第二章 1話:【脈動】―― 列島共生圏(アーキペラゴ・コモンズ)の再配線 (国内の利権「血栓」の排除と、弟王へのバトンタッチ)
第二章 1話:対馬の蛇口、大連・草壁猛
邪馬台国の内部を整えるだけでは、システムは完成しない。
どれほど内部の演算を高速化しても、外部との入出力(I/O)ポートが詰まっていれば、国という名の回路はすぐに熱暴走を起こす。
阿知寝が次に狙いを定めたのは、列島の最北端、大陸との境界に浮かぶ「対馬」であった。
そこは、鉄と情報が流れ込む倭国の「蛇口」そのものである。
「ここを完全に制御下に置かなきゃ、俺たちのやってることはただの箱庭遊びで終わる」
阿知寝は、新たに組織した「数理院」の机に、日田の泥ではない「海図」を広げていた。
傍らに立つ与太彦は、不安げに眉を寄せる。
「ですが大計使様、対馬を守るのは『大連』の草壁猛殿です。磐根のような利権屋とは違います。あの方は海に生き、海を愛する真の武人だ。数理なんて理屈、鼻で笑われるのがオチですよ」
「だろうな。現場の叩き上げは、いつだって『経験』という名のキャッシュを過信しすぎる。だが、荒ぶる海流も気まぐれな風も、すべては数式で記述できる物理現象に過ぎない」
阿知寝は算木を弾き、不敵に笑った。
「草壁という男が、本当に海を守りたいなら、俺の出す『最適解』を無視できるはずがない」
数日後。
阿知寝と与太彦を乗せた船は、荒れ狂う玄界灘を越え、対馬の港へと到着した。
桟橋に降り立った彼らを待っていたのは、潮風に晒され、鋼のように鍛え上げられた巨躯の男であった。
草壁猛。
荒波を友とし、大陸の不審船を退け続けてきた、倭国の「最強の盾」である。
「……お前が、女王様を惑わしたという泥まみれの計算士か」
草壁の声は、地響きのように重かった。その背後には、彼を慕う屈強な海の男たちが、殺気にも似た視線を阿知寝に投げかけている。
「惑わしたんじゃない。設計図を書き換えただけだ。大連殿、あんたの守るこの海は、今、ひどく非効率な運用をされている」
「何だと?」
草壁の瞳に、鋭い光が宿る。阿知寝は怯むことなく、懐から一枚の木簡を取り出した。
「あんたの操船術は、経験則に頼りすぎている。俺の計算によれば、三割の燃料をドブに捨て、二割の時間を無駄な潮流との格闘に費やしている。……これを見てな。俺が導き出した、対馬と狗邪韓国を最短で繋ぐ『最適航路』の仕様書だ」
「理屈で海が渡れると思うなよ、小僧!」
草壁の一喝が飛ぶ。だが、阿知寝は算木を指先で回しながら、静かに言い返した。
「渡れるさ。俺の計算に、あんたの腕が追いつくならな。……試してみる勇気はあるか、大連殿?」
対馬の冷たい風の中で、新時代の「数」と、古き良き「武」が、真っ向から衝突した。




