6話:【衝突】―― 外圧という名の負荷テスト (大陸からの追撃と、朝鮮半島勢力との最終決戦)
第九章 6話:対馬の閃光 ── 絶対境界の通過
冬の玄界灘は、漆黒の絶壁となって阿知寝の行く手を阻んでいた。小舟が波頭に持ち上げられるたび、天空の星々が激しく揺れる。
阿知寝は西域の砂塵でひび割れた唇を噛み、水平線の一点を見据えていた。計算によれば、この先に「門」があるはずだ。
「……見えた。あれが対馬か」
闇の中から、断崖の上に瞬く一条の光が差し込んだ。それは自然の火ではない。阿知寝がかつて設計し、与太彦が磨き上げた「反射通信」の波長。それを受け取った崖の上の影が、激しく篝火を回した。
崖の上に立つ巨躯の男――草壁猛。
かつて卑弥呼の命を狙い、阿知寝の算術に敗れた男。だが今は、列島の安全を担保する最強の「ファイアウォール」として、対馬の絶対境界を死守している。
草壁が振る旗の動きを、阿知寝は脳内で即座にデコード(復号)した。
『女王、日田にあり。起動準備完了。魏の使節は博多にて足止め中。……急げ、阿知寝』
その信号を読み取った瞬間、阿知寝の全身に電流が走った。
直接言葉を交わす必要はなかった。かつての宿敵が、今は自分の持ち帰った「知」の最後の一ピースを待っている。その信頼という名のプロトコルが、冷え切った阿知寝の身体を熱くさせた。
「草壁……あんた、いい仕事をしていやがる。あとの防衛は頼みやすぜ!」
阿知寝は海上で草壁に向かって短く吠え、舵を博多へと切った。
卑弥呼はすでに日田の盆地という「中央演算装置」に篭り、この国の全ての情報を一人で繋ぎ止めている。阿知寝が持ち帰った「零」の概念がなければ、彼女の脳はオーバーヒートして燃え尽きてしまうだろう。
「待ってなせえ、女王さま。今、世界を統べる『真理』を届けに行きやす」
対馬の篝火を背に、阿知寝の船は荒れ狂う海を滑るように加速していった。目指すは与太彦の待つ博多、那の津。
大陸のノイズを振り払い、純粋な「大和」が起動するまで、あと僅かであった。




