2話:【展開】―― 洛陽・天竺・呉、三つの実行スレッド (三手に分かれる隠密遣史。卑弥呼は帝都へ、阿知寝は西域へ、与太彦は江南へ)
第四章 第2話:夜半の秘密会談:情報の統合
洛陽の夜は、静寂の中に重厚な歴史の圧力を秘めていた。
大鴻臚の奥室。昼間の喧騒とは対照的に、そこは選ばれた者のみがアクセスを許される「プライベート・セッション」の場となっていた。
正面に座すのは、魏の若き皇帝・曹叡と、その重臣たち。彼らは昼間に難升米が放った「情報の朝貢」という言葉の真意を測りかね、その正体を見極めようと鋭い視線を送っていた。
「……さて、倭の使節よ。貢物の不足を補って余りある『修正パッチ』とやら、その中身を聞こうか。我が帝国の法規を軽んじた報いは、相応に重いぞ」
難升米は静かに一礼し、自らの背後に控える、地味な装束に身を包んだ随員へと目配せをした。
その随員がゆっくりと立ち上がり、深く被っていた笠を脱ぐ。
露わになったのは、凛とした美しさと、すべてを見透かすような銀の瞳を持つ女性――邪馬台国の女王、卑弥呼その人であった。
「……何ッ!?」
室内の空気が凍り付く。皇帝の側近たちが一斉に身を乗り出した。女王本人が使節に紛れ、自ら「ログイン」してくるとは、魏の常識ではあり得ない規格外の行動だった。
「魏の皇帝陛下。私は邪馬台国の卑弥呼。この大陸という巨大な回路が、不必要な熱(争い)で焼き切れるのを防ぎに来ました」
卑弥呼の声は、波紋ひとつない水面のように澄んでいた。
「我らが持参したのは、形ある財ではなく、形なき知見です。与太彦という我が国の技術者が、長江の波間で解析した、呉の『大河防衛網』の脆弱性――すなわち、彼らが誇る架橋技術の構造欠陥と、その補強策の全容でございます」
卑弥呼は、阿知寝がまとめた極秘の木簡を差し出した。そこには、呉の水軍が拠り所とする要塞化された橋の「共振点」と、それを無力化、あるいは魏が再利用するための「構造計算式」が精密に記されていた。
魏の技術官が震える手でそれを受け取り、内容を確認する。数分後、その顔から血の気が引いた。
「……これは……! 我らが数年かけても解けなかった、呉の防衛ロジックの『逆行解析』だ……。陛下、これがあれば、呉の防衛線は紙同然となります!」
曹叡の瞳に、驚愕と、それ以上の深い感謝の色が宿った。
「物ではなく、我が国が最も必要としていた『勝利への論理』を贈るか……。倭の女王よ、其方の友情、しかと受け取った。これこそが、真の友好の証だ」
皇帝の信頼プロトコルが完全に確立された。
卑弥呼は微笑を浮かべながらも、その瞳の奥では「スキャン」を停止させていなかった。
(……ログイン成功。これで魏の深層ライブラリへのバックドアが開いたわ……)
感謝の印として、魏は倭国に対し、望む限りの返礼を約束した。
難升米と卑弥呼の真の狙いは、その「返礼」の裏にある。魏が独占する造船、建築、そして天文学といった最上位技術の「ソースコード」を、友好という名の通信経路を通じて完全に倭国へコピーすること。
夜の宮殿。邪馬台国の野望は、魏の心臓部をハックし、その知を貪り食うことで、さらなる進化へと踏み出したのである。




