第68話:(カナリアSide)車窓から見た灰色の子育ての景色
ある春の朝、王家から遣わされたという仰々しい使者の方々からとんでもないことを告げられて、私は血の気が引き、背筋が凍るような思いがいたしました。
娘のフィリアが『聖女』に選ばれ、さらには『王太子妃』に内定したため、私たち両親も至急上京せよ、と。
地方の辺境の領主の三女に生まれた私、カナリアは、少し離れた同じく辺境の領主であったレオンハルト家に嫁ぎました。
地方領主同士の結びつきによる、典型的な政略結婚でした。
夫のジョセフ・レオンハルトは若くして両親を亡くし、小さな領地の経営を必死に行ってきた苦労人です。
融通が利かない堅物なところがあり、領民たちからはあまり好かれてはいませんでしたが、破綻寸前だったこの土地をなんとか維持し、少しでも発展させようと孤独に努力を続けている、根がとても真面目な人です。
そんな夫のことを、私は妻として深く尊敬していましたし、愛していました。
「すごいぞ、フィリアが王太子妃だと!? 私の代で、レオンハルト家は大きく躍進するぞ!」
夫はフィリアが王太子妃に選ばれたことに、最初は目を見開いて驚いていましたが、その後は激しく興奮し、我が家の未来に大層喜んでいました。
しかし、私には、そのように手を叩いて喜んでいる夫とは、まったく真逆の恐ろしい世界が見えていたのです。
あの子に、王太子妃なんていう大役が務まるわけがない。
私がそばで支えてあげなければ、あの子は一瞬で周囲に潰されて、苦しんでしまう。
フィリアが苦しまないように、今度は私がしっかりとして、あの子に少しでも妃らしく振る舞えるように仕込まなくてはいけない。
それなのに、夫はそんなフィリアの危うさに、微塵も気がついてはいないのです……。
不安、義務、責任、焦燥、恐怖、そして、誰にも分かってもらえない孤独。
――それが、使者の言葉を聞いてからの私の目に映った世界でした。
王都へと向かう魔導列車に乗り込み、窓の外を少しずつ遠ざかっていく見慣れた辺境の景色を眺めながら、私は改めて、フィリアと過ごした十数年の月日を思い返していました。
フィリアは私にとっては初めての、そして唯一の子でした。
二十歳そこそこでこの家に嫁いできて、二十二歳のときに母親になりました。
当時のレオンハルト家は、名ばかりの貧乏領主。辺境伯という家柄ではあっても、家の中にメイドや侍女の姿など一人もいませんでした。
慣れない家事を一人でこなしながら、必死に幼いフィリアを育てる毎日は――私にとっては本当に苦しく、地獄のようだったというのが、今だから言える正直な本音でした。
夫が領地のために一生懸命に働いているのは分かっていましたし、そんな実直な夫が私も好きでした。
だからこそ、家事も育児もすべて私が一人で頑張らねばなりませんでした。
初めての子育てで右も左も分からないまま、誰からのサポートも得られない孤独は、私の心を徐々に押し潰していきました。
何度も一人で泣いて、苦しくて、言葉の通じないフィリアに辛く当たり、叱っているのと、ただ感情をぶつけて怒鳴っているのとの区別すらつかなくなっていった、あの底知れない自己嫌悪の日々。
そんな私の歪んだ育て方がおかしかったからでしょうか。フィリアは、他の普通の子と同じようには育ってくれませんでした。
いつまでも、赤ちゃんの頃に遊んでいたおもちゃを異様に手放そうとしない。
食事の時間になっても急に本を読み出してしまい、注意しても、何度叱っても、まったく同じことを繰り返す。
いつも上の空でぼーっとしていて、こちらが真剣に話をしているのにまったく聞いておらず、挙げ句の果てには、叱られている最中であるにもかかわらず、また手元の本を開き出して没頭してしまう。
あまりの態度に私が怒って本を取り上げると、今度は火がついたように狂ったように泣きわめき、手が付けられなくなる。
同年代の友達も一人も作れず、部屋の隅で、一人で変な言葉をぶつぶつと呟いている。
誰か知らない人と話す機会があると、突如としてパニックを起こして大泣きしてしまう。
一歩外に出ると、世界を恐れるように怯えて、私の後ろから頑なに出てこようとしない。
学校に行くようになっても、彼女のノートはいつもひどく汚くて、何が書いてあるのか親の私ですらまったく分からない。……それなのに、テストの点数だけは、いつも不気味なほど満点ばかり。
あの子のことを理解してあげたいけれど、母親である私には、何一つ理解してあげられない。
だからこそ、私は自分の産んだ娘のことが心のどこかでずっと怖くて、そんな風にしか思えない自分が情けなくて、本当に、本当に苦しかったのです。
どうして、この子はこんなおかしなことをするのだろう。
どうして、他の人と同じように普通に育ってくれないのだろう。
どうして、母親である私の言うことを、少しも聞いてくれないのだろう。
どうして、人とまともに普通に関わることができないのだろう。
どうして、普通の子として生んであげられなかったのだろう。
どうして、私はあの子を、ちゃんと育ててあげられなかったのだろう。
娘に向かって声を荒らげ、辛く当たり、怯えさせて泣かせてしまい……。そして、しばらくして我に返っては、激しい罪悪感の中で泣いているフィリアの小さな身体を、壊れるほど強く抱きしめて、何度も心の中で謝った日々。
そんな張り詰めた私の姿を見て、事情を知らない夫から「お前の育て方が悪いからだ」と冷たく言い放たれた一言は、今でも私の胸の奥から消えない、深く爛れた心の傷です。
だから、娘が王都の学校に進学し、親元から離れて寮生活を送ると決まった瞬間は――心の底から、ほっとしてしまったのです。
ああ、これでようやく、あの灰色だった苦しい育児と教育の日常から、私も少しだけ解放されるのだ、と。
他がまったくダメな子であっても、この先なんとか一人で生きていけるように。いつか誰かの妻として、女性として最低限生きていけるように、家事の手順だけは小さな頃から徹底的に身体に教え込んできました。
もし一人暮らしをすることになっても、飢えずに生きていけるように。それくらいしか、私は母親として、フィリアに遺してあげられるものがなかったから。
たまに長期の休暇で帰省してきては、「学校がとっても楽しい」と少し照れくさそうに話す娘の姿を見て、私はそこに少しだけ救いを感じていました。ああ、私のこれまでの苦労も、やっとほんの少しだけ報われたのかもしれない、と。
そう思っていた矢先の、今日という日でした。
あれから三年が経ち、あの子も少しは成長したのかもしれないけれど、親の目から見れば、本質的な危うさは何一つとして変わってはいません。
王太子妃なんていう、我が家にはあまりにも不釣り合いな大役を背負わされてしまったフィリアを、今度は私が、この命に代えてでも守らなくてはいけないのです。
このままでは、あの子はきっとこの重圧に耐えかねて、またあの頃のように泣き出して、逃げ出して、ともすれば心も身体もばらばらに潰れてしまうのではないか……。そう、私が、なんとかしてあげなければならないのです。
王都の街並みが近づくにつれて、私の胸の中で不安や焦燥の濁流がどんどん大きく膨れ上がっていく中、車内でこの状況を純粋に喜んでいる夫の横顔を、私はどうしても、冷め切った目でしか見つめることができませんでした。




