第四章 1話【展開】―― 洛陽・天竺・呉、三つの実行スレッド (三手に分かれる隠密遣史。卑弥呼は帝都へ、阿知寝は西域へ、与太彦は江南へ)
第四章 第1話:帝都エントリーと「情報の朝貢」の宣言
魏の帝都・洛陽。その巨大な城門は、列島から来た使節団にとって、物理的な壁という以上に、圧倒的な「規格」の差として立ちふさがっていた。
難升米率いる使節団が、大鴻臚(だいこうろ:外務省)の官吏たちに迎えられたのは、夕刻が迫る頃だった。広間に並べられた貢物の数は、魏が周辺諸国から受け取る「標準的なパケット」に比べれば、あまりにも少なかった。
「……これだけか?」
検収にあたる官吏が、木簡の目録と現物を突き合わせ、怪訝な表情を浮かべる。
「倭国女王・卑弥呼の朝貢と聞いていたが……。布が数反、奴婢が少々。これでは、皇帝陛下への謁見の最低要件(システム要件)すら満たしておらぬぞ」
周囲に控える魏の兵士たちの間に、嘲笑を含んだノイズが広がる。しかし、難升米は微動だにせず、阿知寝から叩き込まれた「論理的沈黙」を貫いた。
「我が女王の意図は、ここにはありません」
難升米の声は、広間の喧騒を切り裂くように静かに響いた。
「我らが持参したのは、形ある物質の多さではありません。この大陸を統べる魏という巨大なOSが、今、最も必要としている『修正パッチ(知見)』そのものです」
官吏が鼻で笑う。
「パッチだと? 蛮族の知恵が、我が帝国の法に勝るとでも言うのか」
「それは、今宵の秘密会談にて証明されます。……我らは、呉が隠し持つ『大河の防衛線』を無効化する、橋梁補強の構造データを持っております。これこそが、我が女王が陛下へ贈る、真の友好の証です」
その言葉に、広間の空気が一変した。
使節団の後方に、目立たぬ随員の一人として控えていた卑弥呼は、静かに目を閉じていた。彼女の意識は、この大鴻臚の建物を抜け、洛陽の地下を流れる情報の脈動をスキャンしていた。
(……この都は巨大すぎる。だが、その巨大さゆえに、技術の独占による『情報の詰まり(ボトルネック)』が起きているわ……)
邪馬台国の野望は、単に魏に認められることではない。
情報を餌にして魏の懐深くへとログインし、そこから魏が独占している造船、建築、そして高度な数理といった「最上位技術」を、一つ残らず倭国の回路へと吸い上げることにある。
夜が訪れる。
公式な謁見(本会議)を前に、難升米と「身分を隠した」卑弥呼、そして一部の最重要人物だけが招かれる、非公式の「管理者会談」の準備が整えられた。
行き交う灯火が、洛陽という回路図に流れるパルスのようにまたたく。
倭国の「知」と、魏の「権威」が激突する、運命の夜が始まろうとしていた。




