3話【接触】―― 狗邪韓国「文書の壁」をハックせよ (朝鮮半島への上陸と、魏の官僚システムへの介入)
第三章 第3話:三つの分岐
狗邪韓国の港外、夜の闇に紛れて、阿知寝は八百八十八衆の主要ユニットを招集した。手元には、先刻ハックして生成させたばかりの「広域過所」が、鈍い光を放つように置かれている。
「……これより、本プログラムは『マルチスレッド(並列処理)』に移行する」
阿知寝の声は、冷徹な宣言だった。
難升米ら「陽」の使節団は、あくまで公式な外交ルートを維持する。だが、阿知寝が設計した真の目的を果たすためには、一つの巨大な塊で動くのは非効率であり、かつリスクが大きすぎた。
「阿知寝、つまりここで別れるってことか?」
与太彦が、使い古された航海図を広げながら尋ねた。
「そうだ。一つのプロセスが止まれば、すべてが止まる。それを避けるために、我々のリソースを三つの特務ルートへ分散させる」
阿知寝は算木を三本、異なる方向へ突き出した。
「第一のスレッド、『洛陽ルート』。卑弥呼様、あなたは難升米らと共に魏の帝都へ入り、この大陸を支配するOSの『中枢』を観測してください。女王としての権威を影武者に預け、あなた自身は不可視のセンサーとして、帝国の骨格をスキャンするんだ」
卑弥呼は静かに頷いた。その瞳は、すでに千里の先にある洛陽の街並みを捉えているようだった。
「ええ。権力の中心がどのような『歪み』で構成されているか、徹底的に読み取ってきましょう」
「第二のスレッド、『呉ルート』。与太彦、お前は技術担当だ。長江を下り、呉の造船技術と水軍の配備をリバースエンジニアリングしろ。文書に残せない機密は、すべて音階に変換して持ち帰るんだ」
「へっ、お安い御用だ。長江の水の音から、船底の厚みまで全部暴いてやるよ」
与太彦が不敵に笑い、自らの笛を強く握りしめた。
「そして第三のスレッド、『天竺ルート』。……これは、俺が行く」
阿知寝の言葉に、その場の空気が凍りついた。
天竺。それは西域の果て、砂漠と険しい山脈の向こう側にあるという、未知の領域。
「魏の法というOSが通用しない、物理レイヤーの限界点だ。そこには、すべての数理の源流があると言われている。倭国を真に最適化するためには、大陸の流儀をなぞるだけでは足りない。数の『根源コード』を手に入れる必要がある」
「死ぬ気か、阿知寝。砂漠は海より過酷だぞ」
与太彦の危惧に、阿知寝は短く首を振った。
「計算は済んでいる。生存アルゴリズムは構築済みだ。それに……」
阿知寝は卑弥呼と与太彦を交互に見つめた。
「たとえ体が離れても、俺たちが共有している『倭国の回路図』という基本設計は変わらない。三つのスレッドが異なるデータを持ち寄ったとき、倭国は世界で最も強固なシステムへ書き換えられる」
夜明けの風が、狗邪韓国の港を吹き抜けた。
一つの大きな船団が解体され、三つの細い、だが鋭い「線」へと分かれていく。
「同期(同期)の期限は、三年ののち。日田の地で再会するまで、各員の生存と任務遂行を最優先せよ」
阿知寝は算木を懐に収め、西へと続く果てしない道へ一歩を踏み出した。
八百八十八のアルゴリズムが、ついに大陸全土へとデプロイ(展開)された瞬間だった。




