第80話:(コーデリアSide)60年後の思い出話
「大おばあちゃん、女神フィリアとお友達だったって本当?」
「ええ、本当よ。おばあちゃんと女神フィリアは、とても仲良しだったのよ」
フィリアがエリアス先生と一緒に姿を消してしまってから、もう六十年は経ったかしら。
私はその後、夫にも家族にも恵まれ、たくさんの孫たちに囲まれ、さらに曾孫の顔まで見ることができて、十分に幸せな人生を歩むことができた。
一方で、私のかけがえのない友人だったフィリアは、いつの間にか「現世に降り立った女神」として、世界中から崇め奉られる存在になっていた。
もちろん、それは「不道徳な教師エリアスによって、無理やり連れ去られ、堕落させられた女神」という、酷い尾ひれがついた物語としてだけれど。
二人が駆け落ちした直後は、本当に報道から街の娯楽に至るまで、何から何まで二人の話題で持ちきりだったわ。
王太子妃になるはずだった、圧倒的な力を持つ大聖女を世界から奪って逃げた、国を揺るがす大スキャンダル。
教師と生徒の禁じられた恋の末の逃避行。
聖女をたぶらかした、不道徳の極みのような教師。
彼らをモデルにした小説はもちろん、舞台演劇や絵画なども、二人を描いた多くの作品が出版・上演されて、長い間たくさんの人たちに消費され続けた。
けれど、当の本人たちはそんな世間の大騒ぎなどどこ吹く風とばかりに、地方では二人の微笑ましい出没談が数多く記録に残されている。
ある小さな村の神殿では、フィリアが豊穣の祈りを捧げてあげるからと、神殿長にお金の無心をしたエリアス先生の記録が残っているわ。神殿長は「そんな見え透いた詐欺には引っかからない」と追い返そうとしたら、本当にどこからともなくフィリアが現れて、腰を抜かしたのだとか。
他にも、同じような出没先で「世界から大聖女を奪った極悪人」として、エリアス先生に面と向かって食って掛かった無鉄砲な人がいたらしい。それを聞いたフィリアが、怒って圧倒的なマナで相手を黙らせようとしたのだけれど、それをエリアス先生がいつものように宥めてね。その時に先生が「妻との生活は十分に幸せなので、世間の悪名なんてどうってことはありませんよ」なんて、周囲に呆れられるような惚気話を残していったそうよ。それを「独占欲の成れの果て」みたいに世間では言うのだけど。
他にも、神聖学の学会に二人で堂々と手を繋いで現れては、突拍子もない理論を置いていって注目を浴び、そのまま煙のように消えてしまったとか。
そういえば、レオンハルト家に突如として現れた後継者――当主の隠し子とされた男の子は、本当はフィリアとエリアス先生の子供なんじゃないかって、一時期とても話題になったかしら。私は一度だけその子にお会いしたことがあるのだけれど、確かにあの二人の面影がそこここにあって、私も妙に納得してしまったのを覚えている。
そんな地方でのいくつかの出没談や、様々な出版物、それに当代の聖女だったセレスティーナが「フィリアこそが本物の大聖女だった」と言い続けたものだから、いつの間にかフィリアは白鹿の化身、現世に降り立った女神として、神殿の信仰の対象になっていったみたい。
それに合わせるようにして、エリアス先生の評価も「人間の醜い欲望の象徴」だとか「独占欲の反面教師」みたいに、どんどん酷い役割を背負わされていったのだけど。
二人の関係が、二人にとって、世間にとって、良かったのか悪かったのか、私には正直なところ何もわからない。
学校の神聖学準備室から消えてしまってから、だいぶ経った後、一度だけ、短い挨拶の手紙をもらったことがあるくらいだから、本当に二人が最期まで幸せだったかどうかも、私には確かめようがない。
それに、ここ十年の間は、地方からの二人の出没談もすっかり耳にしなくなってしまった。
もしかしたら、二人ともひっそりと、本当にこの世界から静かに旅立ってしまったのかもしれない。
わからないことだらけだけれど、それでも私からすると、小説や神殿が語る「女神フィリアの伝説」の多くがあまりにも仰々しくて、全く本人たちの実情とはかけ離れた、何かに思えてしまう。
「ねぇ、大おばあちゃん。じゃあ、本物の女神フィリアって、本当はどんな人だったの?」
曾孫が不思議そうに首を傾げながら、私の顔を覗き込んできた。
私は、どこまでも不器用だった二人の時間を思い出しながら、静かに目を細めた。
「そうね……。フィリアは、ちょっと変わった恋する女の子だったわ」




