Grimoire 15〈数〉
帝国の生産計画が共和国に伝わったのは、カルム渓谷の戦いから二週間後だった。
ガルシア大佐は報告書を会議机に置いた。
集まっていたのはハイデマンとリーゼ、それに情報部の将校が一人。
「SV-02の月産は現在二十機前後。来月から四十になる。半年後には累計で二百を超える見込みだ」
「こちらは」
ハイデマンが短く訊いた。
「ISW-02の月産は六機だ」
誰も口を開かなかった。窓の外では試験機が一機、ゆっくり周回していた。
「機体は増やせます」とリーゼが言った。「ただ乗る人間が増えません」
「搭乗員の養成には八か月かかります」
「戦車兵を転換させても同じか」
「ランナーと違って、ISW-02は癖を消した分だけ操縦が難しくなっています」
「乱数表の運用にも慣れが要ります」
大佐は腕を組んだ。この一年で白髪が増えていた。
「帝国は数で押してくる。我々が何をしても飲み込めるだけの数を揃えるつもりだろう」
「読めない相手には読む必要のない戦い方を押しつける。理屈としては正しい」
「正しいから厄介です」
リーゼは図面を一枚広げた。ISW-02の脚部断面だった。
「簡易型を作ります。スラストダンパーの重りを八本から四本に減らし」
「制御系も組み合わせを絞ります。性能は七割ほど」
「ただ生産費は半分以下になり、養成期間も三か月に縮まります」
「七割の機体に乗せられる兵は七割の確率で死ぬ」
ハイデマンの声は低かった。
「そうなります」
リーゼは目を逸らさなかった。
「ですが月産六機のまま精鋭だけを出し続ければ、いずれ全員が消耗します」
「ベック少尉のような若い人から先に」
ハイデマンは何か言いかけて口を閉じた。大佐が静かに割って入った。
「簡易型の案は預かる。結論は急がん。もう一件ある」
大佐は情報部の将校に目を向けた。将校は鞄から小さな箱を取り出し、机の中央に置いた。
「カルム渓谷で撃破したSV-02の残骸から回収した部品です。油圧系の制御弁になります」
ハイデマンが箱を引き寄せて蓋を開けた。手のひらほどの金属の塊が布に包まれている。
彼は指で表面をなぞり、側面の刻印の前で手を止めた。
「見てもらえますか」と将校が言った。
「……製造番号の体系が同じだ」
ハイデマンは刻印に顔を近づけた。
「頭の二文字と、ロットを示す桁の並び。これはクリングスの社内規格だ。外部には出していない」
「型式は帝国のものでした」
「型式は違う。だが番号の振り方は私の知っている振り方だ」
リーゼは息を詰めて二人を見ていた。クリングス重工は共和国の側に立ってPWを共同開発している。
その社内規格が、帝国の機体の中にある。
「偶然の可能性は」と大佐が訊いた。
「ないとは言えません。規格が漏れただけかもしれん」
ハイデマンは弁を布に戻した。
「ただ四年前、私たちがまだ民間警備の枠にいた頃に」
「クリングスの技術者が何人か別の発注先へ移っています。行き先は聞いていません」
大佐は長いあいだ黙っていた。
「確認が取れるまで口外するな。この部屋の四人だけだ」
「承知しました」
会議が終わり大佐と将校が出ていったあと、ハイデマンは箱を持って立ち上がった。
リーゼが何か言う前に彼は壁際の電話機の前に立っていた。
受話器を取って番号を回し、呼び出し音を数えた。
三回目で、向こうの誰かが受話器を上げる音がした。




