3話:【展開】―― 洛陽・天竺・呉、三つの実行スレッド (三手に分かれる隠密遣史。卑弥呼は帝都へ、阿知寝は西域へ、与太彦は江南へ)
第四章 第3話:司馬懿の検証:一抹の脆弱性
秘密会談から一夜明けた宮廷の一角。そこには、昨夜卑弥呼が提示した「呉の架橋構造図」を囲み、魏の技術官僚たちが血眼になって数理を検証する異様な光景があった。
その背後で、一人の男が微動だにせず木簡を見つめていた。太尉・司馬懿。
彼は、この帝国のあらゆる脆弱性を塞ぎ、最適化し続けてきた「最高位のシステム監査官」とも呼べる男だった。
「……信じられん。応力の逃がし方、地盤の振動への対策。我らが長年挑み、解けなかった長江の難問が、この数枚の木簡に完全に記述されている」
魏の筆頭建築官が、震える声で報告する。
司馬懿は細い目をさらに細め、難升米を射抜くような視線で見据えた。
「難升米殿。其方らの女王が差し出したこの『情報』、偽りなき真実であることは分かった。……だが、ひとつ問いたい」
司馬懿の言葉は、冷たいデバッグ・プログラムのように難升米の思考をスキャンする。
「これほどの高度な構造解析、そして呉の機密の深層にまで踏み込むハッキング……。失礼ながら、列島の小国が独力で成し遂げられる規模を超えている。其方ら、一体どこからこの『知』を仕入れた?」
一瞬の沈黙。難升米は、阿知寝から授かった「情報の秘匿プロトコル」を起動させた。
「太尉。我が国には、風の音を聞き、大地の震えを数理に変える者がおります。これは略奪した知ではなく、観測によって導き出した答えに過ぎません。……信じるか否かは、魏のシステムの判断に委ねます」
司馬懿の脳裏に、一抹の不安がよぎった。
(……この者たちは、単なる朝貢国ではない。魏の不足を補うふりをして、我が国の技術レイヤーに深く入り込み、その構造そのものを理解しようとしているのではないか?)
しかし、目の前には対呉戦という「緊急の実行タスク」がある。この情報を拒絶すれば、魏の損害は計り知れない。司馬懿は、論理的な苦渋を飲み込み、皇帝・曹叡に短く頷いた。
「……陛下。この情報を『真』と認めます。倭国への返礼として、彼らが求める『技術の閲覧』を許可すべきかと。ただし――」
司馬懿の声が一段と低くなる。
「開示するのは、造船と建築の基礎ライブラリまで。魏の核心部にあたる軍事・天文の最高権限(ルート権限)へのアクセスは、今の段階では切り離しておくべきです」
それは、友好という名の接続を許しつつも、決定的な「ファイアウォール」を維持しようとする司馬懿の執念だった。
難升米は平静を装いながら、内心で卑弥呼と同期していた。
(司馬懿は警戒している。だが、基礎ライブラリさえ開かれれば十分だ。そこから逆行解析をかければ、核心部へのパスは見つかる……)
魏という巨大なOSの「仕様書」が、ついに倭国側へと一部開示される。
それは、邪馬台国が大陸の知を組織的に略奪し、列島を「大和OS」へと書き換えるための、最初の一歩であった。




