事件5
神落としの一員たちは、エルミタージュの手配した警備団に連れられて行った。
完璧な敬礼と挨拶をして警備団が去っていくと、エルミタージュはワープの前に跪いた。
「学園内の安全を確保できなかったのは、私の失態です。申し訳ありません」
長い銀髪が地面に付くまで頭を下げられ、ワープはあわてる。
「いいえっ!!そんな、謝らないでください」
「しかしこれではリフィルに顔向けできません」
「と、とにかく立ってくださいな」
必死にエルミタージュの手を引っ張って立たせる。
「みなさんが助けてくださいました。私は無事ですから」
そう言って微笑むと、エルミタージュは少し安心したように騎士候補生たちを見回した。
「そうですか……君たちは、本当に優秀な騎士候補生です」
エルミタージュはひとり離れたところで腕を組んでいるラインに目をとめ、優しく笑った。
それからセイルたちに労うような視線を向ける。
「少しお話ししたいことがあります。君たち、校長室に来てくれませんか?」
騎士候補生たちが校長室で話し合いをしている間、ワープはナターシャと共に廊下で待っていた。
ナターシャは泣き止んでいたが、目は真っ赤に腫れていて、なお自分を責めるように苦しそうな顔をしている。
ワープは彼女の手をとり、安心させるように頷きかけた。それを見てせきが切れたのか、ナターシャは再び泣き出してしまう。
「ごめんなさい……ワープさん。すべて私のせいです」
ワープは首を振る。
「あなたは知らなかったのです。セイルたちを呼んでくれたこと、感謝します」
「違うんです!!私は、あなたを助けようとなんてしてなかった。偶然なんです」
ナターシャは、まずラインにワープの居どころを尋ねられ、答えられなかったこと。林の前でワープを解放しようかしまいか悩んでいるところに、セイルたちがやって来て、同じようにワープの居どころを尋ねられたこと。たまらず教えたところ、あのような現場に遭遇したことを話した。
「私の通う特別クラスでは、ミシェール・エアネースという生徒が絶大な権力を握っているんです。彼女は騎士候補生と親しくしたがっていて……簡単な話、あなたを妬んだんですわ。それで、あなたを閉じ込めている間に、騎士候補生のあなたに対する評価を落とそうとしたんですの」
結局、大失敗でしたけど、と、ナターシャは自嘲するように言う。
「ラインさんに言われました。私は、次期巫女の身の重さをわかっていないと。只の嫌がらせが、こんな事態になるなんて。私が愚かでしたわ」
「ナターシャさま……」
「ワープさん。あなた、私を怒らないんですか?私はあなたを騙した挙げ句、神落としのアジトに追い込んだんですよ」
これなら怒鳴り付けられた方がましだと言いたげなナターシャ。けれどもワープは、穏やかに首を振る。
「怒りません。あなたはしたくてやった訳ではないのでしょう?怒るとしたら、神落とし相手にされるがままだった無力な私にです」
ナターシャは驚きに目を見開いた。それから、ふふっと小さく笑う。
「あなたは、変わったひとですね」
「そうでしょうか?」
ワープは、フロウの言葉を思い出していた。
祈りの巫女が、どうしたら世界を救えるのか。
「それに、今回の事件で私は学ぶことができました」
「え?」
「私は無力です。確かに巫女が祈るだけでは、できないことがあります」
苦しむ人々を救うためには、行動しなくてはならない。
ワープは強い決意をしていた。
その夜、ナターシャはミシェールを初めとする特別クラスの生徒たちに呼び出され、校舎裏に来ていた。
「神落としの件、聞きましたわ」
ナターシャは期待を込めてミシェールを見た。これで彼女もワープへ嫌がらせしようなんて、考えなくなると。
しかし、この貴族令嬢の常識はずれさは、ナターシャの想像の遥か上を行っていた。
「けれど作戦の失敗は失敗。どんな経緯があったにせよ。騎士候補生さま方は結局あの子に入れ込んだままですわ。どうしてくれるんですの?」
「な……」
流石に絶句するナターシャに、ミシェールは尚も続ける。
「エアネース家の力を持ってすれば、あなたのご実家なんてすぐ失脚させられますのよ。わかっているのかしら?」
「……ミシェールさま」
ナターシャはミシェールを見据える。彼女が今まで見せたことのない反抗的な目に、ミシェールは怯む。
「な、なんですの?」
「ワープさんは危うく殺されるところだったんですよ。この先国の象徴となる次期巫女の身が。第一に、何の罪もない女の子が!!それがわからないんですか」
ナターシャは冷たく言い放った。
「家は関係ありません。私はもうあなたなんか恐れません」
くるっと振り向き、わなわなと震えるミシェールを取り残して、ナターシャはそのまま歩き去っていった。
食堂ですぱげってぃを食べながら、ワープはある違和感を感じていた。
周囲の生徒の視線が気になる。それはいつものことだが、今までのように冷たい無遠慮なものでなく、なんだかこちらに気を遣っているような感じがするのだ。
「あの、みなさんどうされたのでしょう」
向かいに座るアナに尋ねると、彼は相変わらずの笑顔で
「別にどうもしないよ。ワープが可愛いから見てるんだ」
「かわっ……!?」
セイルがアナの頭を叩く。
「違ぇよ」
「ちがっ……!?」
「皆ワープのことを見直したのだ。次期巫女の存在の大きさを、今回の事件が示してくれたからな」
ケットが落ち着き払って言う。
「どんなにドジでバカやってても、お前はこの国にとって重要な次期巫女様ってわけだ。よかったな」
からかうようにセイルに言われ、ワープは困惑する。
「喜んでよいのでしょうか……?」
自らの力でなく、命を狙われて初めて見直されるなんて。
「いいんだよ。とりあえずみんなお前に一目置くようになったんだ。前進だろ」
「そ、そうですかっ」
複雑な思いではあったが、嬉しいことは嬉しい。ワープは頬を染め、胸を弾ませながらすぱげってぃをフォークに巻く。
「みなさん、校長先生とはどのような話をしていたのですか?」
「まずは今日の礼。それから、今後は今までよりお前の警護を強めて欲しいってよ」
「校長も大分ショックだったんだろうね。なんか余裕がない感じだったよ」
ワープはしゅんとうなだれる。
「すみません……」
すると、ケットが励ますように肩を叩いてくれた。この人は顔は怖いけれど、こういった優しさは誰よりもあるのでは、と、ワープは常々思わせられる。
「君が気にすることではない。元々俺たちの務めが君を守ることなのだ。それが今回のようになっては、責められるべきは俺たちだ」
「えっ!!いいえ、そのようなことはありませんっ」
あわてて否定するが、セイルやアナまで申し訳なさそうな顔をするのを見て、ワープはうっと息を詰める。
「あの、そうではないのです」
ワープは気持ちを落ち着け、穏やかに切り出した。
「私、思ったのです。フロウさま……あの、神落としのお頭さまです。彼に言われました。祈りの巫女は、世界を救えないと」
ここで三人共何か言いたそうに口を開いたが、結局はワープの言葉を待って黙っていた。
「確かにそうです。神様に祈るだけでは、今すぐにパンが欲しい人のお腹を満たしてあげられません。そこで、私、考えました」
ワープは瞳を輝かせて三人を見た。
そして、「世界を救う」第一歩としての作戦を、ワープにしては珍しく、自信を持って発表したのである。




