4話:【解析】―― 構造解析のアルゴリズム (各地での技術・情報の収集。帝国の「ヒビ」の観測)
第五章:【線】 ── 構造解析のアルゴリズム
第4話:離散と同期
魏の東門。朝靄の中、邪馬台国の外交団が帰還の途に就こうとしていた。
正使・難升米は、女王・卑弥呼が乗る輿の傍らで、一人の男と対峙していた。阿知寝である。彼は外交団の隊列から離れ、馬の首を西へと向けていた。
「阿知寝、本当に行くのか。ここから先は魏の加護すら届かぬ、知の暗黒大陸だぞ」
難升米の問いに、阿知寝は静かに懐から一本の重い木簡を取り出し、それを手渡した。
「難升米。これを卑弥呼様に……いや、対馬の与太彦へ届けてくだせえ。砂漠で見つけた水脈の座標と、魏の計算式の欠陥を記した『最初のパケット』でげす」
阿知寝の瞳には、もはや未練はなかった。
彼がこれから向かうのは、最短で七年、長ければ十五年はかかるであろう天竺への道。それは、邪馬台国というシステムの「演算能力」を極限まで引き上げるための、孤独な長距離遠征であった。
「……次に会う時は、この世界の理を根底から書き換える『数』を持ち帰りやす。それまで、大和のOS(国体)を維持してくだせえ」
阿知寝は馬を蹴り、砂塵の彼方へと消えていった。
一方、洛陽を離れる卑弥呼の輿の中。彼女は泥に汚れた指先を、魏の皇帝から贈られた「親魏倭王」の金印ではなく、自らが刻んだ「魏の脆弱性リスト」に這わせていた。
(阿知寝は西へ、私は東へ……。そして与太彦は呉の影へ)
三人の距離は、今この瞬間から物理的に引き離されていく。だが、彼らの脳内には、共通の「数理」という言語が流れていた。
与太彦が呉のドックで竜骨を叩く音。
阿知寝が砂漠で算木を振る震え。
卑弥呼が洛陽の腐敗を聴く静寂。
それらは、目に見えない「回線」となって大陸を縦横に走り、数年後の「覚醒」の時を待つ。
「……同期開始。これより、邪馬台国の静かなる反撃を始めましょう」
卑弥呼の呟きと共に、船団は荒れ狂う海へと漕ぎ出した。
三地点に散った「知性」が、それぞれ異なる時間を刻み、巨大なネットワークを構築し始める。これが、後に「魔術」とまで呼ばれることになる、邪馬台国エンジニアリングの真の幕開けであった。




