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あとがき:テンプレートの裏側

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


相当読み辛い、情報量の多い、読み手を選ぶ文章だったと思います。

素人が頭の中の物をそのまま出力したので、もう少しや利用はあったなと反省しています。


この作品は、いわゆる「なろう」をはじめ、近年の創作物の中でテンプレートとして記号化され、高速に消費されているものを、あえて一度、人間性や合理性の側に落とし込んで描いてみたらどうなるのか、という実験的な小説でした。


・異世界に転生した時、本当に現世の知識はそのまま使えるのか。

・チートは、誰が使っても同じ結果を出すものなのか。

・助けたヒロインから向けられる無償の愛は、本当に無償なのか。

・傷ついたヒロインを癒すヒーローは、その裏で葛藤や性欲や独占欲をどう処理しているのか。

・鈍感主人公は、何故鈍感なのか。本当に最後まで鈍感でいられるのか。

・スローライフとは、一体なんなのか。

・成長や承認は、本当にいつも良いものなのか。

そういう疑問を、一つ一つ物語の中に落とし込んでいった結果が、この話だったのだと思います。


テンプレートは、とても便利です。

「チート」「聖女」「無償の愛」「王子様」「鈍感主人公」「スローライフ」「ざまぁ」「溺愛」といった言葉は、それだけで読者に期待される役割を伝えてくれます。だからこそ、物語を速く進めることができるし、安心して楽しむこともできます。ただ、その記号の中にいる人物を、本当に一人の人間として扱ったら、急に矛盾が出てくるのではないかと思いました。


・無償の愛は、純愛であると同時に、依存や生存承認かもしれない。

・教師の倫理や親の愛情は、子供に無理な成長を押し付けるものかもしれない。

・才能は人生を豊かにするものではなく、社会に利用されるものかもしれない。

・正しくいることや承認されることは、誰かの献身や犠牲の上に成り立っているのかもしれない。


この作品では、そういう危ういものを、できるだけ危ういまま書こうとしました。

テンプレートは、実は危険な願望を安全に消費するためのガードレールでもあると思っています。

教師と生徒の恋愛でも、「卒業するまで手を出しません」と線を引けば、読者は比較的安心して読めます。

傷ついたヒロインを助けるヒーローを完璧超人にして、助けられたヒロインを純粋無垢な存在にすれば、性欲や独占欲や依存といった、あまり綺麗ではないものを描かずに済みます。


でも、本作ではあえてそのガードレールを外しました。

そのため、この物語には、かなり危ういものがそのまま残っています。

フィリアの愛は美しいものですが、同時に依存でもあります。

エリアスの愛もまた、優しさだけではなく、欲望や独占欲を含んでいます。

カナリアは娘を愛していますが、その愛はフィリアを傷つけてもいます。

ジュリアン王子は悪人ではありませんが、国家としてフィリアを管理しようとします。

誰か一人を悪者にすれば、もっと分かりやすい話になったと思います。

けれど、人間に戻すと、たぶん物事はそこまで単純ではないのだと思います。


また、フィリアは意図的に、かなりギフテッド的なキャラクターとして書きました。

ものすごく速く走れる四本の脚を持っているけれど、その代わりに腕がない。そんな脳の構造をした子、というイメージです。

ただ、脳の構造は外からは見えません。

だから周囲の人間は、つい「自分と同じものを持っているはずだ」と思ってしまう。

そして、腕のない人に向かって「野球をやってみなさい」「努力すればできるようになる」「皆はやっている」と言ってしまう。

言っている側は、善意かもしれません。教育かもしれません。愛情かもしれません。

けれど、腕のない人にとっては、身体にバットをくくりつけられて豪速球の前に立たされるようなものかもしれない。

フィリアにとっての社交や王太子妃教育は、たぶんそういうものだったのだと思います。


人の内面は、外からは本当に分かりません。

だからこそ、誰かを「こうあるべき姿」にしようとすること、成長を強制すること、普通に近づけようとすることは、時に加害にもなってしまう。

多かれ少なかれ、「お前はこれができない」「それは欠点だ」「直さなければならない」と言われたことのある方には、フィリアの苦しさが少し伝わるかもしれません。



恋愛についても、この作品ではかなり意識して書きました。

私には、「なろう」的な恋愛の一つの形は、


「駄目な自分でも、異世界に転生して、チートで何者かになれば、愛してもらえる」


という願望なのではないかと思えました。

でも、その奥にある本当の願いは、もしかすると、


「何者にもなれない自分でも愛されたい」


ということなのではないかとも思いました。

前述の様な「欠点を直さなくても良い」をかなり意識しています。

だから、この作品ではエリアスをずっと燻ぶらせました。

彼は立派な教師にも、完璧な大人にも、格好いいヒーローにもなれませんでした。

フィリアもまた、立派な聖女にも、王太子妃にも、社会に適応した大人にもなれませんでした。

大きな冒険も、華々しい勝利も、分かりやすい成功もありません。


けれど、それでも二人が準備室でお茶を飲み、ご飯を食べ、数学や魔法について話し、本を読み、ただ一緒に過ごした時間だけは本物だった。

そういう恋愛にしたかったのだと思います。


数学や魔法開発の描写を細かく書いたのも、チートを都合の良いものだけにはしたくなかったからです。

チートは、ボタンを押せば正解が出る装置ではなく、それを使う人間の認知や欲望や努力や癖によって、まったく違う形になるのではないか。

精霊と話が出来る能力を、レスリング金メダリストの吉田沙保里さんが持ったら、きっとレスリングで強くなるために使ったでしょう。もしDeNAの南場智子社長が持ったら、精霊をマネジメントしてビジネスをしたかもしれない。

フィリアの魔法がああいう形になったのは、彼女が天才だったからだけではなく、彼女がフィリアだったからです。


この作品には、他にもいくつか、テンプレートを裏返したものが入っています。

これはそういう意味だったのか、これもそういうことだったのか、と考えていただける部分が少しでもあれば嬉しいです。


最後に。


この物語は、綺麗な人間たちの話ではなかったと思います。

誰も完全には正しくありません。

誰も完全には間違っていません。

みんな善意や愛情や責任や欲望を抱えながら、少しずつ誰かを傷つけてしまう。

それでも、その中で誰かと生きていくことはできるのか。

立派になれなかった自分でも、何者にもなれなかった自分でも、それでも誰かの隣にいていいのか。

フィリアとエリアスの物語は、たぶんそういう話でした。


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


もしよろしければ、フィリアやエリアス、あるいはこの物語の中にあった色々なテンプレートの裏返しについて、感想や考察をいただけると、とても嬉しいです。

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