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第66話:(フィリアSide)わからないことは怖いこと

私は、どうして王城のこんな立派な部屋に連れてこられてしまったのでしょう。

どうして王子は、急に私を自分の妃にするなんて言い出したのでしょう。


私はエリアス先生が大好きで、先生が私を明確に拒絶しない限りは、私が王子と結婚するなんていう未来はあり得ないのに。

せっかく聖女になれば、また大好きな先生と一緒にいられるって、そう信じていっぱい頑張ったのに……どうして、この人は私の邪魔をしてくるのでしょう。

今のこの状況が私にはまったく理解できないし、ただただ怖くて、これからどうしていいのかも分からないのです。

早く、先生のいるあの準備室に行きたい。

せっかく、先生のために聖女になるって決めて頑張ったのに……どうして、こんなことになるのでしょうか……。


「改めて、聖女フィリア。本当に突然のことで驚かせたとは思うのだけど……どうか、私の妃になっていただきたい」

「……えっと……。せ、先生のところに……い、行きたい、です……」

「うん、君がエリアス先生のことをとても慕っているのは、私もよく知っているよ」

「……で……では、な、なんのために私をここに……?」

「聖女としての君の素晴らしい力を、ぜひ国として、王家として、これからの未来のために共に歩んでいきたいと心から願ったからだよ」

「……で、できません……。わ、私は、嫌です……」

「そうか……。けれど私たちは、君の力を、聖女としての君を本当に素晴らしいものだと思っているんだ」

「……は、はい……。でも……やっぱり、嫌です……」

「うーん……。私では、頼りなくてダメなのかな?」


王子の顔を真っ直ぐに見るのが、ただただ怖い。どうして私に、そんな困ったような顔をして、そんなことばかり言うのでしょう。

分からない。

怖い。

帰りたい。

なんて答えたらいいのか、全然分からない。


とにかく、パニックになりそうな心を落ち着かせて、いつもの自分に戻らないと……。

そうだ、先生を見よう。いつも私がしているように、先生の姿をこっそり見よう。そうしたら、きっと少しは落ち着けるはずだから。


私は王子にバレないように、こっそりと魔法を起動して、自分の網膜に先生の姿を映し出しました。

眼裏に浮かび上がる先生は、ちょうど高等部の講堂で授業をしているところでした。うん、いつも通りの、私の大好きな先生だ。先生のいつもの授業を聞いて、早くいつもの私に戻らないと……。

しばらくの間、王子の声を遠くに聞きながら、網膜の中の先生をじっと見つめていると、胸の奥のがたがたとした怖い感情が、少しずつ消えていくのが分かりました。


「うーん、フィリア嬢……。申し訳ないが、私の話に少しだけでいいから答えてくれないだろうか……」


ふと、意識を外側の現実へと戻すと、王子が困ったような表情で私に対して何かを語りかけているようでした。

「す、す、すみません……。えっと、その、ちょっとぼーっとしていました……」


「そうだね……では、君の大好きなエリアス先生の話をしようか」

「せ、先生のお話……ですか?」


王子が口にしたその言葉に、私は張り詰めていた心が少しだけ和らぐのを感じました。

大好きな人のことなら、私でも、ほんのちょっとだけならお話ができるから。


「改めて、君がエリアス先生のことをとても大切に思っていることは、私も十分に理解しているよ。本当に、素晴らしい先生だね、彼は」

「はい……! 先生は、本当に凄くて、とっても優しい先生……です……」


やっぱり、自分の大好きな大切な人がこうして褒められるのは、自分のことみたいに誇らしくて嬉しい。


「うん、そうだね。私も本当にそう思う。だからね、フィリア嬢。君は王城に来ても、先生のことをずっと好きなままで構わないんだ。私の王太子妃になるからといって、私のことを無理に好きにならなくてもいいとすら思っている」


王子は、一体何を言っているのでしょう。どうして……? 彼の言っている意味が、さっぱり理解できません。

「あの、で、でしたら、なおさら……私が王太子妃になんてなる意味が、私には分かりません……」

「そうかな? 私はね、君が王太子妃になることはエリアス先生にとっても、凄くいいことだと思うんだよ」

「せ、先生にとって、ですか……?」

「うん。なぜならば、一番弟子である君が、大聖女として、王太子妃になり、この国を正しく導いてくれれば、君を立派に育て上げ、指導したエリアス先生こそが、この国の最大の『英雄』として称えられることになるからね」

「せ、先生が……英雄……」


私が思わず顔を上げると、王子は少し申し訳なさそうな、けれど真摯な瞳をして私に語りかけていました。

「そう。だから、お願いだ、フィリア嬢。君のその素晴らしい力を、この国のために貸してほしい。自分がとても狡いアプローチをしているのは理解しているつもりだ。でも、大好きな先生のために、そしてこの国のために、ほんの少しだけ我慢をしてはくれないだろうか。君のことを悪いようには絶対にしない。私が責任を持って、君を必ず幸せにしてみせるから」


私が王太子妃になれば、先生が国の英雄になれる……。

でも、それだと、私は王子と結婚することになってしまって、先生と結婚できなくなっちゃう。

狡いこと? 何が狡いのですか? 私が王太子妃になるのが、どうしてこの国のためになるの?

分からない……。でも、先生と一緒にいられなくなるのだけは、絶対に嫌だ……。


「……わ、わかりません……。先生には、英雄になってほしいけれど……。でも、私、どうしていいのか、本当に分かりません……」

「分かったよ。今すぐここで結論を出してほしいとは言わないし、よく考えてみてほしい。明日にでも、君のご両親がこちらに来ることになっているんだ。まずは、ご両親ともよく相談して決めてほしい」


その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中は今度こそ本当に真っ白に混乱してしまいました。

「お母さんと……お父さんが……? ここに、どうして……?」

「君のこれからの将来のことを、君という存在がとても大事だから、ここに来てもらうんだよ。だから、申し訳ないけれど、あと数日の間、退屈かもしれないけれどこの王城にいてくれないだろうか」


正直に言って、私は本当に何が起きているのか、どうしてこんなことになってしまっているのか、何一つ分かりませんでした。

お母さんもお父さんも、私のことはいつも「勉強しかできないダメな子」って言っていたのに。

だから、私みたいなダメな子が一緒にいても二人を怒らせて困らせるだけだから、せめて勉強だけでもって、遠くの王立学校に入らされたって。

なのに、どうして今さら、私が大事? そんなはずないし、仕組みが理解できませんでした。


他人の考えていることが、どうしても分からない。ただ、恐ろしい。

そんなダメな私でも、そばにいてもめったに怒らずに、ただずっと一緒にいてくれた人。こんな私に、楽しい数学をくれた人。私に居場所をくれた人。日常の優しい彩りを教えてくれた人――


エリアス先生のもとに、帰りたい……。

今すぐ、神聖学準備室に、帰りたい……。


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