7話【接触】―― 狗邪韓国「文書の壁」をハックせよ (朝鮮半島への上陸と、魏の官僚システムへの介入)
第三章 第7話:呉ルートの先行接続コネクト
狗邪韓国くやかんこくの南端。夜の帳とばりに紛れ、一隻の漆黒の高速艇が音もなく波間に揺れていた。
それは「陽」の使節団が乗る重厚な魏の船とは異なり、日田ひたで極秘裏に組まれた「海鵜うみう」と呼ばれる偵察ノードだ。水の抵抗を極限まで減らしたその船体は、大陸の荒波を「情報」として受け流すための、しなやかな骨格を持っていた。
「……準備はいいか、与太彦。ここから先は、俺の算盤アルゴリズムも届かない未踏のセグメントだ」
岸壁で、阿知寝あちねが低い声で言った。
与太彦は、愛用の笛を軽く回しながら、不敵な笑みを浮かべた。
「案ずるな。俺の耳は、風の向きが変わる一瞬の『ノイズ』も逃さねえ。呉の連中が長江の入り口にどんな『検閲(検問)』を敷いていようが、波の音をハックして、最短のバイパスを見つけ出してやるよ」
与太彦の任務は過酷だ。南方の「呉」へと潜り込み、彼らの造船技術、とりわけ水上戦における「同期(連携)」の仕組みを盗み出すこと。それは、将来的に倭国の海を防衛するための「軍事プロトコル」を手に入れることを意味していた。
「与太彦、これを持っていきなさい」
卑弥呼ひみこが、自らの装束の一部から切り出した、不思議な熱を帯びた「琥珀こはく」を手渡した。
「それは、遠く離れた場所の微弱な『振動』を増幅する結晶です。あなたが呉の地で音を奏でれば、その信号は海を越え、私の感覚センサーに届くでしょう」
「……へっ、女王様直製の『中継器リピーター』か。これがあれば心強い」
与太彦は琥珀を首にかけ、ひらりと船に飛び乗った。
彼と共に乗り込むのは、音響解析を得意とする「八咫やた」の工作員たちだ。彼らは皆、笛や弦楽器を武器としてではなく、環境データを収集するための「センサー」として扱うスペシャリストだった。
「これより『呉ルート』を先行接続コネクトする! 全員、同期を維持しろ!」
与太彦が短く鋭い笛の音を鳴らした。それが、実行開始ランの合図だった。
「海鵜」は一瞬にして加速し、闇の中へと消えていった。船が立てる波紋は、まるで大陸の南へと伸びる「光ファイバー」のように、夜の海に細い軌跡を描いた。
阿知寝は、その軌跡が完全に見えなくなるまで見送った。
これで、三つのスレッドのうち一つが、正式に非同期(非同期処理)の実行に入った。
「阿知寝、彼の『音』が、潮の流れを書き換えていくのが見えます……。呉の防衛網に、小さな『穴』が開き始めました」
卑弥呼が静かに告げる。
与太彦は今、長江へと続く複雑な海岸線を、音波によるスキャン(エコーロケーション)でマッピングしているのだ。
「ああ。奴が最初のノードを確立できれば、俺たちは離れていながらにして、呉の動向をリアルタイムでキャプチャできる。……システムは、広がり始めた」
阿知寝は算木さんぎを一度だけ弾き、今度は自分たちが向かうべき、それぞれの方角を見上げた。
次は、卑弥呼たちが魏の中枢――洛陽という名の「メインサーバー」へとログインする番であり、そして自分自身が、未知なる西の果てへとアクセスを試みる番だった。




