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神の吹かせる風  作者: わた
25/92

事件その後

真っ黒な夜空には所々藍色の雲がかかっている。月の光は薄い雲越しでもまばゆくて、夜の世界をぼんやりと明るくしてくれた。


もうすぐ消灯時間だ。今日も変わらずナイゼルの鋭い目が光っていることだろう。


昼間の事件により夕食が遅れていたワープは、送ると言って譲らない三人に連れられ、寮へと急いでいた。


「すみません、遅いのに……」


遅いのに、という言葉には、様々な意味がある。

まず消灯時間が近いこと。それからワープの食べるスピードが遅く、こんな時間になったこと。そして、急ぎたいのは山々だが、足が遅いので三人をどうしてもワープの速さに付き合わせてしまうこと。 情けなく申し訳ない気持ちでまた落ち込んでしまうワープに、三人は苦笑を漏らす。


「お前、本当にバカだな」


セイルが代表して言ったこの言葉に、あとのふたりも深く頷く。


「う……」


そのとき、ふとアナが足を止める。


「ね、あれ……」


彼が指差す先には、背の高い一本の木。そしてその枝の上に、夜空に紛れ込む黒い人影。


「ラインじゃない?」

「え?」


枝に乗り、幹に寄りかかるようにして寝ているのは、確かにラインだった。

アナは楽しそうに木まで駆け寄り、彼に声をかける。


「ライン。何してるの?」


ワープたちも木の下まで行く。寝ているのかと思いきや、ラインはすぐに目を開けてこちらを見下ろした。


「昼寝」

「……もう夜だが」


ケットの冷静な指摘を意にも介さず、ラインはマイペースにあくびなどする。


「もうすぐ消灯時間だよ。寮に戻らなくていいの?」

「別に……普段から部屋は使っていない」


無愛想に顔を背けながら答えるライン。


「あの、ナイゼル先生に怒られませんか?」


ワープがおどおどと尋ねたとき、彼は初めてこちらを向いた。


「見つからないところで寝てる」


当然、といった顔でしれっと言うラインに、ワープはもう何も言えず縮こまる。

そのとき、アナが明るく提案した。


「じゃあライン。ワープを寮まで送ってあげて」


驚いたのはアナ以外の全員だった。


ワープはやめてくださいと叫びたかった。なんだかいつも申し訳ないことばかりしてしまっているラインに、これ以上迷惑をかけるのが怖いのだ。


「……なんで俺が」

「いいじゃない。どうせ寮に戻らないなら」


にこにこ顔のアナに、流石のラインもペースを崩され苦い顔をする。


「お前たちの預かりものだろう、そいつは」

「預かりもの?違う違う。ワープは僕らの友だちだよ。ラインだって、ワープの友達でしょう?」


(友達……)


ラインは深くため息をつく。呆れたような悲しいような、複雑な顔つきをしていた。 セイルがワープの肩に手を回し、確固たる口調で言い張る。


「いーや。……確かにお前はこいつを助けてくれた。実力も認める。だがおれはお前にこいつを託したいと思わないね。騎士候補生の義務としてではなく、本当にお前が、こいつ自身を守りたがってるのか、おれには見極められない」


意地を張るようにラインを見据えるセイル。困惑するワープを尻目に、ラインは淡々と


「賢明だと思うよ」


その返事に、ケットまでもが食って掛かった。


「それは、本当にワープを守りたいと思っていないということか?ならば聞き捨てならない。俺は騎士候補生として、友人として。ワープを守る気のない者を候補生と認めるわけにはいかない」


真剣なまなざしでラインを見つめるケット。その言葉に胸打たれたワープは、言葉を発せられないまま立ち尽くす。


ラインはめんどくさそうに頭を掻く。


「俺は、真実はどうあれ。俺のことを信じられない気持ちはわかると言ったんだ」


ワープは咄嗟に、


「わ、私はラインさまを信じますよ!!」


と叫んでいた。


とたんに視線を浴び、ワープははっとしてまた縮こまる。


「あの、ラインさまは必ず私を助けてくださりましたし、これで信じなかったら私は恩知らずです。ですから、あの、私はラインさまを信じています」


もじもじしながらなんとか言い切る。ラインの目が、驚きに見開かれた。


アナがセイルとケットに笑顔を向ける。


「ほら、巫女様本人がこう言ってるんだよ。妬いてないで、僕らはナイゼル先生が来ないうちに寮に戻ろう」

「妬いてないでって、おいアナ、おれはなあ」


不服そうに抗議しようとするセイルを、アナは微笑んだまま制す。


「いいから。どうせラインは外で過ごすんだからかまわないでしょ?」


ラインは嫌そうな目をアナに向けるが、断る理由もないらしい。ついに小さいため息をついて、了承した。


「そういうことなら」

「すみません……」


友だちだから、と厚意で付き合ってくれるセイルたち三人と違い、無理やり送り役を押しつけてしまうようで。申し訳なさで一杯になる。


まだ何か言いたそうなセイルとケットを促し、アナは手をふりふり去って行ってしまう。


「おやすみ、ワープ。ライン、またね」


無情にも遠ざかっていく三人の姿を、ワープは内心涙ぐみながら見送る。


しばらくの沈黙。


ワープは気まずさに耐えきれず、


「あの、すみません……」


謝ることしかできない。

ラインは静かな目でワープを見たが、どうでもよさげにまた目をそらしてしまう。


「別にいい。さっさと行こう」


言葉通りスタスタと行ってしまうライン。ワープもあわてて後を追う。


寮までの道を、一言も言葉を交わさずに歩いていく。ワープが息の詰まる思いに耐えかねていると、不意にラインが尋ねてきた。


「お前は本当に、俺を信じるか?」


ワープは驚いて彼を見たが、その表情はうかがえなかった。ただ、後頭部でまとめられたつややかな黒髪が、さらさらと風で揺れている。


ワープは顔色を変えず、自分でも驚くほど冷静に、すんなりと答えた。


「私はあなたを信じます」


風がにわかに強くなった。


ラインが振り向く。深い黒の瞳が、月の光で輝いていた。


「どんなことがあろうと?」


ラインは試すような目つきでワープを見つめる。紅色の瞳と黒の瞳が長いことお互いに据えられた。やがてワープが静かに答える。


「それは……わかりません」


ラインの瞳が揺れる。


「私は、あなたのことを知らないのです。まだ全然知らないのです。もしあなたが私に刃を向けたとしたら、それでもあなたを信じられると、私は自信を持って言えません」

「それでも、今は、俺を信じると言うのか?」


ワープは頷いた。


「あなたに襲われたとしたらわかりませんと申しましたけど……あなたはそんなことをするひとではないと信じています」

「…………」


何か考えるような顔をするラインに、笑いかける。


「あなたは命の恩人ですから」


そう言った瞬間、ラインの目がひどく傷ついたように見開かれた。

何かまずいことを言ったかと、ワープは伺うようにラインを見た。


「あの……何かお気にさわりましたか?」

「……いや」


ラインは辛そうに息を吐くと、少し落ち着いてまた元の表情に戻る。


「お前は、神落としの頭が……フロウが、俺の名を知っていたのを疑問に思わなかったか?」

「え……」


ワープはきょとんとする。

そうだ。いつの間にか忘れてしまっていたが、確かに不思議だった。


「そうですね。不思議です」


今気づいた、と言わんばかりの返事に、ラインは笑いをこらえるような変な顔をする。


「理由を聞かないのか?」

「えっと……その、聞きたいです。けど」


なんだか気が引けるのだ。ラインはもしかして、神落としとの関係なんて話したくないのではないか。


困ったワープが曖昧に返事をごまかしていると、ラインは呆れたように肩をすくめた。


「聞きたいなら聞けばいい。俺は仮にもお前の騎士候補生なんだ」

「う……。その、私、身分がどうとか、あまり得意でなくて」

「……やっぱり巫女に向かないな、お前」


心底嘆くように言われ、ワープはうなだれる。


「すみません……」


そこでラインは表情を緩めた。


「まあ聞かないならいい」

「う、あの……。聞きたいです。教えてください」


観念して尋ねるワープ。


ラインは眉を上げ、仕方なさそうに口を開いた。けれど、すぐに機嫌悪そうにつぐんでしまう。


「……うるさいから今はやめておく」


その意味はすぐにわかった。


「お前たち!!消灯時間はとっくに過ぎているんだ!!早く寮に戻りなさい!!」


ナイゼルの怒声が背後から飛んでくる。


どうやらゆっくり話している暇はないらしい。捕まる前に、急いで寮に戻った方がよさそうだ。


「あの、ラインさま、今度教えてくださいな」


今聞けないのは残念だが、仕方がない。


「……気が向いていたら」


つれない返事をしてから、ラインは苛立たしげにワープをせかす。


「ほら、さっさと行くぞ」

「は、はいっ」


風は少し弱くなっていた。雲は流れ、半分欠けた月がぽっかりと顔を出していた。

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