをかじり、ぼんやりと薄暗い空を見上げた。

ワープもつられて空を見上げ、瞬き始めた星を指し示す。


「あら。一番星でしょうか」


ラインはワープの示す先を見つめる。一段と輝く大きな星は、まるで灯台のように光の筋を伸ばしていた。

暗くなっていく空を見つめていると、不意にラインが言う。


「お前は打たれ弱いと、セイルが言っていた」


ワープは目を丸くしてラインを見た。


「校長先生と、そのような話をしていたのですか?」

「ああ」


気恥ずかしさに、ワープは頬を染める。


「私、打たれ弱いでしょうか」

「端から見てそう思うんだろう。だが、お前は打たれ弱い割にそれを表に出さない」


ラインはいつになく穏やかな目をワープに向ける。


「以前お前は、時計塔の裏で泣いていたな」

「あ……はい」

「あの時から、少しは変わったようだ」


その言葉に、ワープは戸惑いながらも笑顔をこぼした。


「ラインさまのおかげです。祈りの巫女は泣いてはならないと、言って頂いたからです」


だから、涙を我慢する大切さがわかった。


ラインは黙ってワープを見つめ、驚いたことに、少し、ほんの少しだけ、微笑みを浮かべた。

思ってもみない彼の笑顔に、ワープは言葉を失う。


「泣かないのはいいが、巫女といっても人だ。たまには気を楽にするんだな」


ラインはそう言い、歩き去っていく。

ワープは感謝を込めてその後ろ姿を見送った。




その夜、入浴を済ませて自室に戻ったワープは、あまりの疲れにベッドに倒れこんだ。ぽふっと優しい布団に包まれると、何とも言えない安心感が押し寄せる。


(今日は、疲れました)


その時、コンコンとドアがノックされる。


「はい。どなたですか?」

「ルルです」


あどけない少女の声。ワープは喜んで彼女を迎え入れた。

ルルは寝間着に身を包み、大きなぬいぐるみを抱いている。とてとてとした足取りでベッドまで来ると、ワープの隣に腰かけた。


「今日はお出かけご苦労様でした」

「いえ……あの、私何も出来なくて」


しょんぼりと首を垂れるワープ。ルルはそんなワープを見つめ、ぬいぐるみと目を合わせさせた。


「……ゲンキダシテ、ワープサン」

「へ……?」


ワープがびっくりして目を丸くすると、ルルは気まずそうに目をそらした。


「いえ……私は元気づけの方法をよく知らないので、かわりにステファニーに喋らせたのですが。……全然、つまらないですね」


ワープはルルを見つめ、くすりと笑みを漏らした。


「そんなことありません。ありがとうございます」


ルルは黙ってワープを見つめ、それから照れくさそうにステファニーで顔を隠した。こうしていると本当に年相応の少女に見えるのだが。普段の彼女があまりに大人びているので、何だかおかしな感じがする。


「ワープさんが傷ついているのではとエルミタージュ校長がおっしゃっていました。今日は、あまり良い成果が出なかったようですね」

「はい……。私は、人びとに拒まれてしまいました」


空腹に震える人びとに、一杯のスープを与えることすら、自分には出来なかった。


「私は無力でした」

「私はそうは思いません」


ワープは驚いてルルを見た。人形のようにきれいな瞳が、静かにこちらを見つめている。


「祈りの巫女の務めは、人びとの幸せを神に祈ることでしょう。そして良い巫女であるために努力すること。ワープさんはどちらも完璧にこなしているように思えます」

「え……」

「結果がついてきているかは別として。努力という点では、評価されていいはずです」


淡々とそんなことを言うルル。ワープは思わず、彼女の手を取っていた。


「私、大丈夫でしょうか!?」


ルルが目を丸くする。


「きちんと努力、できていますでしょうか!?」


ワープにとって、努力は必要不可欠なもの。元々持ち合わせている力量が少ないのだから、努力するしかない。それが間違った方向に向いていないか、不安だったのだ。

ルルは何てことないといった口調で、保証してくれた。


「ワープさんはあのナイゼル先生の個人補習に耐えているのです。自信を持っていいです」

「わ、私、もっと頑張ります!!」


ワープは強くルルの手を握る。


「もっと頑張って、いつか私の願いを、人びとを救いたいという思いを、皆さまに理解していただきたいのです」


一生懸命にそう言ったワープに、ルルは驚いたようだった。けれどすぐ納得したように頷き、忠告を与えてくれた。


「ではまず学園に馴染むことです。生徒たちの心を惹き付けられないで、全国民に理解してもらうのは不可能です」

「はいっ」


ありがとうございます!!と頭を下げるワープに、ルルはまるで指導者か何かのように励ますような眼差しを向けた。




「くだらない」


ワープは暗闇の中にいた。その闇はどこまでも続き、深くまでのみ込もうとワープの体を巻き込んで放さない。


そこで語りかけてくるのは、フロウの声。仮面をかぶったような、不自然に陽気な声。


「これでわかっただろう?巫女の施しなんて、誰も喜ばないんだ」


闇の中を落ちていくワープを、無数の手が掴もうとする。ワープは恐怖に襲われた。


「祈りの巫女など、無意味」


ワープの腕を、足を、闇から伸びた手が掴まえる。


「目障りだ」


牙を持った巨大な手が、ワープを握りつぶそうと伸びてくる。


「国のために、消えろ」



「……!!」


朝。

白い光が、カーテンの隙間から射し込んでいる。

自分はやわらかい布団の上。ここは、自室。


「……夢」


恐ろしい夢だった。額には汗の粒が並び、寝間着はじんわりと濡れている。

ワープは長いため息をついた。


(負けません)


私は、次期祈りの巫女として生きてきました。その身である私が屈したら、私を支えてくださる皆さまに、無礼です。


(絶対に、負けません!!)

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