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神の吹かせる風  作者: わた
23/92

事件4

「おい」


中庭に佇んでいたナターシャは、不意にかけられた声に飛び上がった。


振り向いた先には、黒眼黒髪の不機嫌そうな男子生徒がいた。見覚えのない人物だ。


「なんですか?」

「ワープ・セベリアをどこへやった」


いきなり尋ねられ、ナターシャは目を丸くした。


「なぜそれを……」


人目につかないよう気を払ったはずなのに。


「あなた、誰です?」

「ライン・クロラット」


当たり前のように答えられた名前に、ナターシャは驚く。


ライン・クロラット。

騎士候補生のひとりであるその名前を、ナターシャは知っていた。謎に包まれた黒づくめの生徒について、一時期女子生徒の噂の種になったこともある。


しかし実際目にするのは初めてである。本当に居るのかどうかも怪しかった生徒を前にして、ナターシャは息をのんだ。


「ワープ・セベリアはどこだ」

「それは……」


深い黒の瞳に見すくめられ、誤魔化すことは不可能だと悟ったナターシャは、


「仕方なかったんです。ミシェールさまには逆らえないんです。ワープさんをどこかに閉じ込めておけって……私だって、こんなことしたくなかった。ワープさんには申し訳ないけれど……逆らったら、どんな目に逢うか」


長い睫毛に縁取られた目に涙を浮かべる。


そう。本当に、こんなことはしたくなかったのだ。


ラインは静かに、


「俺は、ワープ・セベリアの居場所を訊いているんだが」

「教えられません。お願いですから、もう少し待ってください。ワープさんは少なくとも安全な場所にいます。もう少ししたら解放しますから、今はまだ、ミシェールさまの許しが出るまでは……」


必死に引き留めようとするナターシャを、ラインは睨むように見た。


「お前は、次期祈りの巫女の身の重さをわかっていない」

「え……?」

「居場所を言わないのなら用はない」


ひらりと身を翻し、ラインは林へと向かって行く。自分で探した方が早いと踏んだのだろう。


取り残されたナターシャは、ラインの後ろ姿を見つめ、呆然と立ち尽くした。




ミシェールは、悔しそうにこう言った。


「ナターシャという子に、ワープさんをどこかに閉じ込めておけと命じましたわ。学園内のどこかですから、安全ではあるでしょう」


だがアナは焦っていた。


学園内は安全。そうは言い切れない。実際にワープは一度、学園内で襲われている。


ミシェールを教室に残し、アナは中庭へ急いだ。中央のモニュメントに着いたとき、こちらへ向かってくるセイルとケットの姿を認めたアナはひとまずほっとする。


「よかった。うまくやったみたいだね」

「バカにしてんのか?」

「あの少女たちの嘘など、初めからわかっていた」


心外だ、と言わんばかりのふたりは、真剣なまなざしで中庭を見回す。


「早くワープかナターシャってやつを見つけねーと」

「ねぇ、あれ……」


アナが指差した先には、林の入り口に佇む茶髪の少女がいた。なにやら不安げに林を見つめ、足を踏み入れるか否か迷っているように見える。




フードの男たちはワープを乱暴に捕まえ、縄で手足を拘束した。そのまま暴れるワープを抱えるようにして2階へと運び、ひとつの部屋に放り込んだのだ。


そこは暗い照明で照らされた広い部屋で、フードをかぶった人影が囲んでいる。奥には燭台付きの座り机。そこに座っていたのは、若い青年だった。


どこか青みがかった白髪……いや、銀に近い色かもしれない。それと同じ色の瞳は楽しそうに輝き、ワープを見つめる。


「ごめんね、手荒なことをして。いや、びっくりしちゃってさあ。まさか次期祈りの巫女が、のこのこやって来るなんて」

「あなたは、誰ですか?」


怯えた目付きで青年を睨み付けるワープ。それを見て、青年はおかしそうに笑った。


「ふふふ。俺は、君を殺そうとしている組織の頭だよ」


ワープは目を丸くし、とっさに逃げ出そうとした。けれど手足を縛られているせいで思うように動けず、床に体を叩きつけてしまう。


「きゃっ!!」

「ふふふっ。大丈夫だよ、すぐに殺してしまおうなんて思ってない。君の体があれば、いろいろと便利だし」


青年は立ち上がると、床に寝るワープのもとにやって来て、しゃがみこんだ。そして、身を引こうとするワープに笑いかける。


「俺は、フロウ。少なくとも、そう呼ばれている。君は、君の口から、名前を教えてくれないかな?」


不思議な自己紹介。


「ワープ・セベリアといいます」


こんな状況でも丁寧に返すワープ。フロウは面白そうに笑うと、ワープを起こして座らせてくれた。


「うん。君はやっぱり只の娘とは違うねえ」

「あの、あなたたちはずっと、ここに潜んでいたのですか?」


人気がないとはいえ、ここは紛れもなく学園の敷地内。こんなところに神落としのアジトがあるなんて、大胆もいいところだ。


「灯台もと暗しと言うだろう。ここなら学園の情報がすぐ入ってくるからねえ。君を狙うなら絶好の場所なんだ」


笑顔で物騒なことを言うと、フロウは怯えるワープの髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。


「そんなに怖い顔しないでよー。すぐには殺さないって言ったでしょ」


フロウの顔は穏やかだが、そのなかには得体のしれない狂気が感じられた。ワープは恐怖に震え、じりじりと退く。


「それにしても嬉しいなー。どうにかして捕らえたかった君が、自分から来てくれるなんて!!」

「わ、私は捕まりに来たわけではありません」

「そう?どっちでもいいや。君さえいれば邪魔な騎士候補生にも、現巫女の騎士にだって手出しされないし。やっぱり殺さないでいてよかった」


ワープははっとする。

あのとき、自分を時計塔から突き落としたのは、フロウだったのだろうか。


「あなたは、あのときの……」

「ああ、あのときはごめんねえ。次期巫女を簡単に始末できるチャンスだったからさ。大丈夫、今は殺す気ないから」


ひらひらと手を振るフロウ。


「そういえばあのとき、黒くておっかない子に邪魔されたんだよねえ。ま、今となっては感謝しなきゃだけど」


ワープは震えながらフロウを睨み付ける。


「なぜ祈りの巫女を狙うのですか?あなたの目的はなんです」

「目的?」


フロウはくすくすと笑う。お腹を抱えて、心底楽しそうに。


「君は、祈りの巫女がこの国の象徴として何をしていると言うんだ?」

「え……?」

「ただ神に祈るだけでは何も変わらない。貧困も疫病も暴動も、神殿に引きこもってる巫女がどうやって救うっていうんだ」


フロウはそこで表情を一転させる。鋭く恐ろしい顔を向けられ、ワープは背筋が凍るような悪寒を感じた。


「俺はこんな世が間違っていると証明する。巫女がいない世界を、すべての国民に認めさせる。だから、巫女は邪魔なんだ」


ワープは怯え、それから確かな怒りを持ってフロウを見つめる。


「あなたは、リフィルさまのことを知っているのですか?」


もとのひょうきんな顔に戻って、フロウは明るく否定した。


「知らないねえ。知りたいと思わないし」

「リフィルさまは本当に国の人々のことを思って、毎日お祈りしているのです。神様と直接会話できるのは祈りの巫女だけです。巫女の存在は、決して無駄ではありません」

「けれど、国内の乱れは収まらない」


ワープは言葉に詰まる。


スラム街の光景が頭に浮かぶ。貧しさ故にぼろぼろで不衛生な暮らしに追いやられてしまった人々。あの人たちは、確かに救われているとは言えない。


「巫女は、巫女というだけで清潔な暮らしを約束される。そんな身分の人間が、どうして貧しい国民のことを理解できる?」

「……完全に理解することは、巫女としての生活をしている私たちには、できません」


フロウは意外そうに眉を上げた。


「けれど、本気で思いやり、彼らの為に行動することはできます」

「何が出来る?世間知らずでか弱い巫女さまに」


ワープは強い光を称えた瞳で、フロウを見すくめた。祈りの巫女の証である、炎のような色の瞳で。


「神様に祈ります。心からの励ましを、彼らに与えます。あたたかいスープを配ります。赤ちゃんを抱いてあげます」


そう言ったワープは、穏やかな笑みを浮かべてさえいた。


フロウはくつくつと腹を押さえ、やがて大声で笑いだした。


「あっははは!!そんなことで世界を救えるものか。まったく下らない娘だねえ君は」

「彼らには、まずそれが必要なのではないでしょうか」

「呑気なものだね、次期祈りの巫女ってのは」


フロウは壁沿いにずらりと並んだらフードの男たちのひとりに向かって、


「おしゃべりはここまでだよ。とりあえず逃げられないように、足の一本でも折っておこうか」


するとフードの男はゆらりと動きだし、ワープに向かって腕を伸ばす。


「いやっ……!!」


逃げようにも縛られているため動けないワープは、ぎゅっと目を閉じて身構えた。


そのとき、背後の扉が開く音が聞こえ、次の瞬間には男の悲鳴があがっていた。


驚いて目を開くと、そこには風に揺れる黒髪の少年。そして、その足元に崩れるフードの男。


「ラインさまっ!?」

「へぇ……」


ラインはキッとフロウを睨み付け、抜剣した。そしていきなり斬りつける。目にも止まらぬ速さだったが、フロウは楽々とそれを受け止めた。どこに持っていたのか、彼の手にはちゃんと剣が握られている。


「ライン・クロラット」


フロウの口から発せられたのは、ラインの名前。


「え……」


なぜラインの名を知っているのか。ワープが疑問に思う間もなく、フードの男たちが一斉にラインに襲いかかった。


剣と剣のぶつかり合う、激しい音。次々に降り注ぐ斬撃を、ラインは顔色ひとつ変えずに受け流していく。圧倒的な数の差にも関わらず、むしろ余裕さえ伺えるラインの様子を、ワープは目を丸くして眺めることしかできなかった。


「流石、と言えるけど。ひとりで来たのは無謀だったねえ」


くすっと笑ったフロウは、風のようにラインとの距離を詰め、剣を豪快に振り払った。

一際高い金切り音が響き、ラインの剣が宙に飛ぶ。

そのまま床に突き刺さる剣を見て、フロウはにやりと不気味な笑みを浮かべた。


「残念」


それから床にへたりこむワープの腕を取ると、無理やり立たせて引き寄せた。


「この子は返すわけにいかない。諦めるんだね」


ラインは苛立たしげにフロウを睨む。いつも仏頂面ではあったが、彼のここまで敵意を浮かべた顔は初めて見た。


「ラインさま……」


自分の無力さが悔しい。なにもできずに捕まり、その結果ラインを巻き込んでしまった。


「その小僧を始末して。邪魔な邪魔な、騎士候補生だから」


明るい中に憎しみのこもった声でフロウが命じる。フードの男たちがラインの腕を掴み、動きを封じた。


「やめてくださいっ!!ラインさま、逃げてください!!」



必死でフロウの腕から抜け出そうとするワープだが、腕も足も動かせない状態ではどうすることもできない。


ラインは男たちの足をしたたかに蹴りつけ、拘束を解いた。そのまま剣を拾い、飛び退いて距離を取る。


ひとまずほっとしたワープだが、危険な状況に変わりはない。


「ラインさま……」


不安げにラインの名を呼ぶワープに、フロウがおかしそうに語りかける。


「あの子が心配なの?」


ワープはフロウを睨み付けた。


「どうしてこんなことをするのですか。私さえ捕まえればよいのでしょう?」

「そうだねえ。確かに君さえ居れば、今ここであの子を殺さなくてもいいねえ」


フロウは呑気な口調でそんなことを言う。けれどその目は、底知れない恐怖を感じさせた。


「でもね、これは個人的に。俺がライン・クロラットを消してしまいたいんだよ」


背筋を凍らせるような視線を向けられ、ワープは固まる。


この人は、ラインを憎んでいる。心の底から。


一体ラインは何者なのか。神落としの頭と、どういう関わりがあるのか。


けれどそんな疑問は、どうだってよかった。今、自分を助けようとしてくれる人が危ない。それは事実なのだ。


ラインはフードの男たちを相手に軽やかに戦っているが、やはり多勢に無勢である。次第に疲れが見え始める。


ワープはたまらなくなって、目に涙を浮かべる。泣いてはいけないなんて考える余裕はなかった。


「助けてください……っ。ラインさまを、殺さないでください」

「ふふふ。ほら、祈るだけでは何の力にもならないだろう?」


冷たく言い放たれた言葉。


ワープは力なく頭を垂れる。その耳に、聞き慣れた声がすべりこんだ。


「いいや。そうとも限らねえな」


瞬間、ラインを取り囲んでいた男たちに、ひとつの影が飛びかかる。不意を突かれた相手は、短い打撃音の後、次々と倒れていく。


ワープが呆気に取られていると、今度はフロウに剣撃が降りかかった。まったくの不意打ちを軽々と受け止め、フロウは襲撃者に微笑みかける。


「やあ。今日はお客さんが多いなあ」

「心配ない、すぐに帰る。ワープを取り返した後でな」


そう言って不敵に笑った人物に、ワープは驚きと安堵を覚えた。


「……ケット!!」

「おい、俺を忘れんなよ」


先陣を切ってラインを助けに向かったセイルが、不服そうに怒鳴る。その後ろで、彼が仕留めそこねたフードの男の残党が、剣を振りかぶっていた。


「まあまあ。怒らないで、セイル」


この場にそぐわない穏やかな声がして、アナが部屋に飛び込んで来た。そのままセイルを狙ったフードの男を、剣でなぎ払っていく。


「安心して、峰打ちだから」


にっこりといつもの笑顔を浮かべるアナ。その天使のような顔からは想像できない鋭い攻撃を見せられ、ワープは呆然とする。


フード男を全員のされ、フロウは感心したように口笛を吹く。


「いや、まいったねえ。騎士候補生が四人かあ、こりゃキツいかも」


楽しそうに言うと、フロウはワープを突き飛ばした。転びかけるワープを、ケットが受け止める。


「ま、今回は予定外だったし、見逃してあげる」


フロウは音も立てずに部屋を抜け、壁に手をかざす。円を描くように壁が消え、光が射し込んだ。


「じゃあね」


ひらりと手を振って、フロウは外へ飛び出した。瞬間、壁の穴は消え部屋はまた暗闇に戻る。


ふっと力が抜けてしまい、ワープはケットに寄りかかった。


「ワープ!?大丈夫か」


ケットはワープを床に座らせ、手足の縄を解いてくれた。


「すみません……私は大丈夫です」


セイルとアナもワープの元にやってくる。


「学園内に神落としのアジトがあるなんて、盲点だったな」


悔しそうに言うセイル。


「すまなかった。騎士候補生失格だ」

「そんなことありません。あの、助かりました。本当に……ありがとうございました」

「無事でよかった。ラインのおかげだね?」


アナはラインに微笑みかける。ラインは剣を収め、


「…………いや」


静かに首を振る。それから深い黒の瞳で三人を見た。


「お前たちが来て助かった」


その言葉に、セイルが意外そうに眉をあげる。


「お前、思ったより素直だな」

「……別に」


ついと顔を背けるライン。


「やっぱりお前、可愛くねえな」


セイルが苦い顔をする。


「にしてもよくここに来れたな。長い間使われてない旧校舎だぜ?」

「えぇっ!?」


驚いたのはワープだった。

ここは図書館棟といっても旧校舎であり、自分はとことん騙されていたわけだ。

情けなさに顔を覆うワープの肩を、ケットが優しく叩く。


「ワープ。俺たちは、ある女子生徒に教えられてここに来たんだ」

「え……?」

「もういいぞ。入って来い」


ケットの声に、静かな足音が近づいてくる。やがて、ナターシャが泣きじゃくりながら部屋に入って来た。


「ごめんなさい、ごめんなさい!!私、ここが神落としのアジトになっていたなんて、知らなくて」

「ナターシャさま……」


ワープは立ち上がり、ナターシャと目を合わせた。祈りの巫女特有の紅色の瞳に見つめられ、ナターシャはたじろぐ。


「今は話はよしとけ。まずはこいつらを片付けなくちゃな」


セイルがフードの男たちを親指で示す。

確かにやるべきことがたくさんある。ひとまず外に出なければ。

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