8話【接触】―― 狗邪韓国「文書の壁」をハックせよ (朝鮮半島への上陸と、魏の官僚システムへの介入)
第三章 第8話:同期する三本の線
狗邪韓国くやかんこくの港は、夜明けの光に包まれていた。
数日間にわたる「システムの書き換え」を終え、倭国の使節団という名の巨大なプログラムは、今、三つの異なる方向へとその「線」を伸ばしようとしていた。
「……これで、準備はすべて整った」
阿知寝あちねは、手元の算木さんぎを最後の一本まで整然と並べ終えた。
目の前には、洛陽を目指す難升米なしめと卑弥呼ひみこの本隊。そして南へ消えた与太彦よたひこの残響。そして自分自身が向かう、遥か西の果て。
「卑弥呼様、難升米殿。洛陽は、この大陸というOSの『ルートディレクトリ(最上層)』です。そこでの一挙手一投足が、すべて倭国の未来を書き換えるコードになります」
難升米は、威風堂々とした態度で頷いた。
「わかっている、阿知寝。我ら『陽』の部隊は、魏の皇帝という巨大な権威に対し、一分の隙もない礼節を貫き通そう。お主たちが裏でデータを集めるための、最強の盾となってな」
卑弥呼は、ヴェールの奥で阿知寝を見つめた。
「阿知寝……。天竺への道は、地図さえない未踏の領域です。あなたの数理ロジックだけが頼りですが、決して『接続いのち』を断たないでくださいね」
「ええ。たとえ数千里離れても、俺たちの意識は日田ひたで培った『倭のアルゴリズム』で同期しています。距離による遅延レイテンシはあっても、共通の目的という基盤プラットフォームは揺るぎません」
阿知寝は懐から、三つに割られた特製の木簡を取り出した。
「これは、我々の『同期キー』です。洛陽、呉、天竺。三つの場所で得られたデータがこの木簡に刻まれ、再び一つに合わさったとき、倭国は真に世界と繋がる『大和OS』へと進化する」
港に、出発を告げる角笛が響き渡った。
難升米率いる「洛陽ルート」が、魏の官道へと踏み出す。
与太彦率いる「呉ルート」は、すでに長江の波間から信号を送っている。
shadow(影)の任務を帯びた阿知寝は、単身、西域へと続く荒野へと向き直った。
それは、三世紀の列島という小さな島国から放たれた、世界に対する「最初のクエリ(問いかけ)」だった。
個別の意志が並列処理マルチスレッドされ、一つの巨大なネットワークを形成していく。
「……実行ラン開始だ」
阿知寝の呟きと共に、三本の線はそれぞれの運命へと加速した。
狗邪韓国というハブを離れ、物語は大陸全土を舞台とした「広域ネットワークの構築」へと、そのフェーズを完全に移行させたのである。




