3話:【解析】―― 構造解析のアルゴリズム (各地での技術・情報の収集。帝国の「ヒビ」の観測)
第五章:【線】 ── 構造解析のアルゴリズム
第3話:呉の音が「竜骨の線」を暴く
呉の都、建業。長江を埋め尽くす軍船の森は、邪馬台国をいつでも踏み潰せる巨大な暴力の象徴だった。
その最深部、新型楼船の建造ドックに、与太彦はいた。竹箒を握る手は、緊張で血の気が引いている。周囲を固める呉の精鋭兵たちの視線は鋭く、わずかな不審な動きも見逃さない。
(……この『竜骨』の反り、この接合密度。こいつが海に出れば、大和の舟なんざ一揉みで砕かれる……)
与太彦の目的は、呉の海洋支配の根源である「船の設計」を、倭国の防衛システムへ転送することだ。だが、図面を盗む隙はない。彼は懐の琴の弦を張り直すふりをして、指先の感覚だけで竜骨の寸法を測り、それを「音の高さ」へと変換して脳内のメモリに刻み込んでいく。
「ド……ラ……シ……。くそ、この接合部の角度、一分でも狂えば暗号が解けねぇ……」
凄まじい集中力。背中を流れる冷や汗が、床の埃を濡らす。そこへ、静かな、しかし重みのある足音が近づいた。
「掃除夫。その琴、随分と奇妙な音を奏でるな。それは調律か、それとも――『計測』か?」
諸葛瑾である。その双眸は、与太彦が箒で床に描いた「掃き跡」が、実はドック全体の配置図であることを完全に見抜いていた。
与太彦は心臓の鼓動を抑え、あえて薄笑いを浮かべて振り返る。
「へへっ、旦那。俺ぁ、この船が『悲鳴』を上げてるのが聞こえちまって。……この竜骨、あと二分ほど反りを上げなせえ。そうしねぇと、海に出た瞬間に呉の威信ごと真っ二つに折れちまう。……俺を殺す前に、その『計算』を試してみる価値はあるんじゃねぇですかい?」
死を覚悟した、エンジニアとしての挑発。諸葛瑾の背後の兵たちが一斉に剣を抜きかけるが、諸葛瑾はそれを手で制した。
「……己の命を賭けてまで、この船の『欠陥』を指摘するか。倭国の職人とは、これほどまでに狂っているのか」
「狂ってなきゃ、こんな汚ねぇ海までは来やせんよ」
与太彦は再び箒を動かした。諸葛瑾という「怪物」の監視下で、彼は一歩も引かず、音階(暗号)を脳内に焼き付け続ける。
彼が今盗んでいるのは、単なる船の形ではない。数年後の決戦において、呉の軍船を「音階一つで無力化する」ための、致命的なバグの在処であった。




