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第65話:(ジュリアンSide)プロポーズという名の拉致

王城へ戻ると、謁見の間には机が並べられ、国王である父上をはじめ、数名の政府高官や伝令たちが慌ただしく行き交っていた。


「ジュリアン、戻ったか! いい情報は得られたか?」

「はい、父上」

「……人払いを。予と、宰相。あとは王室顧問としてローゼンベルク大公。それ以外の者は、すまないが一度退室を」

「承知いたしました」


高官や近衛たちがぞろぞろと謁見の間から退室していき、重々しい扉が閉められると、先ほどまで慌ただしかった空間に深い静寂が訪れた。


「それでは、聞かせてもらおう。フィリア・レオンハルトについて、掴んだことをすべて」

「分かりました」


私は、フィリア嬢が『聖女』として精霊との直接対話を行えること、その能力の精度が神殿のセレスティーナ嬢の目から見ても異常極まりないこと、そしてエリアス・ヴァン・アリスという教師との関係や、彼が彼女に授けた独自の作法によって、彼女の扱う神聖魔法が天変地異の域にまで達していることなど、先ほど学園で聞き及んだ事細かな事実を報告した。


「闘技場全体を強化するなど、ただの児戯であったというのか……。魔獣を一瞬で消し去り、王都全域に同時に奇跡を届ける。にわかには信じがたいが……」

「しかし陛下、これほどの騒ぎになっており、王太子が虚偽を申しているわけでもありますまい。とすると、本当に一個師団、いや下手をすれば我が国ひとつを相手に一人で渡り合えるような、途方もない存在ですぞ、これは……」

「はい。すでに騎士団の一部では、現世に舞い降りた女神であるという噂まで流れており、ちょっとした信仰の兆しすら見え始めています。正しく扱わねば、国に害を与えるどころか、一瞬で我が国を滅ぼしかねません」

「聖女、いや、現世の女神フィリアか。……逆を言えば、その絶対的な力を我が王家に取り込むことができれば、王家の威光のみならず、この国の正当性を諸外国に知らしめる上でも、最大の切り札になり得るな」


父上は深く玉座に腰掛け、冷徹な政治家の目で私を見据えた。

「――ジュリアン、お前の妃にしなさい。直ちに手配を」

「陛下、さすがにそれは、あまりにも拙速では……」

「拙速で構うものか。むしろ、ここでフィリア・レオンハルトが他の誰かの手に渡ることの方が、我が国にとってはるかに厄介だ。状況証拠はほぼ出揃ったと見てよい」


私は父上の決意に満ちた視線を受け止め、静かに一礼した。

「承知いたしました、父上」

「ローゼンベルク大公は、ジュリアンの直接の補佐をお願いしたい」

「畏まりました。老骨に鞭打ち、手際よく進めましょう」

「ジュリアン、委細はすべて任せる。とにかく早急に手を打つこと。多少強引であっても、フィリア・レオンハルトを我が王家で囲い込め」

「はっ。仰せのままに、父上」


そこからは、老練なローゼンベルク大公の徹底的な指導のもと、国家の裏舞台が凄まじい勢いで動き出した。

花束の準備、周囲を固める近衛騎士の手配、プロポーズの段取りから、王城へフィリア嬢を速やかに護送するための防諜ルートの選定など、実務的な細かな手配はすべて私が担当した。

一方で、レオンハルト家への直接的な根回し、私とフィリア嬢との今後の社交の場、王太子妃としての初お目見えの予定や参加する貴族たちの調整などは、ローゼンベルク大公が完璧に差配していく。

その日は、私のみならず、老齢の大公までが日付をまたぐ深夜に至るまで、一分の隙もない完璧な段取りを組み上げていった。


翌朝。私は学園の正門前に数台の豪奢な馬車を待機させ、女子寮の出口付近でフィリア嬢が姿を現すのを静かに待った。

早朝の学園に突如として現れた王家の馬車と近衛兵というその異様な景色に、登校中の学生たちが野次馬のようにどんどん集まってくる。

フィリア嬢に付けている私の息のかかった護衛騎士にも、本日は二名体制を指示し、彼女を挟み込むようにして一緒に登校するよう命令を下してあった。


二十分ほど待っただろうか。指示通り、騎士二名を左右に連れて、下を向いたフィリア嬢が寮の玄関から出てくるのが見えた。

周囲の喧騒も、私たちの存在すらもまったく目に入っていないかのように、とぼとぼと力なく女子寮の正門を抜けていくその小柄な少女に向けて、私は静かに歩み寄っていった。


「フィリア嬢。――フィリア・レオンハルト」


私が正面から彼女の名前を呼ぶと、彼女はそこでようやく地面から目を上げ、私を見て激しく驚いた表情を浮かべた。

そして、背後にいる護衛の騎士の一人が、彼女の細い腕を後ろからそっと掴み、退路を断ったのを確認して、私は一気に言葉を紡いだ。


「いや……大聖女フィリア・レオンハルト。どうか、私の婚約者として、王太子妃になっていただきたい」


「……ふぇえええ!?」


その場に硬直したまま、途端におどおどとパニックを起こし始めたフィリア嬢をよそに、私たちの周囲を取り囲んでいた大勢の生徒たちからは、地鳴りのような歓声と驚きの悲鳴が沸き起こった。

ひとまず、これで学園全体に対する『確実な既成事実』はできた。……次は、彼女がここから逃げ出してしまう前に、確実に王城の安全圏まで護衛して連れて行くことだ。


私は用意していた花束を傍らの騎士に預けると、迷うことなくフィリア嬢の小さな手を取った。

「これから授業を受けるはずだったところを申し訳ないのだが、事態は一刻を争う。ぜひ、私と一緒に今すぐ王城へ来てもらいたい」


完全に頭がフリーズしてしまっている彼女の手を握り、私はやや強引に、校門前に待機させていた馬車の中へと彼女を誘導した。

護衛の二名を出入り口側に配置し、フィリア嬢には一番奥の座席に座ってもらう。

本当に何が起きたのか分からず、ただただ流されるまま、放心状態で座っているフィリア嬢と、私は馬車の中で狭く向かい合った。


がたごとと、王城へ向けて馬車が静かに走り出す。

これは……今は、私が何を言っても彼女の耳には届かないだろうな。

以前、エリアス先生に彼女の説得を依頼した際、先生がひどく渋い顔をして私を見つめていたのを思い出す。


この後、城に着いてから彼女をどう説得し、話をまとめるべきか……。

一人の教師に純粋な恋心を抱いている少女を、国家の都合で半ば拉致するように囲い込み、自分の妃にしようとしている自らの立ち回りに、私は胸の奥でいくらかの苦い罪悪感を感じずにはいられなかった。己の悪役王子ぶりを、心の中で皮肉交じりに呪う。


しかし、この国のため、王家のため、世界を揺るがすフィリア・レオンハルトという存在は、何としても私の手元に留めておかなければならないのだ。

何としても、彼女の心を国の方へと説得してみせる。その重すぎる使命感と、目の前の聖女の説得という難題に、私は揺れる馬車の中で、密かに痛む頭をそっと押さえるのだった。


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