第79話:大好きな想いを口にした
「――君がこの世界から逃げるのなら、私も一緒に連れて行ってほしい」
フィリアを抱きしめた腕の中で、心臓はどこまでも高く鳴り、全身の血が沸騰したかのようだった。
綺麗な銀の髪から漂う甘い香りは、強く強く私を欲情させた。
フィリアは、私の腕の中で固まっていた。
「ねぇ、フィリア。私は君と過ごす時間がとても好きなんだ。君とこうやってお茶を飲んで、ご飯を食べて、他愛もない話をして、時には真剣に議論して、会話もなくただ二人で本を読んで。その中で、君が笑って、怒って、泣いて、喜んで、そのコロコロ変わる表情が本当に愛おしかったんだ」
抱きしめたフィリアを少し離して、彼女の顔を上げ、目を見た。
フィリアは虚を突かれたような表情で、ただただ私を見返していた。
「私は君が好きです。良いところも駄目なところも、全部ひっくるめて、君が好きです。良い教師ではいてあげられなかったけど、名実ともに君を拐かした不貞の元教師になるのだけど、それでも一緒に逃げてくれますか?」
フィリアは目に涙をいっぱいに浮かべ、信じられないという表情で私を見つめ返した。
「私も先生が大好き。大好きだけど、本当に私なんかでいいの?いつも泣いてばかりで、わがままばかりで、甘えんぼで、依存して、人前ではろくに喋れなくて、社会性なんてこれっぽっちもなくて、監視して、頭の中を覗いて、大人にも聖女にもなれなくて、あなたを不貞の元教師にするような、ろくでもない女の子ですよ。そんな私でも、一緒にいてくれますか?」
「はい。改めて、私はフィリアが大好きです」
「私も、エリアス先生が大好きです」
自然と二人は口づけを交わした。
背の高い私が上から少し降りて、背の低いフィリアが下から背伸びをする、ちょっとアンバランスなキス。
長い口づけのあと、顔を離し、お互いを見つめ合う。
フィリアは嬉しそうに、照れ笑いをした。
そんなフィリアを少し虐めたくなった私は、さらにもう一度唇を重ね、そして口をこじ開け、大人の深いキスをした。
「――ふゅ!」
フィリアが驚きの声を上げたその時、数多くの精霊がキラキラと私の視界を照らし出した。
私たちを祝福してくれているのだろうその光景に、私も思わず驚きの声を上げてしまった。
これが、普段フィリアが見ている景色なのか。
そう思うと、本当にこの子は地上に降り立った女神なのかもしれないと思った。
女神を国から、世界から奪って、私だけのものにする。
きっと恨まれ、蔑まれるのだろうが、それでも、この寵愛を私一人が独占するのだと思うと、嬉しくて身の引き締まる思いがした。
この幻想的な世界の中、少しずつ、自分の身体が世界から消えていき、見えなくなっていくような気がした。
フィリアが、一緒に逃げることを許してくれたのだと分かって、嬉しかった。
外はもう暗くなり始めており、私はふと人の気配を感じた。
フィリアも私と目を見合わせる。
私は残っていたペンを一本取り出し、サンドイッチを包んでいた紙に文字を書いた。
そして、フィリアにも署名をしてもらった。
『私たちを放っておいてください エリアス/フィリア』
準備室に入ってきた女性騎士が、テーブルに残された二人の猫のマグカップと、サンドイッチの包み紙を見て、ひどく狼狽していた。
それを二人でこっそり眺めて、クスクス笑い合った。
改めて、私はフィリアのことが、本当に、本当に大好きだ。
フィリアの甘い匂いが好きだ。
金色のくりんとした大きな瞳が好きだ。
子供のような可愛い小さな顔が好きだ。
少し血色の薄い透明感のある唇が好きだ。
可愛くて透き通った声が好きだ。
私なんかより遥かに数理的に物事を考えられる知性が好きだ。
小さな身体、小さな胸、小さなお尻、華奢な手足、どれも好きだ。
更に小さくみせる猫背の君も好きだ。
私の背中に隠れてシャツを握り、人見知りをする……そうやって私を頼ってくるところも好きだ。
精霊と話せるというチートで、私の頭を覗くみたいなぶっ飛んだ事をするところも好きだ。
子供ながらに一生懸命私の世話を焼こうとして、私を甘えさせてくれるところ……そんなフィリアが、大好きだ。
嬉しいときの満面の笑顔。からかうとむくれる顔。すぐに泣いてしまうその泣き顔。気の抜けたようなだらしない顔。
私が教師の建前で好意を受け取らなくても、それでも一途に私に好意を向け続けてくれたそんなフィリアが――心から、大好きだ。




