第76話:母の後悔を聞いてしまった
私が釈放されたのは、逮捕から五日目の昼過ぎだった。
一度王城へ出向くように言われ、そこで改めてジュリアン王子から低頭平身に謝罪され、フィリアの捜索に協力してほしい旨を伝えられた。
そして一度帰宅しようとしたとき、私はフィリアの母親、カナリアさんに声をかけられた。
「エリアス先生、今、少しだけお時間は大丈夫でしょうか」
目の下に隈を作り、やつれた表情をしていた。
「えっと、カナリアさんでしたよね。改めて、先日は申し訳ありませんでした」
「こちらこそ……先生には大変失礼をしました。それに、フィリアのせいでこのようなことになったこと、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、教え子からかけさせられる手間は、教師冥利に尽きるというものです」
そう言うと、カナリアさんはフィリアにそっくりの困った表情を浮かべた。
私たちは立ち話もなんなので、カナリアさんが使っている部屋に移動して話をすることにした。
「改めてお聞きしたいのですが、先生とフィリアはどういったご関係なのでしょうか」
「そうですね……三年前に、フィリアが困っているところを助けたのが始まりです。それ以来、彼女は私の執務室に通うようになり、一緒に勉強したり、食事をしたり、お茶を飲んだりするうちに……気づけば、私の生活の一部みたいになっていました。そんな関係でしょうか」
「その、二人は男女の仲なのですか?」
「よく聞かれますが、私はできる限り教師と生徒という関係を意識して、今まで来ました。そして、それを建前に、フィリアの好意を見て見ぬふりをしてきた、というのが現状です」
「本当に娘とは何も?」
「性的なことは何も。せいぜいフィリアが甘えて私に抱きついてくるくらいですよ。ですが、実際のところ、公私の境目は曖昧で、部屋に招き入れ、家事をしてくれたり、彼女の好意に私も甘えてしまったのは事実です。その結果、今みたいなことになってしまいました。一度それが知られてしまえば、実際に肉体関係があったかなかったかなんて、もはや問題ではないですから。改めて、娘さんにこのような不名誉を背負わせてしまったこと、本当にごめんなさい。教師として失格です」
「そうですね……母親としては、正直に申し上げると、あなたを恨んでいないなんて嘘になります。こんなことになってしまった原因だとも思っています。ですが、フィリアがあなたのことを話すとき、とても幸せそうな顔をするんです。子どもの頃からずっと不思議で、友達すらいない、親の私でも理解してあげられない、そんなフィリアが、あなたにはなぜか心を開いた……エリアス先生はどんな魔法を使ったのですか?」
穏やかだけど、どこか後悔に満ちた表情で、カナリアさんは私に尋ねた。
「特別、何かをしたという感覚はないんです。彼女に居場所を与えて、共に学び、むしろ私が色々と世話をしてもらって、たまにそのご褒美として甘えてくるのを許してしまった。ただ、教師としては失格でした。もっと適切な距離を保つべきでしたし、私に依存させてしまった。そんな負い目はあります」
「そうね。あなたがしっかりしていたら、娘は今みたいになっていなかったでしょうね。でも、母親として、ちゃんと聞いておきたいの。娘のあなたへの好意は、届かなかったのでしょうか? 迷惑……だったのでしょうか」
「届いていますよ。教師を盾に見て見ぬふりをしてきたからといって、フィリアと過ごした時間をなかったことにはできません。私にとって、フィリアとの時間はかけがえのないものです。だから、今こうして胸を痛めています」
「それを聞いて安心したわ」
そう言うと、カナリアさんはにっこりと笑ってくれた。
「エリアス先生は、フィリアをそのまま受け入れてくれたのね。だから、あれだけあの子が懐いた」
「そうかもしれませんね」
「私は親として、フィリアを受け入れてあげることができませんでした。できるものなら、あなたのようにしてあげたかった。けれど、親として、娘には少しでも普通でいてほしい、恥をかかせないようにしてあげたい。それも親の責務なのだと思っていました。そのたびに叱り、怒鳴り、傷つけ、そして今も、あの子は私の前から消えてしまいました。結局、私は今もあの子のことを分かってあげられませんでした」
「……」
「だから、もし、あなたがフィリアを見つけたら、無理に私たちのもとへ返さなくていいわ。あの子に王太子妃なんて無理なこと、そんなものよりあなたのそばを選ぶことくらいなら、私でも分かってあげられるもの」
「分かりました……期待に添えるかは分かりませんが」
「いいえ。……それでも、期待してしまうの。あなたなら、あの子を見つけてくれるのではないかって。娘を探してあげてください。そして、娘のことをお願いします」
「はい。分かりました」
王城を出て、私は少し歩くと、ベーカリーを見つけたので、そこでサンドイッチを買った。BLTサンドが一つと、たまごサンドを二人分。
まだ取っていなかった昼食として、たまごサンドを一人分食べると、私はその足でゆっくりと学校へ向かった。
その道すがら、カナリアさんの言葉を噛み締め、改めてフィリアに会ったときにどんな話をすればよいのか、一生懸命考えていた。
ただ、何を話すか、その覚悟だけはもう決まっていた。




