行動
事件の日の次の休日。
ワープは「世界を救う」第一歩として、行動を起こそうとしていた。
巫女衣装をたくしあげ、気合い充分に温室に向かう。セイル、ケット、アナの三人は、すでに温室の前で待っていた。
「おはようワープ」
「お、気合い入ってんな?」
ワープが考えた世界を救うための行動とは、スラム街に出て人々にスープを振る舞うというものだった。
至極単純な考えだが、貧しい人々にとっては一番必要な贈り物に違いない。ワープは次期巫女として、今度は瞳の色をごまかさず、街へ繰り出すつもりだった。エルミタージュに相談したところ、それだけは反対されたのだが、ひとつの条件を呑むことでやっと了承を得た。
「おはようございます。……あら?」
校門を抜ける人影がみっつ。ひとりをふたりが守るような形で歩いてくる。
「あれが……」
セイルたちにも、少し緊張の色が伺える。
エルミタージュが出した条件。それは、優秀な候補生としてセイルたち三人の他、現祈りの巫女リフィルと、彼女の騎士たちを同行させることだった。リフィルは祈りの巫女としてワープと共に人々に尽くすため、そして巫女の騎士たちは候補生たちと共に護衛をするためである。
なんとも頼もしい助っ人に、ワープは胸を踊らせた。スープ作りはリフィルに教われるし、巫女の騎士が居てくれればエルミタージュの不安も和らぐだろう。
中庭を横切る巫女と騎士たちの姿は、気高かった。髪を風になびかせながら、美しく、堂々と歩いてくる。
彼らはワープたちの目の前で立ち止まった。リフィルが心配そうにワープの手を取る。
「ワープ!!大丈夫なの?貴女が襲われたって聞いて心配で心配で」
学園に来てまだ一ヶ月も経っていないというのに、随分久しぶりにリフィルに会う気がする。嬉しい再会に、ワープも優しくリフィルの手を握り返した。
「私は大丈夫です。皆さんに助けていただきましたから」
リフィルは騎士候補生たちを見回し、感謝を込めて頷きかけた。
「ありがとう、貴方たち。評判に違わない頼もしさだわ」
それから何か違和感を覚えたように顔色を変える。けれどそれをワープたちに気づかせないほど素早く元に戻すと、穏やかに両脇に控える騎士たちを前に出させた。
日の光に輝く長い髪に、静かで深い青の瞳を持った女性と、艶やかな金髪を肩口で乱暴に切り、緑の瞳を、どこかいたずらっぽく光らせた青年。ふたりともかなり若く、まだ十代に見える。だが、彼らこそが、祈りの巫女リフィルを守護する巫女の騎士なのである。
騎士候補生たちは、無意識のうちに身構えていた。
ふたりは穏やかな表情をしていたが、その内に秘められた力はとても隠しきれていない。並の人間なら、すぐに気圧され、逃げ出したくもなっただろう。
それをしなかったのは候補生たちの力量と言えるだろうが、それでも知らぬ間に身を固めたのは、やはりふたりの放つ言い表し難い力を感じ取ったからだった。
ワープはふたりに微笑みかける。彼らはあくまでリフィルの騎士。直接の関係がないワープが彼らに会うのは、ずいぶんと久しぶりだった。
「お久しぶりです。ツルハさま、リーンハルトさま」
ツルハと呼ばれた女性は丁寧に洗練された動きで、リーンハルトと呼ばれた男性は気だるそうにのんびりとお辞儀した。
「お久しぶりでございます、ワープ嬢」
「久しぶり。今回は災難だったね」
まったく正反対の口調で言われ、ワープは苦笑する。
このふたりは王国中から力量を認められた騎士ではあるが、見た目はあまりそう見えない。
若々しく美しい顔立ち、そして、それぞれ別物ではあるが、顔立ちに見あった若い性質を持つ彼らは、実に個性的であった。
ツルハ・レナーディアは勤勉で実直。自らの務めを果たすことを第一に考える真面目な性格で、例えリフィルの力を疑う国民がいようと、彼女の力を疑問視する者はいないとされる。
対してリーンハルト・セルフィの性質は奔放そのもの。真面目に仕事をしていたかと思えば次の瞬間には面倒くさがって怠けている。リフィルに忠実ではあるものの、何を考えているのかわからない彼は、ツルハに小言を言われてばかりいる。
そんなふたりは候補生たちに目を移し、自分たちと同じ道を歩むであろう後輩に、懐かしげな表情を向けた。
「貴方たちがワープ嬢の騎士候補生だな?私はツルハ・レナーディア。よろしく」
ツルハのきびきびした挨拶に、候補生たちは各々丁寧に返す。
「貴方たちには一度会ってみたいと思っていた。エルミタージュ殿からは貴方たちの力を私の目線で見極めて欲しいと言われている。もちろん遠慮なく品定めするから、そのつもりで」
「こちらこそお目にかかることができ光栄です。我々としても全力を懸けてワープの護衛をするつもりですので、ご心配なく」
ケットがいつになく高圧的に返事をする。対抗意識を持った目で見返され、ツルハはまるで幼子をたしなめるような笑みを浮かべた。
その様子を見ていたリーンハルトがおかしそうにふたりを遮った。
「ツルハちゃん、かわいい後輩を刺激しちゃあいけないだろう。ま、今回は楽しく仲を深めようじゃないか。それこそ、リフィルさまが望んでいる通りに」
そこで視線を向けられたリフィルは、呆れたように肩をすくめた。
「貴方はいつも呑気なものだわ、リーンハルト。貴方がそんなんじゃ、この子たちが危機感を失うじゃない」
リーンハルトは微笑んだ。
「ツルハちゃんに食ってかかるなんて、俺より頼りになる証拠です。心配ないでしょう」
候補生たちの顔に驚きが広がっていく。
巫女の騎士にはこういう人物もいるのかと。厳しい鍛練と広い知識を必要とする狭き門をくぐり抜けた人物が、このような性格であったとは。
常に笑顔と好奇心を失わないアナが、楽しそうに言った。
「巫女の騎士さんって、すごく素敵だね」
セイルが低い声で返す。
「素敵ってか……不敵だな」
それを聞き取ったツルハが、咎めるようにふたりを見た。
「リーンハルトは素敵でも不敵でもない。こいつはただの能無しだ。騙されるな」
「ありゃ、酷いこと言うねーツルハちゃん」
「黙らないとその舌を引きちぎるぞリーンハルト」
リフィルが見かねてふたりの間に身を割り込ませる。
「やめなさい。後輩の前で恥ずかしい」
ツルハは気まずそうに身を引いたが、リーンハルトは相変わらずいたずらっぽい表情を浮かべている。リフィルはため息をついてリーンハルトの耳を引っ張った。
「ばかばかしいことをしないでくれない?あたしたちはエルミタージュに挨拶しに行くから、ワープをよろしく、貴方たち」
候補生たちにそう言うと、リフィルは高いヒールの音を立てながらふたりの騎士を引っ張って行く。
残されたワープたちは、思わず息をついていた。
「なんと言うか……強烈だな」
セイルが苦々しげに感想を漏らす。我が意を得たりとばかりに、ケットとアナも頷いた。
「しかし恐るべき力を持っているのは確かだ」
「なんかさ、あの巫女さまにしてあの騎士さんありって感じだね。うん、面白い人たちだねー」
彼らにとって巫女の騎士に会うことは一種の夢とも言えるものだっただろう。それがこんな形では、脱力するのも無理はない。
けれど不満感などおくびにも表情に出さず、彼らは明るくワープに言った。
「ワープ、あいつらがどんなに優秀な騎士でも、お前の騎士は俺たちだ。忘れんなよ。
仮にも王国屈指の力を持つ自らの目標を「あいつら」呼ばわりするセイル。けれどワープは咎めることはせず、微笑んで頷いた。身分のことを気にする性分ではないし、彼の台詞が嬉しかったのだ。
「ありがとうございます。もちろん、私はあなたたちを信頼させていただいております」
「そう聞いて安心した。まあお前は俺たちに頼って、のんびりねこさんでいれば良いのだ」
ケットがさも当然といった口調で言うので、ワープは笑ってしまう。彼はこの頃照れもせずにねこさん言葉を使うようになった気がする。それはワープとアナの喜びの種だった。
「とにかく、今日は特別な日になるだろうねー。ワープ、頑張ろうね」
「は、はいっ」




