4話:【展開】―― 洛陽・天竺・呉、三つの実行スレッド (三手に分かれる隠密遣史。卑弥呼は帝都へ、阿知寝は西域へ、与太彦は江南へ)
第四章 第4話:技術交換のダンプ:大和OSへの蓄積
魏の「技術ライブラリ」――それは帝都洛陽の北、厳重に警備された巨大な書庫と、最新鋭の工房群であった。司馬懿の裁定により、倭国の使節団には「基礎的な工法と数理」に限り、その閲覧と学習が許可された。
だが、その門を潜る難升米たちの足取りに、妥協の二文字はない。
「これより、魏の技術体系を我が国の回路へと転送する。監視の目は厳しい。一瞬の観測を、永遠の記憶へと変換せよ」
難升米は、同行する若い技術員たちに小声で命じた。彼らは皆、阿知寝によって鍛え上げられた、驚異的な記憶容量と解析能力を持つ「生体ストレージ」たちであった。
工房内では、魏の職人たちが巨大な楼船の模型や、複雑な滑車を組み合わせた起重機の解説を行っていた。
司馬懿が配置した監視官たちは、倭人たちが必死に木簡へ筆を走らせる姿を、冷ややかな、あるいはどこか安堵した目で見守っていた。
(……所詮は、高度な知識を書き写すのが精一杯の蛮族よ。核心となる『数理の根源』までは読み取れまい)
だが、彼らは気づいていない。
使節団の列の最後尾、地味な身なりで土木現場の泥をスキャンするように見つめる卑弥呼の存在に。
卑弥呼の銀の瞳は、表面上の設計図ではなく、その背後にある「力のベクトル」と「素材の特性値」を直接読み取っていた。
(……船体の強度はこの比率で保たれている。建築の基礎は、この周期的な振動を逃がすための数式に基づいている……。司馬懿が閉じようとしている『高度な関数』、その断片が見えるわ)
卑弥呼は、断片的な情報を「大和OS」のプロトコルで再構成し、パズルのピースを埋めるように技術の全体像を復元していく。
難升米が魏の官吏を外交交渉で引き止め、注意を逸らしているその隙に、倭国の技術員たちは司馬懿が「一抹の不安」から隠したはずの、軍事転用可能な高度な構造理論までも、周辺の観測データから逆算して盗み取っていた。
「……そろそろ時間ですな、難升米殿」
背後から、低く鋭い声が響いた。司馬懿である。
彼は予定より早く現れ、倭人たちの手元を冷徹に検分した。書き写された木簡には、確かに許可された範囲の基礎的な事柄しか記されていない。
「我が国の『知』は、分不相応に持てば身を滅ぼす毒にもなる。……その点、其方らは分をわきまえているようだ」
司馬懿はわずかに口角を上げたが、その眼光は依然として、見えない通信経路を探るように鋭かった。
「過分なご配慮、痛み入ります。これらを持ち帰り、我が国の荒土を耕す一助といたします」
難升米は深く一礼した。その懐には、公式な記録には残らない、卑弥呼が「記憶(内部メモリ)」に直接ダンプした魏の最深部のソースコードが収められている。
洛陽を去る使節団。
彼らが持ち帰るのは、魏が提示した金銀財宝や数反の布ではない。
大陸という巨大なサーバーから奪い取った、次世代の倭国を構築するための「文明の設計図」そのものだった。
卑弥呼は遠ざかる洛陽の城門を振り返り、静かに微笑んだ。
(接続は終わった。……さあ、島へ帰りましょう。この『知』を、私たちの回路へ流し込むために)




